アンハッピー魔法少女⑦

 その日は胸にざわつきを感じたまま過ごした。

 にわかには信じ難い映像を見て、気が動転しているのかもしれない。

 私は気持ちを落ち着けるために、近くの公園に訪れていた。

 近くといっても徒歩三十分くらいはある。私は家にいたくない時などは、ここに来て小説を読むのだ。

 家を出た時間が遅かったから、太陽は既に厚い雲に覆われていた。


「ねえ、アビー」

『ハイハーイ』

「本当にあんなことが私にもできるの?」

『ヒヒヒ、試してみたらいいんじゃないカシラ?』

「試すって言われても……どうすればいいのか……」

『簡単なコトなのだワ。魔法少女アプリを開いて変身・・すればいいのヨ』


 私は『魔法少女アプリ』を開いた。

 すると、『魔法少女アプリ』のロゴが映し出されてホーム画面に切り替わった。

 そこには様々なメニューが表示されていて、画面の端にはアビスがステッキを持って立っていた。

 ここまで辿り着いたのは初めてだった。


『ホラ、そこに「変身」っていう項目があるデショ』


 画面に目を走らせると、確かにあった。

 私は無意識にそれをタップする。

 すると、画面が揺れて『魔法少女タイプ診断』なるものが表示された。


「これ、なに? タイプ診断って」

『アンタも一回くらいしたコトあるデショ? アンタがどんな魔法少女に向いてるか診断するためのテストなのだワ。難しく考えず直感で答えてクダサイ、つってネ』


 魔法少女なのに、こういうところは現代的なんだな……。

 私は不信感を抱きつつ、設問に答えていく。

 最初の設問はこうだった。


 Q あなたには憎い人がいますか?


 考えるまでもない。

 私は「はい」と「いいえ」の「はい」を選択した。


 Q 「はい」を選んだ人のみ答えてください。

   殺したいほど憎んでいますか?


 逡巡したけれど、「はい」を選択した。


 Q 魔法少女になれば、強大な力を得ることができます。もし魔法少女になったら、その相手を殺すことに躊躇はしませんか?


「な、なんなのこの質問……さっきから憎いとか殺すとか」

『ヒヒヒ、ちなみに三番目の質問に「はい」と回答した回答者は九割に及ぶのだワ』

「そ、そんなに……?」

『アンタも、もう答えは決まってるんデショ? 遠慮なんかしなくていいからさっさと答えちゃいナヨ!』


 脳裏に妹の顔が浮かぶ。

 可愛いと思ったことなんて一度たりともない。

 私から全てを奪った悪魔。

 親も、友達も、尊厳も。

 妹さえいなければ……数え切れないほど頭に浮かんだ思考。

 もし、妹を消すことができるのなら。

 あの下卑た笑みを、もう見なくて済むのなら。

 あの憎たらしい顔を、恐怖に歪めることができるのなら。


「はあ、はあ、はあ」


 私は震える指で選択した。


『……ヒヒ、 正直でヨロシイ。さあ、最後の質問だワよ。ちゃっちゃとやっちゃいなさいナ』


 Q あなたは魔法少女になることを望みますか?


 「はい」


 選択した途端、画面がうねり『ようこそ、魔法少女様』という文字が浮かび上がった。


 その瞬間だった。足元に冷たさを覚えて下を見ると、地面から水が滲み出してそれはすぐに巨大な水溜まりとなった。


「え、嘘……」


 私は抵抗する間もなく、水溜まりの中に吸い込まれていく。

 溺れ死ぬ――その言葉が脳裏によぎり、咄嗟に手で口を抑える。

 しかし、パニックで息を大きく吐いてしまい、ゴボッと音を立てて大量の気泡が発生する。


「ゴボッ!? ボボボボ!? ゴボボッ!」

『落ち着きなさい、死にはしないワ』

「ンボボ! ゴボボボボ!」

『だから落ち着け! ゆっくりと息を吸って吐け!』

「ガボボ……はぁ〜〜……ふぅうう……あれ、息ができる……?」

『ココは魔法空間ヨ。アンタ達が変身するには必ずココを通ることになるのだワ』


 自分の置かれた状況が理解できない。

 見渡す限り水色一色で、今自分が上にいるのか下にいるのかも分からない。

 手足を動かそうとすると、水圧によって動きに制限がかかる。

 ひんやりとした水の感触が、肌を撫ぜる。

 私は水中にプカプカと浮かんでいた。

 長い夢でも見ているのかと思った。

 こんなこと、ありえていいはずがない。

 魔法少女アプリも、あの映像も、全部夢。

 だから、次に目を覚ました時にはいつものベッドにいるはず……。


『夢じゃないのだワよ』

「あれ……まだ覚めてない……」

『だから夢じゃねぇっつってんだワよ! ほら、ボケっとしてる暇はないだワよ!』


 アビスの声で意識を引き戻された。

 私は何がなんでもこの現実と向き合わなければならないらしい。

 ふと気づけば、私の周りを黒い液体が旋回していた。


「こ、この黒いのは?」

マジカル物質・・・・・・ヨ』

「マジカル物質……?」

『アンタたちはコレ・・を体内に取り込むコトで、魔法少女になるのだワ』

「体内って……まさかこれを!? ムリムリムリムリ!!」


 こんな得体の知れないものを体に入れるなんてダンコキョヒだ。

 私は逃げようと身をよじらせたけれど、水圧のせいで上手く動くことができない。


『そうはイカの塩辛ってやつなのだワ! 魔法少女になる者は必ず通る道なのヨ!』

「だったら魔法少女になんてならなくてもいい! だからここから出し……おえっ!?」


 アビスに抗議の言葉を投げると、その僅かな隙で開いた口にマジカル物質が入り込んできた。

 侵入を拒もうと口を閉じようとしたけれど、為す術もなくマジカル物質によって私の体は蹂躙されていく。


「オボボボボ!? ゲボボボ!?」


 体の中で液体が激しくうねるのが分かる。

 苦しい。死んじゃう。


 不快――。

 嫌悪――。

 憎悪――。


 それらの感情が頭を支配し、ついにはこの酷い現実から逃避するように意識を失った。

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