第35話 口ほどにもない

「【解放リリース】!」


 私は走りながら雷竜サンダードラグを取り出し、その背に飛び乗る。

 そして勢いよく加速すると、落ちてくる冒険者たちの下に回り込んだ。

 小回りを利かせながら、上手く全員を回収する。

 だいぶ、機功竜マシンドラグの操作にも慣れてきたもんだ。


「な、何なんだこれは……」


 突然現れた救世主に、エルバウたちは茫然とする。

 しかし、海獣たちはこちらの都合なんて考えてくれない。

 クラーケンの太い腕が襲いかかってくる。

 しかも向こうの狙いは、機功竜マシンドラグの尻尾部分だ。

 私がいるのは頭部。

 収納しようにも間に合わない……!


「しっかり掴まって!」


 私はエルバウたちに声を掛けると同時に、強引に雷竜サンダードラグを旋回させる。

 間一髪、クラーケンの攻撃を避けることができた。


「全速力だぁぁぁ!」


 限界ギリギリの速度で飛び、海岸まで戻る。

 安全圏まで下がると、私はエルバウたちを降ろした。


「りゅ、竜!!」


 ようやく自分たちを乗せていたものの正体を認識したのか、エルバウたちは声を上げて後ずさりする。

 私は雷竜サンダードラグを収納すると言った。


「口ほどにもない」


「んだとっ!?」


 エルバウは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「お前がクラーケンがいることを教えておけば、こうはならなかっただろうが!」


「いやいや。言おうとしたのに走ってっちゃうんだもん。それにクラーケンがいるって知ってても知らなくても、結果は変わらなかったんじゃない?」


 はっきり言って、彼らは海獣2頭を相手にするには力不足だ。

 これ以上やっても、時間の無駄だろう。

 そう何回もチャレンジさせては助けてあげるほど、私は気長じゃない。


「もう気は済んだでしょ?」


 私が帰るように促そうとすると、エルバウは首を横に振った。

 そしてアーケロンをじっと睨みつける。


「氷の道を作り、直接討ち取る。これはプランAだ。俺たちにはプランBがある」


「プランB?」


「ああ。一撃必殺の最終手段だ」


「何をする気?」


 エルバウの顔がニヤリと歪む。

 背筋を悪寒が駆け抜けた。

 途轍もなく嫌な予感がする。


「アーケロンもクラーケンもまとめて、海ごと殺す。毒でな」


 冗談じゃない。

 毒なんて入れたら、ここの海では途方もない期間、いやもしかしたら永遠に漁ができなくなってしまう。

 汚染された海を回復するには、相当な労力と時間、技術が必要だ。

 そして仮にきれいになったとしても、かつて毒の海だった場所で獲れた魚は毛嫌いされる可能性がある。

 絶対にこの海は汚しちゃいけないんだ。

 だから私も毒竜ヒドラは使わなかった。


 エルバウたちも、海を殺すべきではないのは分かっているだろう。

 だからいきなり毒を使うのではなく、プランBにとっておいた。

 だけど予想外にクラーケンまでいた上に、ただの村人となめていた私に助けられた。

 精神的に混乱して暴走しているみたいだ。


「そんなことをしたら、ここで漁ができなくなる。海を死なせることだけは、絶対にしちゃいけない」


「俺たちの知ったことか! やるぞ!」


 エルバウが仲間たちに合図して、全員でアーケロンに向けて手をかざす。


「合技! 【猛十毒虎もうじゅうどっこ】!」


 冒険者1人1人から、毒で形成された虎が生み出される。

 それは海へ走りながら、合体し1つの巨大な毒虎となった。

 あれがアーケロンとクラーケンを倒せるのか、倒せないのか。

 正直に言ってそんなことはどうでもいい。

 それ以上に、海を守らなきゃいけない。


「させるかぁ!」


 海獣たちも災害だけど、この冒険者たちも十分に災害だ。

 全くろくでもない。


「バカか! 猛毒だぞ! 死ぬぞ!」


 毒虎に向けて手を伸ばす私に、慌ててエルバウが叫ぶ。

 しかしそんなことはお構いなしに、海へ駆ける虎に追いつくと私は掴みかかった。


「リーダー! あいつ死んだっすよ!」


「知るか! あいつが勝手に自殺したんだろうが!」


「誰が死んだって?」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ男たちに、私は鋭い視線を向ける。


「い、生きてやがる!?」


「【収納ストレージ】!」


 海に入る一歩手前。

 ギリギリのところで、毒虎は私のアイテムボックスに収まった。

 しがみついていた私は、地面に投げ出される。


「何者なんだお前……」


 最終手段をいとも簡単に沈められ、エルバウたちは茫然とした。

 砂を払って立ち上がった私は、後ろを振り返って言う。


「ミオンって名前、教えてあげたよね?」


 さーてと。

 私は海獣たちに向き直り、ポキポキと指を鳴らす。

 特別な食材の調達といきますか。

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