双子シリーズ1

音原よこ

夏・クーラー

 ──季節は夏。 

 やれプールだレジャーだ花火だ祭りだと世間が浮かれまくる季節である。 

 とはいえ春になればどこそこで桜が見頃だとニュースになり。秋にはハロウィンをはじめ食に芸術にスポーツにと大忙し。冬ともなればクリスマスに正月にバレンタインとまさに異文化宗教のバーゲンセールの大安売り。 

 と、まあこのように一年中浮かれているようなものだ。 

 ともあれ、季節は夏であった。 

 世間は夏休み真っ只中、を少し過ぎて既に佳境に入っている。とはいえ地球温暖化が叫ばれる近年、日本もその例に漏れず暑さはまだ勢いを失ってはいない。が、そうではない。 

 じりじりとコンクリートを照りつける太陽。うねる熱気。 

 室内と言えどその威力は決して衰えることなく、むしろ湿気とともに一層激しさを増して人々を脅かしていた。 

 だというのにこの部屋にはあるの申し訳程度に風を送ってくる扇風機のみ。何たることだ。 

 しかし風鈴がないのは不幸中の幸いであった。風流などあったところで涼しくなるわけでもなし。むしろこの場においては苛立ちを生むだけの道具と化しかねない。暑さの前では人は時として修羅ともなり得るのだ。 

 ちなみに人外になりかねない某双子の兄が放った言葉がこちら。 

 いわく、小煩いだけの鈴のどこがいい。 

 全力で様々な方面に喧嘩を売っている。物質主義、ここに極まれり。 

 さておき。 

 だからといってクーラーなどといういわゆる三種の神器を期待してはいけない。そうは問屋が卸さない。何がどう卸さないかはさておいて、世とは常に無情であった。 

「だあああああっ!!!」 

 と、ここでまた一人犠牲者が。 

「信也うるさいよ」 

 瞬殺だった。 

 その間僅かコンマ一秒。早い、早すぎる。 

 だがそんな言葉も何のその、バッサリ切り捨てられたにも関わらず信也と呼ばれた少年はおもむろに扇風機の前を陣取った。 

 ついでとばかりに首振り機能を切って独占してみる。正直さして涼しいわけではないが、こうでもしないとやってられない。嫌がらせが多分に入っているのは言うまでもないだろう。 

 その証拠にほんの少し苛立ちは解消された。あくまで一時的に、である。 

「おい信也そこどけ、風がこっち来ないだろ。つか勝手に切んな」 

「うるせぇ、俺にはもうこれしかないんだ。これだけが頼りなんだ。なのにお前はそれを奪おうっていうのか…!?」 

「現在進行系で俺らから風奪ってんのはどこのどいつだ言ってみろ」 

 尤もな突っ込みである。グウの音も出ないとはこのことか。 

「裕也を見習え、涼しい顔してんじゃねぇか。つーかお前はまず口より先に手ぇ動かせや、手」 

 お前が一番進んでないんだから、と乱暴な口調の割に面倒見は良いようだ。貴様もしやギャップ萌えでも狙っているのか。 

 なおそんな彼自身もまた調子は思しくないようでその手はあまり進んでいない。 

「涼しい顔ったってそいつはそれが標準装備だろ」 

 第一こんなとこで宿題ができるか、だから俺は今日はやめようって言ったのに。などと呟きながらも元に戻す辺り信也は妙に律儀だ。 

 ちなみにその際佐々本にだけ微妙に風が当たりにくいよう動かしもしたがそれはそれ。さしてどうにかなるわけでもない。 

「クーラーが壊れてんのを俺に言われてもな。第一、もう夏休みも終わるっつうのに半分しか終わってないお前のためだろ」 

 正確にはそこに裕也も含まれるのだが、信也と違いそこら辺信頼があるらしい。 

 それとも単に裕也は手がかからないからか。どっちにしろこの差である。双子が何だ、一卵性が何だ。そもそも双子の神秘などとは都市伝説であるからして。 

 閑話休題。 

「しかとは何だ、しかとは。半分も終わってるだろ」 

 ちなみに現在佐々本宅。双子の家は大所帯のため勉強には不向きだったりする。兄弟が多いのも考えものだよねとは果たしてどちらの言だったか。 

 それに、と尚も言い募る信也。見習いたくない、その往生際の悪さ。だが件の片割れはというと今日は暑さのせいかいつも以上に噛み付くな、と完全なる他人事で己の半身を見やっていた。クールと取るべきか薄情と取るべきか。 

「お前だってさっきから全然手動いてない」 

「俺はあとこれだけだからな」 

 

▼信也の会心の一撃が交わされた! 

