アンハッピー魔法少女②

 頭が痛い。

 頭が痛いと認識した瞬間から、最悪な目覚めであることは容易に想像できた。

 重い瞼を開けると、見慣れた天井が視界に入った。


 なんだ、今日も生きてるのか。

 目が覚めなければ、死んだも同然となる。

 このまま目が覚めなければいいのに……そう思ったことは何度もあった。

 しかし、その思惑とは裏腹にまたこうして目を覚ましてしまっている。

 不思議なものだ。死なないように生きているつもりなのに、心の奥底では死を望んでいるなんて。


 昨日は最悪だった。

 妹にさせられたことは思い出したくもない。

 それは、舌を噛み切って死んでしまおうかと血迷うくらい屈辱的で、惨めで。

 思い出そうとすると、胸の内側から怪物が突き破ってくるかのような苦痛に襲われることになる。

 だから何もなかったことにして、今日も生きるんだ。


 リビングには家族が既に揃って食事をしていた。

 妹は何食わぬ顔でトーストを頬張っていた。

 昨日、私にしたことなんてもう忘れてしまったように。

 私も構わず、洗顔などを済ませ、学校へ行く準備をしてから朝ご飯も食べずに家を出た。

 お腹は空いていないが、それよりもこの家で食卓を囲むのは私にとっては拷問でしかないため自然と朝ご飯は食べなくなった。

 当然、お弁当は用意されていないけれど、私のために余分にお弁当を作ってきてくれる奇特な友人がいるので食事には困っていない。


 家から徒歩十分程で最寄り駅に着き、列に並んで電車を待つ。

 家のことを考えずに済む。

 それだけで、心が軽くなった。

 親に土下座までして、妹とは別の高校に進学してよかった。

 高校が一緒だと、嫌でもあれ・・の気配を感じてしまうからだ。

 アナウンスが鳴り、数秒後には電車が到着した。

 それに乗り込む。

 空席を見つけ、そこに座ろうとしたがスーツを着たおじさんに先を越されてしまった。

 人も多かったので、仕方なく座席に備え付けられている手すりに掴まった。

 扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。

 その際に少し振動が発生し、不安定な体勢で掴まっていたためよろけてしまった。


「あ、すみません……」

「ちっ……」


 隣にいた男性にぶつかってしまったので謝ると、舌打ちされた。

 胸に黒い感情が湧きそうになったが、どうにか押さえ込んだ。

 大丈夫、こういうことには慣れている。

 どうせこの男も、今日の夜は家族か恋人と食卓を囲み談笑に耽るのだ。

 私に舌打ちしたことなんか忘れて。

 だから深くは追及しない。人間なんて、色んな顔を持っているのだから。


 気づくと、隣に同じ学校の制服を着た少女が立っていた。

 急に少女が現れたことにも驚いたが、一番私の興味を引いたのは彼女の肩まである艶やかな銀髪だった。

 うちの学校は校則はそこまで厳しくはないけれど、流石に派手すぎるのではないか。

 大学や専門学校ならいちいち文句を言う人間もいないだろうが、私達はあくまで高校生である。

 邪推をしながらも、校則に縛られず自分を持っている彼女が羨ましくもあった。

 私も彼女のように生きられたら、なんて無意味なことを考えそうになって思考を振り払う。


 人混みに揉まれながら電車に揺られること数分。

 地下鉄に乗り換えるために下車して、人がごった返すホームを歩く。

 エスカレーターを上がりきった頃には、乗車予定の電車が扉を開けて待っている。

 改札を抜け、電車に乗り込む。

 さっきまでとは打って変わって、人が少ないので余裕を持って座席に座ることが出来る。

 気づくと、さっきの銀髪の子が同じ車両に乗り込んでいた。


「あ……」


 目が合う。

 私の顔を見て声を上げた彼女に軽く会釈をする。

 干渉を避けた、最低限の対応。

 しかし彼女は私に何かしらの要件があるらしく、隣に座り込んだ。


「さっきのおっさん、うざかったね!」

「え、まあ……」


 あの一部始終を見ていたらしい。

 でも、そんなことを言うためにわざわざ声をかけたのかと思うと不思議に思えた。


「私なら、睨み返すくらいはしちゃうなあ。あなたって大人だよね」

「面倒事が嫌なだけだよ……」

「それが大人ってことなんじゃない?」

「そうかな……」

「そうそう! でも、溜め込んじゃだめだよ。ストレスなんか溜めてもなんもいいことないからね。美味しいものでも食べてリフレッシュリフレッシュ〜」

「ストレス……か」

「大丈夫? なんか顔色暗いぞー」


 彼女は私の顔を覗き込んで、くりくりとした瞳を向けてきた。

 距離が近い人だな。

 彼女があんまり私の顔をじっと見ているから、思わず顔を逸らしてしまった。


「あ、顔逸らしたね」

「同じ学校だよね?」


 いたたまれなくなり、違う話題を振る。


「そうそう。私もあなたの制服見て、あ、同じ学校の人だ!って思ってたんだ。うちの制服って可愛いよね〜」


 制服が可愛いなんて考えたこともなかった。

 生活のことで頭がいっぱいで、余計なことを考える余裕なんてなかったから。


「私には……似合わない」

「ええ〜、そんなことないよ。なんかあなたってお人形さんみたいで可愛いもん」

「褒められてるの……?」

「もちのろん!」


 屈託のない笑顔を向けてくる。

 この子はきっと、明るい家庭で育ってきたんだろうな。

 この先も、私とは全く正反対の幸せな人生を歩むんだろう。

 そう思うと、自分がいやに惨めに思えてきた。

 傍から見れば、不釣り合いな二人だろう。

 陰と陽の対比。言うまでもなく私が陰だ。

 どうして彼女は私なんかに話しかけたんだろう。


「なんか、あなたとは仲良くなれそうな気がしてるんだよね。私は朽葉くちば小夜さよ。あなたは?」

名楽ならくしずか……どうして私なんかに構うの? あなたにはきっと良い友達もいるでしょ」


 その問いに、朽葉は人差し指を唇に当てて考える仕草をした。


「う〜ん、直感?」

「直感なの?」

「うん! あ、あとね、静ちゃんは勘違いしてるよ。私に良い友達なんていないんだ。いるのは偽物の友達だけ。私、静ちゃんと友達になれたらすごく嬉しいんだけど……」


 縋るような瞳を私に向けてくる。

 偽物……か。彼女も彼女で周りに合わせたり、大変な面もあるのだろう。

 そう思うと、少しだけ気の毒に思えた。

 それでも、その場にいることすらできない自分に比べたら恵まれていると思ってしまうけれど。


「いいよ」


 どうせ、すぐ飽きるだろう。

 そのうち廊下ですれ違うことがあっても、忘れられて声さえかけられなくなるに決まっているのだ。

 だから、私も深く考えず適当に返事をした。

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