キラキラ魔法少女①

 目を覚ますと、私はさっきいた場所に仰向けに倒れていた。

 夢だった……?

 今日は色々あり、気持ちを落ち着かせるべく公園まで来て、気づいたら眠っていたとか?

 それにしては、空模様はさっきとほぼ変化はないように見える。

 私は上体を起こして、しばし思案する。

 そういえば、さっきは体の中に黒い液体が入り込んできて……その不快さに耐えられなくなって気を失ったんだっけ。

 思い出すだけで悪寒が走る。

 思わずお腹を押さえたが、変な異物感はしなかった。


「あれ、涎が……」


 口元から何かが垂れてきて、咄嗟に手で押さえた。

 手のひらを見ると、真っ黒に染まっていた。


「ひいっ!」


 夢じゃなかったんだ。

 全て現実。

 あの黒い液体は、確かに私の中に入ったんだ。


「う! うえっ!」


 唐突に吐き気がのぼってきて、地面に手をついて嗚咽を上げた。

 気持ち悪い。最悪な気分だった。


『ヒヒヒ、よく眠れたカシラ?』

「お陰様でね……」

『ホラ、さっさと立ちナサイ! 魔法少女の儀は無事に完成されたのだワ!』

「うう……ちょっと待って……」


 フラフラになりながら立ち上がる。

 自分の体を確認してみると、何も変化はなかった。


「何も変わってないけど……」

『初回だからだワ。まずアンタの体にマジカル物質を取り込む必要があったからネ』

「そ、その言葉を言わないで! 思い出したくもない……」


 また吐き気がした。

 私の言葉を無視してアビスは続ける。


『次回以降、アンタは意のままに魔法少女に変身できるだワ! 手順はさっきと同じ。さあ、嫌なやつを消しにいくのヨ!』


 煽るようなことを言うアビスとは対照的に、私は熱が冷めていくのを感じていた。

 こんなことして、幸せになれるの?

 浮かんだ疑問が、私を留まらせる。

 さっきまでの殺意が、尻すぼみになってしまったようだった。


「……帰る」

『なにヨ、テンション低いワネ。アンタはもうガマンする必要なんてないのヨ』

「…………」


 アビスと会話する気にならなくて、スマホの電源を切った。

 その後は茜色に染まる空を眺めながら、帰路についた。



***



 家に着くと、私はすぐに自室に戻った。

 お風呂に入りたい気分だったけれど、誰かよりも先には入れないので夜中になるまで我慢しないといけない。

 家族は既に食事を済ませており、ソファーでテレビを観たりして過ごしていた。


 猛烈にAIHAと話がしたかった。

 私はパソコンを開いて、チャットアプリを起動した。


 ***

 shizuka:今話せる?

 AIHA:話せるよ。どうした?

 shizuka:話したい気分

 AIHA:そうなんだね。通話繋げる?

 shizuka:ううん。今はまだ家族が起きてるから

 AIHA:あ、そっか...じゃあこのまま話そ

 shizuka:うん。前言ってた会うって話だけど...いつになりそう?

 AIHA:早くても今月末くらいかな...ごめんね、色々予定があって

 shizuka:ううん、いいの。ごめんね催促してるわけじゃなくて...会えるの楽しみにしてる

 AIHA:私もだよ。あとあのね

 shizuka:なに?

 AIHA:魔法少女の噂、知ってる?

 ***


 心臓がどくんと脈打った。


 ***

 shizuka:魔法少女の噂?

 AIHA:うん、なんか最近私の周りで有名でね。魔法少女のコスプレをした女の子が嫌いな人間を殺しにまわってるっていう話。怖いよね...

 shizuka:その話詳しく聞いてもいい?

 AIHA:いいよ。私も人づてに聞いただけだからそんなに詳しくはないんだけど...

 AIHA:私の友達の友達が通ってる高校に、酷い虐めにあってる女の子がいて。机の上に動物の死体が置かれてたり、お金とられたり、援交させられたり...本当に酷い虐めらしかったんだ

 shizuka:うん

 AIHA:その子は学校に来なくなったみたいなんだけど...それから不思議な事件が起きるようになったの

 AIHA:その子を虐めてた人達が次々に行方不明になったんだって

 shizuka:それって...その子が全部やったってこと?

 AIHA:わからないけど...できすぎてると思わない?

 shizuka:その子が魔法少女のコスプレしてたんだよね?誰が見たの?

 AIHA:わからない。でも噂話ってそんなもんだし、誰が言い出したのか知らないけど魔法少女が殺しにくるっていう話が出来上がったんだよ

 shizuka:そうなんだ...