 

 もとい誤爆した。呆気ないにも程がある。信也の墓をここに立てよう。 

「何…だと………?」 

 よほど衝撃的だったようだ。信也、遺憾の意。 

 どうやら動いてない手は単に苦手教科を後回しした結果らしい。 

 ああ、どうりでやたら唸ってると思ったら、とは裕也。 

 なお信也は聞いちゃいなかった。もうやだこの双子。 

 ショックから立ち直らない信也を他所に二人はお互いの分からない箇所を聞きあっている。得意分野が分かれているとこういうとき助かるよね。 

 これってどうなんの?ああそれはあれをこうしてああして。なるほどサンキュ。じゃあここは…。などなど。 

 うむ、これぞ勉強会である。書いて字のごとく。 

「……な」 

 菜? 

 うん佐々本多分それ全然違うね。 

 心の中で突っ込む裕也。別にここで口を出したら面倒そうだなんて思っちゃいない。 

「何てこったジーザス……!」 

 何か言い出した。 

 よろりとした動きはオプションだろうか。心なしか口調も芝居がかっている。 

 信也が佐々本をどう思っているか分かったところで、どうしてくれようこの空気。 

 信也に佐々本の視線がざくざくと突き刺さる。ついでに佐々本の顔に大きく書かれた「何言ってんだこいつ」の文字。むべなるかな。 

 駄菓子菓子。じゃないだがしかし、信也がその程度のことに怯むはずもなく。 

 終いには目が、目がぁっなどと遊ぶ始末。駄目だこいつ早く何とかしないと。 

 どうやら本気で飽き飽きしているらしい信也に、佐々本はどうするかなと頭を掻く。もちろん律儀に突っ込むことも忘れちゃいない。 

 これでも集中力は人並み以上にあるはずなのだが、暑さに弱い信也には酷だったようだ。 

 やれやれ、仕様がない。 

 裕也は溜め息をひとつ吐いて信也、と兄にやる気を出させる魔法の言葉を口にした。 

「アイス、買いに行こっか」 

 かくして、一同はコンビニに。 

 裕也により対信也のお手軽最終手段(夏バージョン)が示されたところで、信也はそれまでからは考えられないほど素早い動きを見せた。 

 現金と言えばそれまでだが、我が兄ながらなんとも微笑ましい。 

 ほら、佐々本なんか凄く生暖かい目で信也を見てる。きっと後で信也から報復を食らうだろうから程々にしといた方がいいんじゃないかな。──などとは勿論口にすることなく、裕也は適当に兄をあしらいつつ足を進めた。 

「……裕也!」 

「うん、涼しいね」 

 信也、大喜びである。 

 幸せそうで何より、だけどちょっと待って俺かつてお前のそんな至福そうな顔見たことないんだけど!? 

 いっそ清々しいまでの笑顔に何なら効果音まで聞こえてきそうな信也とは反対に何とも微妙な表情の佐々本。理由は推して知るべし。 

 さて裕也はというと我関せずを見事貫きアイスを見比べ睨めっこ。と、言うと何だかとても可愛らしいが、真顔の男子高校生がアイスケースを睨みつける様は些か微妙な気持ちにさせられる。さらには棒立ちなこともあっていっそシュールだ。 

 そんなシュールな光景を生み出している裕也の元に信也がぱたぱたと駆け寄る。 

 さながらスーパーで母親にものを強請る子供である。 

 その手には二つのチョコミントアイスが握られていて、どうやら裕也の分も持ってきたらしい。 

 あいつら普段はそうでもないのに妙なとこシンクロするよな、とは佐々本並びに双子のクラスメイトの言だ。 

 そうして無事涼むことができた三人は、クーラーのない灼熱地獄の部屋で勉強に励むことになった。 

 なお信也が無事新学期を迎えられたか否かは言うまでもないだろう。アーメン。 

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