レギュラーズ・イレギュラーズ

櫻木 柳水

第1話 闇と光は表裏一体

カラン、とドアを開けると、香ばしいコーヒーの匂いや、今や普通の喫茶店やコーヒーショップではあまり嗅ぐことのなくなったタバコの匂いがした。


「いらっしゃいませ、ご注文は」

テーブル席に座ると、スラリとしたウェイトレスが水を運んできた。

カウンターにはゲラゲラ笑っているチンピラ風の男…どこかの寺の坊主にビシッとキメた紳士…客層は見事にバラバラだった。こういう古い喫茶店は常連で成り立っているのだろう。

しかし、僕の目的はただ休憩しに来た訳ではなく、ひとつ目的があるのだった。ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、ウェイトレスを見つめ、やっとの思いで声を出した。


「えっと、すいません……注文というか…あの……コピルアクのカフェラテとストロベリージャムを予約していた者です…」

ウェイトレスがカウンターに目を配る。空気が一気に張り詰めた。


「兄ちゃん、名前は」

チンピラ風の男がコーヒーを持って声をかけてきた。


「南岡 豊(なみおかゆたか)です…」

チンピラ風の男はサングラスを下げて、ジロジロと僕を見回した。あまりにも怖い時間が続いていたが、思い切って声を出した。


「あの!ここでは憎い相手を懲らしめてくれると…」

というと、途中で紳士風の男が

「ンー、君、声が大きいのだよ」

とドヤ顔でカウンターから声をかけてきた。同時に坊主風の男が

「うるせぇな、黙ぁってろ。カムイの観察の時間じゃ、ボケ」

凄く通るドスの効いた声で怒られ、鋭く睨みつけられた。


「やめろ、おめェら…カムイもういいだろ。瑞穂、店閉めてくれ。」

マスターに促され、瑞穂という名のウェイトレスは、はいはい、とブラインドを閉め、closedの看板を出して奥に下がって行った。


「で、俺らにどんな仕事をさせる気だ?」

カムイ、と呼ばれていたチンピラ風の男が更に顔を近づけて尋ねてきた。



《闇の仕事人》

噂では、街のどこかに特定の注文をする事で動き出す、裏稼業人がいる、とのことだった。

噂レベルのものでも、僕はもうこれを頼らざるを得なくなっていた……



「実は僕、会社の上司の不正を見てしまいまして…それから、会社で嫌がらせや、身の危険を感じる出来事が起こっていて…」

上司は、取引先に便宜を計っていて、伝票の改竄や官公庁への賄賂など手広くやっていた。

その帳簿をうっかり覗き見てしまい、会社でいわれの無い噂や、せっかく取った契約も担当を無理やり変えられ、会社内でワーキングプア状態。

ましてや、帰り道に一度変な車に付けられたり、駅の階段で押されて、すんでの所で堪え事なきを得たこともあった。

そんな時、馴染みのBARで闇の仕事人の噂を聞いたのだ。


「本格的に殺りに来てんじゃねぇの、戒名書いといてやるから帰れ帰れ、そんな噂信じてんじゃ……BARだと?」

坊主風の男は、何やら考え込んだ。

「はい、その時『俺の名前出せばいい』と名刺ももらいまして…」

その噂を持ち出したのは、自動車整備をやっているという男からだった。


____


疲れ果てて眠れなくなった僕は《BAR WHERE?》でウイスキーを煽っていた。

仕事の愚痴や、嫌がらせを友人であるマスターに打ち明けていた。

そんなとき、隣に金髪の男が店に訪れた。

友人のマスターも初めて見る人らしかった。

「いらっしゃいませ、何飲みます?」

「ウォッカ、瓶でくれ」

男は間髪を入れず、そう注文した。

一通り対応を終えると、また僕のほうにマスターは戻ってきた。

「いやマジすげぇわ、あの人…ウォッカストレートだと」

「すごいね…」

また愚痴を聞いてもらっていると、隣の男は立ち上がって、金を置いて帰っていった。


「え、あれ飲んだの…」

「うん、まぁ多く置いてったみたいだから、次来た時…ん、なんだこれ」

マスターは金の中にあるメモ用紙を見つけた

「『そこの兄ちゃんへ』?豊のことか?」

「えー、なんか怖いんだけど…」

僕は恐る恐るメモ用紙を開いた。そこには、『本当に困ってるなら助けてやる』という言葉と、カフェセレナーデ、という名前、そして最後に『俺の名前を出して、コピルアクのカフェラテとストロベリージャムを注文すればいいぜ☆』と、ご丁寧に川端千歌文(かわばたちかふみ)と、恐らく金髪の男の名と思われる名前があった。