 AIHA:あと、この話には続きがあるの

 AIHA:みんな、忘れちゃうんだって。殺された人のことも、事件があったことも全部

 shizuka:どういうこと?でもそれっておかしいよ。だって今こうして私はあいちゃんから聞いてるんだし

 AIHA:う〜ん、なんて言えばいいのかな。急にパッと忘れるんじゃなくて、少しずつ忘れていくみたいな?私が話を聞いた子も、虐めがあったってことも忘れかけてたみたい。いなくなった子に至っては名前も思い出せないって言ってた

 shizuka:みんなの記憶から薄れていって最後は完全に忘れちゃうってこと...?

 AIHA:それがこの話の不思議なところなんだよ

 shizuka:変なこともあるね

 AIHA:だね〜。でもさ

 AIHA:もし嫌いなやつをノーリスクで殺せるなら、私ならやっちゃうかもなあ

 ***


「なに見てんの!」

「ひゃあっ!」


 妹がいつの間にか部屋に侵入していたらしく、私からパソコンを奪い取った。


「か、返してっ!」

「やだ。ん? おねーちゃん、これマッチングアプリ? こんなのやってるんだー」

「ちがう……あんたには関係ないでしょ、早く返してよ……」

「だから、やだってば。これはママに報告しないとだねぇ……パパのほうがいいかな? 隠れてこんなことしてたって知ったらどうなるだろうね、おねーちゃん」


 ぞわっとした。

 そんなことされたら、パソコンを取り上げられてしまう。

 それだけじゃない。スマホだって解約されてしまうかもしれない。

 コレはそれをわかって言っているのだ。

 このままだと、楽しみが奪われる。

 大切な時間を、友達を、コレのせいで失ってしまう。


「ママー、パパー、ちょっとき――」


 気づいたら、私はコレの腕を掴んでいた。

 私がこんなふうに行動に出ることは今までなかったので、コレは驚いたようだった。


「……今すぐそれを渡しなさい」

「な、なに。キレてんの?」

「いいから。何もしないから早くそれを返せ!」

「!?」


 感情の昂りを感じた、その瞬間だった。

 体の奥からパワーが湧き上がってくるのを感じ、風もないのに頭髪がふわりと浮かび上がった。


「え……?」


 私の変化を目の当たりにしたコレの顔が恐怖に引きつっているのが分かる。


「なに、それ……」

「これが……変身……?」


 スマホを拾い上げて、液晶で自分の顔を確認する。

 青く変色した髪の毛、赤い光が煌めく瞳。

 そこには、変貌を遂げた自分の姿があった。


「どうなってるの……? 幻覚……?」


 コレは私のこの姿が信じられないようで、見たこともないような怯えた顔をしていた。


「ど、どうしよう……も、戻れ! お願い戻って!」

「あ……あぁ……」


 この場所ではまずい。

 今の状態が、アビスが言っていた「変身」なのかは分からないけれど、説明がつかないような異変が起きているのは事実なわけで。

 そんな姿をコレに見られてしまった。

 コレは絶対に、今見た事を親に伝えるだろう。

 そんなことになったら、私は怪物呼ばわりされて家を追い出されてしまう。

 それだけは避けなければならない。

 私は内心パニックになりながら、必死に平静を装ってコレの肩を掴む。


「……親に言う?」

「そりゃ……言うでしょ……だってその姿……意味わかんないもん」

「そっか……」

「は、離してよ」

「言ったら殺す」

「ひっ」


 できる限り凄みを込めて、言い放つ。

 コレの肩が震えていた。


「殺されたくなければ、黙っていること。いい?」


 コレは恐怖で言葉も出ないようだ。

 無言で何度も肯首した。


「わかったら、それを置いて今すぐにこの部屋から出ていって」

「はいっ……」


 アレが部屋から出ていくのを見送ってから、私は大きく息を吸い込んで吐いた。

 体に湧いていた力が収まっていくのが分かる。

 スマホの液晶で確認すると、既に元の姿に戻っていた。


『ヒヒヒ、あのまま殺してやればよかったのに』

「黙って」


 自分が自分でなくなってしまったような恐怖。

 アレにはっきりと「殺す」と言ったことなんてなかった。

 自分を責めればいいのか、悲しめばいいのか、はっきり言ってやったと喜べばいいのか分からない。

 でも、あの瞬間……私は一線を超えた。

 もう、今まで通りというわけにもいかないだろう。

 私の生活が、音を立てて崩れていく気がした。

 後戻りはできない。さっき変貌した髪の毛や瞳の色がそれを物語っている。


「ねえ……さっきはどうして髪の毛の色が変わったりしたの?」

『魔法少女になった者は、感情の昂りや絶望を感じた時にマジカル物質が反応して見た目に変化がもたらされるのだワよ。それ意外には特に何もないからオシャレみたいなもんだと思えばいいワ』

「あ、そう……」


 あんな風になるなんて聞いてなかった。

 最初に教えてと抗議しようとしたけれど、一切悪びれもしないアビスの様子に怒る気にもならず私はそのままベッドにダイブして目を閉じた。

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