アンハッピー魔法少女③

「じゃあねん!」

「うん」


 朽葉は結局、私のクラスの前まで付いてきた。

 ここに向かう途中の廊下で朽葉の友人と思しき女生徒達に鉢合わせ、微妙な雰囲気が流れたがあれはなんだったのだろう。

 別に朽葉も気にしていないようだったし深くは追求しなかったけれど。

 朽葉がその友人達よりも私を優先したせいで、彼女達と軋轢が生まれるようなことにはなってほしくない。

 まあ、今日は電車でたまたま会ったから一緒に登校しただけの話であって、深い意味なんてないのだから気にしすぎないようにしよう。


「また!」

「あ、また……」


 朽葉は満面の笑みを浮かべて、まるで「次」があるかのようなことを言う。

 そこに特別な意味なんてないのだろうけれど、朽葉みたいなタイプとは初めて関わるので色々考えてしまう。

 私は朽葉を見送ると、自分の席についた。

 鞄を机の上に出して、スカートからスマホを取り出す。

 推しの歌手をフォローするためだけにインストールしたBINEバインには、通知は来ていなかった。

 連絡を取る相手なんていないし、その歌手もよく投稿する方ではないのでこんなものだ。

 チャイムが鳴るまで適当にブラウジングしていると、身に覚えのない通知があることに気づいた。

 私は画面を下にスワイプして、タスクバーでそれを確認する。


「魔法少女……?」


 そこには、『魔法少女アプリが正常にインストールされました』とだけ書かれていた。

 そんなアプリ、インストールした覚えはない。

 何かの間違いだろう。それに今更魔法少女って。

 該当のアプリを探すと、それはすぐに見つかった。

 『魔法少女アプリ』のアイコンには、ステッキを持った魔法少女のシルエットが描かれていた。

 私はそれを削除しようと長押しした。

 しかし、誤ってアプリを起動してしまい画面が真っ暗になってしまった。


「あ、もう……」


 苛立つ私の意思なんて関係ないと言わんばかりにアプリはデータを読み込み始めた。

 画面のどこをタップしても、何の反応も示さない。

 私はいやになって、スマホをスリープモードにした。

 次の休み時間に消せばいい。

 それに、ちょうど予鈴が鳴って気の早い教師が教室に入ってきた。

 私はそれを認めると、鞄から教科書類を出して授業の準備に取り掛かった。


 退屈な授業が終わり、私は早速『魔法少女アプリ』を削除しようとした。


「それでねそれでね! そいつの顔がマジでヤバいの!」

「うわ、何この顔ウケる」


 そのタイミングでクラスのうるさい女子が私の机を椅子替わりにしてきたので、彼女達にバレないようにこっそり机から離れた。

 言うまでもなく、嫌いなタイプだ。

 教室から出ると、私は一人になれる場所に向かった。

 そこには次の授業で使う生徒達が既に何名か集まっていて、バスケットボールの練習をしていた。

 私はなるべく足音を立てないように二階に上がり、使い古されたゴールネットの上に座り込んだ。

 流石にこの時期の体育館は暑いけれど、冷房がついているからいる・・分には快適に過ごせる。

 とはいえ、休み時間はあと十分もないので手早く要件を済ませて教室に戻らないといけない。


 スマホのスリープモードを解除すると、既にアプリが起動していて、ステッキを持った魔法少女のシルエットが映し出された。

 早速アプリを閉じようとしたけれど、どこにも‪✕‬印がない。

 消せないアプリなんて、怪しさ満点だ。

 だんだん、シルエットの魔法少女が憎たらしくなってきた。


「私のスマホから出ていってよ……」


 愚痴を零した時、魔法少女のシルエットが一瞬動いた気がした。

 シルエットなのに、笑ったような気がして薄ら寒くなった。


『ワルいけど、そうもいかの天ぷらってやつなのだワ』


 ――え?


 誰かに話しかけられて、周囲を見渡したけれど誰もいなかった。

 いるのは、一階でバスケットボールの練習に精を出している生徒達だけ。

 私に話しかける人なんて、どこにもいない。


『ちゃうちゃう、ほら、こっちこっち』

「え、だ、誰? どこにいるの?」

『お嬢ちゃんの真下ヨ』


 冷静になって考えてみたら、その声はスピーカーから聞こえてくるような雰囲気を纏っていた。

 まさか、スマホから?

 咄嗟にスマホ画面を見ると、さっきまではシルエットだけだった魔法少女の目と口の部分が切り抜かれたようになっていた。


『ヒヒヒヒヒヒ、びくった? ねえ、びくった?』

「ひゃあっ!」


 訳も分からず画面を見ていると、魔法少女の口がパクパク動いて流暢に話し出したので、驚いてスマホを放り投げた。

 それは機械に台詞を読ませたり、声優が声をあてたりしたようには聞こえなかった。

 明確な意思を感じたからこそ、悪寒が走ったのだ。


『痛ッッで!!』

「ありえないわ……え、AIなのよね?」


 思わず放り投げてしまってから、しまったと思った。

 私のスマホは安物だから、ただでさえ性能が低いのに衝撃を与えてしまったら余計ボロに……。

 ……いやいや、そうじゃないだろう。落ち着け私。

 変なアプリを起動したばかりに、スマホが壊れてしまうかもしれない。


 私は投げたスマホを拾って、改めて画面を見た。

 魔法少女の顔が>_<になっていた。

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