キラキラ魔法少女②

 それでも夜は明ける。

 昨晩は食欲が減退してしまったので熊切さんが渡してくれたお弁当には手をつけず、朝に学校で食べることにした。

 洗面所でアレと鉢合わせた時、昨日のことが効いたらしく何も言ってこなかったので平和に朝を迎えることができた。

 アレに関してはとりあえず問題はなさそうだけれど、問題はまだ山積みだ。

 魔法少女のこと、仙崎たちのこと。

 アレに対して感情が昂った時に自分の身に起きた変化。

 アビスはあれはお洒落のようなものだと言っていたけれど、そんな簡単に割り切れるはずがない。

 もし、あの姿が誰かに見られでもしたら、私の人生は滅茶苦茶になってしまう。

 それに、魔法少女の噂も気になる。

 アビスの発言からも魔法少女が他にもいることは確実だし、このまま平穏無事にいくとも思えない。

 それでいて仙崎たちの件もある。

 考えれば考えるほど、マイナスな方向に思考が偏ってしまう。

 学校へ向かう一歩一歩がいつもよりも重く感じられた。


 教室に到着すると、既に着席している熊切さんの姿が見えた。

 私は事情を説明するために熊切さんの元へ向かった。


「熊切さん、おはよう」

「えっ!? あ、あ……おは、おはおはよう……」

「……?」


 熊切さんの様子が明らかにおかしい。

 私と目を合わせようとしないし、顔色も悪い。

 それどころか小さく震えていて、体調が悪そうだ。


「あの……大丈夫?」

「だだだだ大丈夫……」

「そう……? あの、昨日はお弁当」

「ひいっ」

「……?」


 お弁当という言葉に強く反応した。

 そこで、昨日熊切さんに言われたことを思い出した。


 ――みんなには内緒にしてね。


「あ……」


 そうか、熊切さんは自分の立場が危うくなるリスクを犯してまで私にお弁当を作ってきてくれたんだ。

 熊切さんは私と仲が良かったせいで仙崎たちに目をつけられてしまったのだ。

 私のせいで、こんなに怯えさせてしまった。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「ごめん! なんでもないの。じゃあ……またね」

「…………」


 彼女にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 私は自分の席に戻った。


 授業までにはまだ少し時間があるので、少しだけでも食べておこうかな。

 鞄からお弁当を取り出して、包みを開いた。

 ……ん、なんか黒いな。

 熊切さんのお弁当はいつも彩り豊かなのに、珍しいな。

 お弁当の上に添えられたお箸を取って、蓋を開ける。

 その瞬間、私は戦慄した。

 黒く見えたもの。

 それは大量の虫の死骸だった。


「ぎゃあぁああッ!!」


 なにこれ?

 どうして?

 なんでむしがはいってるの?

 きもちわるい。

 さいあく。

 いやだ。

 きらい、きらい。

 だいっきらい。


「うぷっ……」


 猛烈な不快感が胃の奥から込み上げてきて、私は口を押さえながら教室を飛び出した。

 仙崎たちの笑い声を背中に受けながら。

 何が起きたのか理解するのに、頭を整理する必要があった。

 いや、何を整理する必要がある?

 熊切さんのあの様子、そしてお弁当の中身。

 熊切さんは私を裏切った。

 そんなの考えなくても分かる。

 受け入れたくなかった。

 熊切さんが私のお弁当に虫を入れていた現実を。


「うっうっ……うう……」


 泣きたくなんかないのに、勝手に涙が出てくる。

 すれ違う人達が私の方を見てヒソヒソ話をしているけれど、そんなの気にならなかった。

 気にしていられなかった。

 私はそのままトイレの個室に籠り、一人で子供みたいに泣きじゃくった。


「うええん……うわあぁあ……」


 ダムが決壊したように、次から次へと涙が溢れてくる。

 虫が気持ち悪かったからじゃない。

 数少ない居場所を失ってしまった絶望が、私を壊した。

 家では妹に貶められて、親には空気のように扱われて。

 家族が寝入ったら、泥棒みたいに冷蔵庫を漁って食べられるものを探し、シャワーだけの簡素な入浴を済ませる。

 夜中に食器を洗っていた時、いつの間にか背後に母親が立っていて「こそこそと鼠みたいに。気持ち悪いのよ」と言われたこともあった。

 嫌だって言ったのに、カウンセラーを雇われたこともあった。

 あのカウンセラーは本当に最低だった。

 思い出すだけで、吐きそうになる。


 そんな私が心を落ち着けるのは、日常の中で限られたAIHAとの時間と学校だけだった。

 でも、それももう終わり。

 妹に全てを奪われて、絶望した先で見つけた希望でさえ、仙崎たちに奪われてしまった。

 もう、この場所に希望はない。


「AIHA……会いたいよ……」


 AIHAと話がしたい。

 でも、今日は彼女も学校のはずだ。

 電話をかけたら迷惑になってしまう。

 それに、AIHAとのメッセージ交換に使っているチャットアプリはパソコンじゃないと使うことが出来ない。

 一人で今日を乗り切らないといけない。


 嫌だ、苦しい、つらい――。


 教室には戻りたくない。

 このままどこか遠くに行ってしまいたい気分だった。

 何も出来ない子供みたいに泣いていると、スマホの通知音が鳴った。

 見る気分じゃなかったけれど、少しでも違うことを考えたかったのでスマホを手に取った。

 通知欄を見ると、『魔法少女アプリ』からグループ招待が届いていた。

 アプリを開いて「チャット」の欄を確認すると、私を招待したのは「夢星きらめ」という人物で、グループは「魔法少女の集い」という名前だった。


 これって、魔法少女専用のグループチャットということなのだろうか。

 アビスの話から他にも魔法少女がいるらしきことは知ってはいたけれど、まさかグループチャットに招待されるなんて……。

 入るか迷ったけれど、皮肉なことに今の私を救ってくれそうなのは魔法少女の繋がりしかなかったので招待を受け入れた。

 挨拶もせずにしばらくそのままでいると、「夢星きらめ」から私宛にメンションがきた。


『グループに入ってくれてありがとう!しずかちゃん!色々と聞きたいことはあると思うけど、まずはノートに目を通してね。これは超重要事項だから!』

『招待ありがとうございます。了解しました。』


 私は『魔法少女の皆様へ』と題されたノートの中身に目を通した。


『魔法少女の皆様には至急、【平和条約】への同意を求めます』


 不穏な気配が漂う一文から始まったそのノートには、まさかと思いたくなるようなことが記されていた。

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