幕外 観測者は動かない。
経験の同期を終えたところで、さて、と頭を切り替える。百回目の山田哀の行動をこれまでの経験と比較しながら、修正案を練っていく。
山田哀がタイムマシンに帰還したのは、任務を完遂したからじゃない。やり直す必要があるからだ。
確かに空は、夢を追うことを諦めた。これ以上、監視を続ける必要はないようにも思える。だがそれは早計というものだ。一度企業に行ってから、大学に戻って成果を上げる研究者だっている。大学に行かずに、企業で精力的に研究を続ける者もいる。空が人類文明の発展には寄与しないことを確認するには、生涯に渡って監視を継続する必要があった。
じゃあ、空の新居の近くに引っ越せばいい。場所はわかってるんだから。こんな指摘がどこかから飛んできそうだけれど、駄目なのだ。また別の問題が出てくるのだ。
だってそれ、普通に考えてストーカーじゃん。相手が死ぬまで付き纏い続けるとか、確実にどこかで通報されるじゃん。お縄にかかれば監視どころじゃなくなるじゃん。
ならば、どうするか。決まっている。空の方から、死ぬまで一緒にいて欲しいと懇願してくれるよう仕向けるのだ。だから私は空にとって都合のいい、ただ一人の友人を演じ続けた。精神的にも生活的にも、空が私から離れられないよう仕組んだし、実際そうなっていた。
なっていたと、思うんだけど。
なんだろう。何が、いけなかったんだろう。
わからないなりに考えて、思い当たる限りの改良点を片っ端からリストアップした。それを元に行動指針を修正。一○一回目の試行に乗り出す。駄目だった。一○二回目。駄目だった。一○三回目。駄目だった。二百回。やっぱり駄目。三百回。ことごとく駄目。思いきって基礎条件の変更を入れてプラス百回。何の意味もなかった。むしろ関係性が悪化した。今まで通りのやり方をベースにして五百回。案の定駄目だった。
光速を超えた存在が叩き込まれる虚数次元は、通常の時間軸からは切り離される。故に端末の持ち帰った情報は、連続的に意識に叩きつけられていく。自分の不出来さや惨めさを延々と見せつけられてるみたいで泣きたくなった。散らかった部屋から大切な宝物を探そうとして、でも全然見つからなくて、もしかしたら知らぬ間に捨てられちゃっててもうここにはないのかもって、不安とか悲しさとか後悔とか切なさとか自己嫌悪とかその他諸々がごっちゃになっていくような、そんな感覚を味わいながら、私は山田哀の持ち帰ってくる経験に意識を委ね続けた。
ふとした意識の間隙に、こんな思考が浮かび上がった。
あいつだったら。あいつだったら、こんなことにはならなかったのかな。何百回もループして、因果の流れをかき乱すことなんかせず、こんなこと出来て当たり前でしょって言わんばかりの涼しい顔で、華麗に目的を達成して。
下唇を噛みしめようとして、身体がないことに遅れて気づく。
私はその後も、空との出会いと別れを繰り返し続けた。いっそ空の頭を覗けたら。空と融合できたなら。そう思うことが何度もあった。
だけど、私と空は一つになれない。だから経験を積むしかない。空について知らないことが何もないっていうくらい、あらゆる外的刺激とレスポンスの対応関係を脳髄に叩き込む。それだけが、私の成長だった。
試行回数が千回を超えたとき、私と空の関係性に決定的な変化が訪れた。
何の前触れもなく現れたそいつには、名前がなかった。
だけどそいつは、この世界にたった一人の、
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