アンハッピー魔法少女⑤

 その日の授業は、教科書も筆箱もない状態で受けた。

 そうするしかなかった。

 教師には忘れたと言った。

 もし、仙崎達に隠されたなんて言ったら、何をされるか分からないから。

 私と席が近い人は既に仙崎達に釘を刺されていたか、面倒事に関わりたくないと思ってか、見て見ぬふりをしていた。

 私もその空気を敏感に感じ取っていたから、「教科書見せて」などと懇願はしなかった。

 とにかく、早く今日が終わってほしかった。

 私にいつもお弁当を作ってきてくれる子も、仙崎達に標的にされるのを恐れてか今日は関わりにこなかった。

 昼休憩の際に食べるものがなく途方にくれていると、たまたまその子と目が合ったけれど、気まずそうに目を逸らしたのを私は見逃さなかった。

 その子との付き合いも、今日で終わるのだろうか。



***



 放課後、私は空腹を感じながら鞄の中身を探していた。

 仙崎達が隠しそうなところなんて、見当もつかない。

 校内を虱潰しに探すしかないか……。


「あ、あの! 名楽さん」


 落胆していると、後ろから呼びかけられた。

 その声には聞き覚えがあった。

 振り返ると、熊切さんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。


「なに……?」


 態度には出さないようにしようと思っていたのに、つい冷たい言い方をしてしまった。

 私の態度がいつもと違うのを感じ取ってか、熊切さんの肩が少し震えた。


 彼女が悪いんじゃない。分かっている。

 誰だって、いじめの標的にはされたくないもんね。

 じゃあ、なんでこんなに胸が苦しいの?