「え?カフェセレナーデって、そこの商店街の外れの喫茶店じゃん?あそこやってんの?」

マスター曰く、建物の見た目はレトロだが人の気配が全然ない喫茶店らしい。


_____

「はぁ……あのバカ文、また余計なことを…」

坊主風の男は頭を抱えていた。

「ンー、まぁ良いのではないのかね。ここ最近はとんとご無沙汰だったのだから。ンマ!私と奥ちゃまとは毎日…」

紳士の頭をウェイトレスがおぼんでスパーンと殴っている。

すると目の前で睨んでいたカムイと言う男が

「報酬は500万、ビタ一文まけねぇ」

「カムイやるぅ…でもそいつにそんな金払えんのかよ、なぁボクちゃん」

チンピラ風の男と、坊主風の男に囲まれて頭の中がおかしくなりそうになったところに、カフェのマスターが手を叩いて諌めた。


「失礼したね。まぁ千歌文が連れてきたんだ、無下にも扱えない。カムイ、500はぼったくりだろ、50万でいい。」

カムイと呼ばれる男はチッと舌打ちして、ふんぞり返ってタバコをふかし始めた。坊主風の男も同じくだ。


「で、粗方聞いたが…なかなか酷いねぇ、じゃあ会社も潰しちゃうか。よし、決めた。受けてやる。忠(ただし)、お前は新華(しんか)ちゃんに連絡、この人の会社のデータサーバ漁れ、こんだけブラックならセキュリティガバガバだろ。」

