魔法少女アプリ

羽槻聲

第一章 アンハッピー魔法少女

アンハッピー魔法少女①

***

shizuka:今日は良い日だった?

AIHA:うーん、最悪かな

shizuka:そう。私も一緒だよ

AIHA:いつまでこんな生活が続くのかな

shizuka:わからない

AIHA:もう限界だよ。早く迎えに来てよ

shizuka:できれば今すぐにでも迎えに行きたいけど、今はまだ無理なんだ

AIHA:わかってる...わかってるの...ごめんね

shizuka:ううん

AIHA:ごめん、今日はもう終わるね

shizuka:わかった。また電話しようね。おやすみ

AIHA:おやすみ

***


 彼女は私に殺されたがっている。

 その空気は薄々感じていた。

 最初にAIHAの書き込みを見つけたのは、今から一月程前だった。

 SNSのアカウントが凍結され、誰も頼る人がいないと嘆いていた彼女を見つけた時、不思議と惹かれた。

 彼女は一緒に死んでくれる人を探していたのだ。

 私はそれに立候補した。

 二人は程なくして実際に会い、廃墟の屋上にたどり着いた。

 でも、いよいよという時になって彼女は死ぬのが怖くなって私に泣きついてきたのだ。

 結果的に計画は中止になったものの、私はAIHAとこまめに連絡をとるようになった。

 彼女は謝っていたけれど、そんなことどうでもいいのだ。

 殺してほしいと思っているのなら、殺してあげてもいい。

 私はその気持ちを彼女にちゃんと伝えていたが、その真意は彼女には伝わっていないようだった。

 彼女を殺して私も死ぬ。それが二人にとっての幸せなはずなのに。


 AIHAとのチャットを終えた私は、足音を立てないようにリビングに向かった。

 そこに私のご飯は用意されていない。

 母と父、そして妹の分だけである。

 なので、何か食べられるものがないか冷蔵庫を物色する。

 セールの豚肉と、もやし、キャベツ、人参、ピーマンと、ラップで冷凍保存された白米を取り出す。

 この食材から導き出される料理は、生姜焼きと野菜炒めだ。

 野菜は嫌いだけれど、嫌いだからと食べないでいると餓死してしまう。

 それに、もう今月はずっと生姜焼きが続いている。

 たまには違うものが食べたい。


「あ、お姉ちゃんいたんだー」


 背後から急にお気楽な声が聞こえてきた。

 それは酷く不快で、神経を逆撫でさせた。

 妹は、二階へ続く階段を降りながら張り付いた笑顔で私を見ていた。


「白々しい……知って来たくせに」

「なんのことかわかんなーい」


 妹は無視して、さっさと作るものだけ作って自分の部屋に戻りたい。

 でも無視をすれば、これ・・の機嫌を損ねるのでそれはできない。


「ふふ、今日も生姜焼き? かわいそー。そんなに生姜焼きばっかり食べてたら豚ちゃんになっちゃうよ」

「仕方ないでしょ……これしか食べるものがないんだから」


 もう放っておいてくれたらいいのに、近づいてきて嫌味を放つ。

 この時間がたまらなく嫌だ。

 だから、わざわざ夜中に行動しているのに、これは私を監視してこうして嫌がらせをしてくる。

 殺してやりたい。

 でも、そんなことできるわけがない。


「ねえ、自分の分のご飯が用意されてないってどんな気持ち? ねえねえ、どんな気持ちなの?」

「別になんとも思ってない。むしろ一人で食べれるから気楽なくらい」


 妹はニヤニヤしている。

 気持ち悪い。

 早くこの場から立ち去りたい。


「かわいそうなお姉ちゃん。妹は美味しいもの食べてるのに、自分は生姜焼きしか食べれないなんて。でも仕方ないよね。お姉ちゃんは失敗作なんだから。失敗作が、人並みの幸せを得ようなんておこがましいもんね」

「そっちこそ、毎日毎日飽きもせず私に構うけど、私はあんたのことなんかなんとも思ってないから。いい加減やめたらいいのに」

「なっ……」


 生姜焼きを作り終え、お皿に盛る。

 妹はそれを憎たらしそうに睨みつけていた。

 私が思い通りの反応を示さないから、悔しいのだろう。


「パパとママに言ってやる。お姉ちゃんに嫌なこと言われたって」

「すぐそうやって親を盾にするところ……昔から変わってないね。あんたにはなんの力もないくせに」

「お、お前……誰に口聞いてるのかわかってんの!?」


 妹を怒らせてしまった。

 あまりにも馬鹿げたことばかり言うので、それを正論で返すとこうして怒ってしまうのだ。

 そんな無駄なことに労力を割くなんて、本当にどうかしている。

 それをいちいち相手するのも、疲れる。


「もうこんな意味のないことはやめましょう。私はただご飯が食べたいだけなの」

「そうはいかないよ。お姉ちゃんは自分の立場が分かってないみたいだから、分からせてあげなきゃいけないみたいだね」


 背筋に悪寒が走った。

 これがこういうことを言う時は、アレをさせられるということだ。


「ちょっと待ってよ……もうあれはしないからね」

「私の言うことを聞かないと……わかるよね、どうなるか」


 妹に腕を掴まれる。

 力ではこれには敵わない。

 私は抗うこともできず、出来上がった生姜焼きに手をつける間もなく無理やりに二階の部屋に連れていかれたのだった。






 静の家から数キロ離れた場所。

 そこにそびえるビルの屋上に二つの影があった。

 それはなんと年端もいかない瓜二つの少女だった。

 彼女らは全てを見通す鏡で静の生活を観察していた。


「かわいそう……抗う術のない事象に、うざい妹。彼女は相当溜まっているみたい」

「救済が必要」

「そうだね、私もそう思う」

チカラ・・・を与える?」

「その言葉を待ってた。でも、彼女はチカラを使いこなせるかな?」

「それは彼女次第。どんな結末になろうとも、私達は力を貸すだけ」

「そうだね。ずっとそうしてきたもんね」

「うん」

「これで数は揃ったね」

「うん。揃ったね」

「明日には私達が作ったアプリが全国の女の子達に配布されるね」

「うん。彼女達の役に立ってくれたら嬉しいね」

「そうだね。嬉しいね」


 その言葉を最後に、彼女達は夜の闇に消え去った。

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