 他の人なら、いつも通りの顔でいられるのに。

 そうか、ショックなのか。

 クラスで唯一、友達だと思えた。

 そんな彼女に、見捨てられたような気がして。

 こんな身なりになってもまだ人に期待をしている自分に苦笑してしまいそうになる。

 でも、彼女は私の手をとってこう言った。


「名楽さん……今日はごめんね! お弁当渡せなくて……いつも楽しみにしてくれてるのに」

「あ、いや……気にしてないから」

「私が気にするの! お昼ご飯食べてなかったでしょ?」

「うん」

「だから心配で……これ、皆には内緒にしてね」


 熊切さんは鞄をゴソゴソとして、包みを取り出した。


「それって……」

「……はい! 今日の分のお弁当! 遅くなっちゃってごめんね」

「いいの……? でも熊切さんは……」

「え?」


 仙崎さんに言われたんじゃ、と言おうとして口を噤んだ。

 今そんなことを言ったら、根に持っているみたいになってしまう。

 ていうか、もし本当にそうだとしたら直接それを伝えるのは意地悪だろう。

 私は彼女がこうして来てくれただけで十分だ。


「ううん、なんでもない! お弁当ありがとうね。明日洗って返すから」

「うん! じゃあまたね」

「うん、またね」


 熊切さんの背中を見送り、私はさてと思案した。

 仙崎達に隠された教科書をどうやって探せばいいのか。

 はっきり言って、この広い校内で一人で探すのは不可能に近い。

 気が乗らないけど、明日、仙崎達に場所を聞くしかないか……。


「なーらーくーさんっ!」

「きゃあ!」


 突然肩を掴まれて、私は声を上げながら飛び上がった。

 その拍子に、尻もちをついてしまった。


「あはは、そんなに驚く〜? でも今のリアクションはグッドだよ!」


 もう誰かは分かっていた。

 私は朽葉を恨めしく睨みながら、差し伸べられた手をとった。


「驚かさないで……」

「ごめんごめん〜。土ついちゃったね。よいしょ」


 朽葉が後ろに回り込んで私のお尻をはたいた。

 まるで自分がお姉ちゃんに世話を焼かれる妹のように思えて、気恥ずかしい。


「さっきの子は友達?」

「まあ……うん」

「お熱いですなあ」

「そういうんじゃ……」


 朽葉はさっきの一部始終を見ていたらしく、私と熊切さんがお熱い関係だと解釈したらしい。

 朽葉の思考回路は理解できない時がある。


「ところで、どしたのこんなところでポツンと一人で」

「ちょっと探し物を……」

「何探してるのー? 探すの手伝うよん」


 私は朽葉に事情を説明した。


「え、それってイジメじゃん! そいつらムカつくね」

「うん……だからよければ探すの手伝ってくれると助かるんだけど……」

「全然オーケーよん! 一緒に探そう」

「朽葉さんありがとう」


 帰るところだったろうに、こんな面倒なことに付き合わせるのは申し訳ないけれど、藁をも掴む気持ちで朽葉に助けを求めた。

 他に選択肢がなかったから、苦渋の選択である。

 そうして私は朽葉と二手に分かれて鞄の中身を探しにいった。


『あったよ。場所は裏庭』


 探し始めて十数分後、二階を回っていると朽葉からBINEにメッセージが届いた。

 添付されていた写真には花壇が映っていて、そこに教科書と筆箱が並んで置かれていた。


『本当にありがとう!!すぐ行くね』


 私は急いで裏庭に向かった。

 まさかこんなにすぐ見つかるとは思わなかった。

 もししばらく探しても見つからなかったら、朽葉には帰ってもらって門が閉まるギリギリまで探そうと思っていたから。


「見つけた時はそのまま地面に捨てられてたんだよ。本当にひどいことするよねー。そいつら不幸になればいいのに!」

「朽葉さん本当にありがとう。すごく助かった。でもなんでこんなにすぐ見つけられたの?」

「逆説的に考えたんだよ。私ならどこに隠すかなーって。人目につきにくくて、隠すのも簡単な場所。それなら裏庭とかかなって思って来てみたら、ビンゴだった!」

「す、すごい……」


 朽葉の洞察力に感服だ。

 今度、お礼にご飯でも奢らせてもらおう。


「ぐちゃぐちゃに捨てられてたから結構砂被ってるね〜……一応はらっておいたけどまだついてるから、これに入れとくね」


 朽葉が自分の鞄からクマのキャラクターがプリントされた手提げ袋を取り出した。


「あ、いや悪いよ! そのまま持って帰るから……」

「鞄が砂だらけになっちゃうでしょーが」


 私の遠慮は聞き入れず、問答無用で教科書類を袋に詰めていく。

 本当に良い人なんだな。


「名楽さん、またそいつらに何かされたらいつでも相談乗るからね!」

「うん、ありがとう」

「あと、気軽にBINEもしてきてよ。せっかく交換したのに名楽さん全然メッセージ送ってきてくんないんだもん」

「何送ればいいのかわからなくて……」

「そんなの「おはよう」とか「元気ー?」とかでいいの! まあ、名楽さんのキャラ的に難しいか……」

「あんまり中身のないことでもよければ」

「オーケーオーケー! むしろそういうのを求めてる! 名楽さんが嫌じゃなければだけど……」

「嫌じゃないよ。ただ友達とかあんまりいたことなかったからどうすればいいのかわからないだけで……でも朽葉さんが遠慮とか苦手なのは分かったから、もうちょっと砕けるよ」

「よろしい! じゃあ途中まで一緒に帰ろ! 探し物はこれだけ?」

「うん。朽葉さんが来てくれなかったら、明日仙崎さん達に聞こうと思ってた」

「いじめられてるのに、さん付けなんてしなくていいよ。せいぜい、"アレ"とかでいいんじゃない?」

「ふふ、そうだね」


 私達は笑い合いながら、歩き始めた。



***



 名楽と朽葉が一緒に校門を出ていく様子を、すぐ近くで観察している影が三つ。

 それは仙崎、糸谷、丸本だった。


「気に入らない」

「あいつどうする?」

「そんなの決まってるでしょ。うちらの邪魔をしたらどうなるか、分からせてやるのよ」

「いいね。どうせあいつもすぐ他のやつらみたいになるだろうね」

「見てろよ、あの女……」


 仙崎は不敵な笑みを浮かべた。

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