忠と呼ばれた紳士風の男がスマホを取り出し、連絡を取り始めた。

「カムイ、お前はボディガード。住職は今回なし!」

カムイと呼ばれたチンピラ風の男は先程とはうってかわり、穏やかになっていた。

そして、本当に住職だった坊主風の男はガッツポーズをしてタバコを吸っていた。

「てめぇで抵抗も出来ねぇガキのお守りはめんどくせぇからな。あ、死んだらここに来いや。」

そういうと名刺を置いた。そこには『二条院金剛寺 四十五代住職 二条院 錦』と書かれていた。


「に、二条院!?え、うち檀家です……」

「え、うっそ……なんだぁ先に言ってくださいましぃ、檀家様ぁ☆」


二条院は先程までと180度態度を変えて、まぁ張り付いた笑顔で僕に向かって手もみしている。そういえばこの胡散臭い笑顔…曽祖父の法事で見たことがあった。


二条院の態度の変化に戸惑っていると、バイクの音が聞こえてきた。

カランと扉が開くと、身の丈2mはあろうかという大きな………男?女?いや、おかまが現れた。

「マスター、仕事っすか……あらやだ!お客さん居たのぉ!?どぅーも、そこのおかまバー『剃りこみ番長』のエリリンでーす!」

「おい、一条、仕事だ」

マスターが呼ぶと、「あ、はい」と普通に返事をしていた。


「お前は、まぁなんかあったときに処理部隊として動いてくれ」

「はい、三条に段取りだけするよう伝えときます。何も無いことを祈りますが」

この一条と呼ばれた男は何やらきな臭い感じの男のようだ…。

話を終えると、僕にウインクしてまたバイクに乗って帰って行った。


「で、南岡さん。今日できるのはここまでだから、また落ち着いたら来てよ。本物のコピルアクとジャム食わせてやるから。」

笑顔のマスターからは、このあと何が起こるかは微塵も読み取れなかった。

そして、カムイを残し、全員いつの間にか居なくなっていた。


「おい、兄ちゃん、飯行こーぜ、飯!これからちーっとばかり長い付き合いになるんだしよ」

そういうと、カムイは僕と肩を組んで外へ出ていった。


「さて……じゃはじめるか」

マスターはエプロンを外し、コートを着ていた。

「ンー、腕がなりますねぇ〜」

紳士風の男はスマホでどこかに連絡を取りながら出ていった。

「まぁ、俺は今回無しだからね…別に金で動いてるわけじゃねぇし…」

少しだけ不服そうにいう錦だったが、マスターが

「まぁそういうな、不測の事態に備えててくれ」

というと、あいよ、とだけ残して去っていった。


2人が出ていくのを見届け、マスターとウェイトレスはカウンターのランプを消した。



カムイと僕はカフェから出ると急ぎ足で裏の駐車場へ走った。

「はぁらへった〜、腹減った〜……っと、もう大丈夫か……」

「え、ご飯行くんですよね…?」

声をかけるや否や、カムイは豊のスーツの襟に付いた社員証を叩き割った。

「な、何するんです……か?」

社員証の中から、小型の機械が出てきた。

「やっぱりな……これ、GPS。お前、付けられてたんだよ…肩組んだ時に見たら…雑な仕事だよ、こじ開けた跡があったわけ。挙句、いっつも人通りのない道なのに、影があっちに行ったりこっちに行ったり…怪しすぎだろ、ほんと」

僕はカムイの話を聞いて徐々に震えてきたのがわかった。僕は本当にどうにかされる……いや、殺される…

「心配しなさんな、俺がいりゃあほぼ100パー無事だから、いや、俺たち、か」

そういうとカムイは街の郊外まで車を走らせた。そこには『神嵐山プロレス(しんあらしやまぷろれす)』と看板が掲げられたジムだった。

「あれ、ここってもしかして…」

「そ、俺の家…家と言っても、一応道場生ではあるから、住み込みだけどな」

カムイと一緒に中に入ると、練習生と思しき男がドタドタと走ってきた。

「エース!!やっと帰ってきた!今日コーチの日ですよ!!」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。週末の試合順でやるから、0試合からやるぞー」


道場に入ると、マスクやベルト、ガウンに写真が飾られていた。その中からひとつマスクを手にリングにあがった。

「え?カムイさん?」

あっけにとられていると、壁に飾られたザ・グレート・エースjrと書かれた…マスクを被ったカムイの写真があった。

「え!エースって!ザ・グレート・エースjr?!…え!!」

何を隠そう僕はプロレスが大好きで、他団体で活躍していたザ・グレート・エースjrのファンであった。

「なんだ、こんな近くにファンがいたか。まぁ見てけや」

リング上では練習生と一緒にトレーニング姿を見て、只者じゃないんだと感動していた。

「ここなら俺含めてでかいやつばっかりだから、襲われてもなんとかなるだろ。今日は泊まってよぉ、明日ここから行けばいい。あ、ちゃんこは手伝ってもらうぞ」

「あ、ありがとうございます!がんばります!」

僕はまさか名プロレスラーに護衛されるなんて思いもよらず、数日間を道場で過ごすのだった。

それから数日、カムイのおかげもあってか、不思議と身の危険を感じることはなく過ごしていた。


しかし数日後、会社に向かうと入口に人だかりが出来ていた。

「え?あ、おはようございます…」

同僚もなんだなんだと集まっていた。

「よう…いや、なんかさ、査察?ガサ入れ?なんだろう、ぞろぞろと人が入ってってさ…」

同僚と僕を見ながら、クックックと笑っているカムイがいる。

「え、カムイさん?どうしたの」

「いやぁ、おっぱじまったなと思ってよ。これ、恐らく、新華さんと一条だな…」

「ちょ、ちょ…こっち来て……!」

少し離れた場所へカムイを連れ出すと、カムイは詳細を話し始めた。


「まず一条はさ、本当は国税局の人間なんだわ。で、証拠になるようなもんをお前の会社のサーバーから、新華さんが拾い上げる。要はハッキングだ。で、今この状態ってわけ。俺らはさ、裏家業っぽく動いてるけど、実はほぼほぼまっとうなんだわ。」

そんなことがあるのか、とほうけていると、カムイは続けた。

「まぁ驚くわな。で、このあとが問題。こういうことがあると、必ず荒事が起こっちまう…その処理が待ってるわけ。少なからず、あの男…お前を睨みつけてるぜ?」

「え?…か、係長…?」


そう、不正を働いていた上司とは、何を隠そう、今僕を睨みつけている係長なのだ。

あまりにもわかりやすい殺意と憎悪のこもった目に冷や汗と震えがでてきた。すると、カムイは肩を組んで耳打ちしてきた。そこで僕に仰天の提案をなげかけた。


「お前さ、おとりやってみねぇか?」




ーーーこの一言が、僕が闇の仕事人となる、はじまりの話になるのだ。



レギュラーズ・イレギュラーズ


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