第36話 3度目の正直

「【解放リリース】!」


 私は再び雷竜サンダードラグの背中に乗り、空へと飛び上がる。

 例によって高く飛び、アーケロンたちの上空へと移動する。

 ちらりと振り返ると、エルバウたちはただただ私の様子を見つめている。

 プランAではクラーケンに粉砕され、最終手段は一村人にあっさり打ち砕かれた。

 もはや戦意を喪失しているみたいだ。


「【収納ストレージ】」


 そっと雷竜サンダードラグに触れて収納する。

 私は二度目のフリーフォールを始めた。


「しょ、正気か!?」

「さっきから何なんだあいつは……」


 冒険者たちが騒いでいるみたいだけど、正直あんまり聞こえない。

 そりゃそうだよね。高速で落ちてるんだから。


「来たっ!」


 海中から太い腕が伸びてくる。

 クラーケンだ。

 それも左右1本ずつの計2本。

 この間は不意打ちでホームランされちゃったからなぁ。

 でも来ると分かってれば対応ができる。


「ふぅ……」


 私は一発逆転の打席に入るバッター、あるいは最終回ツーアウト満塁の場面でマウンドに立つピッチャーのごとく神経を研ぎ澄ます。

 ……うーん、野球の例えが多いな。


「はっ!」


 両横からクラーケンの腕が襲う。

 私は思いっきり両手をサイドに突き出した。

 早すぎても遅すぎても、タイミングが合わなければ収納できない。

 再びホームランされてしまう。

 クラーケンが突き出した手に触れるその瞬間に、私は声を上げた。


「【収納ストレージ】!」


 ぬちゃっとした感触がしたか、しないか。

 完璧なタイミングで、私はアイテムボックスへクラーケンを放り込んだ。

 パッと腕が消え去り、アーケロンの下の影もいなくなる。

 あとはアーケロンだけ……!


 アーケロンだって何か攻撃をしてくる可能性はある。

 私は警戒しながら、その甲羅を目指して落ち続ける。


「……!」


 アーケロンの良く見ればつぶらでかわいい瞳が、向かってくる私を捉えた。

 クラーケンがいなくなったことにも気づいているみたいだ。

 こうなると、アーケロンは自分で自分の身を守るしかない。

 何かしてくるね。

 そもそもアーケロンは、クラーケンに勝って舎弟にしてたわけだ。

 クラーケンより強い。


「ウウウウウ……」


 低く太い音を喉から響かせながら、アーケロンは前ヒレを海中へ沈める。

 そして次の瞬間、その前ヒレを勢いよく跳ね上げた。

 海水が猛烈な勢いの柱となって、こちらに上昇してくる。


「マジか……」


 さすがは海獣。主と呼ばれるだけのことはある。

 海水の勢いはすさまじく、普通の人が食らったらひとたまりもない。

 エルバウたちだって即死ものだ。

 まあ私は、【水無効】だから死にはしないんだけど。


「はああああ!!」


 私は迫ってくる海水の柱に向けて、両手を構えた。

 ダメージを受けなくたって、食らったら余裕で吹っ飛ばされる。

 また機功竜マシンドラグに乗って飛び直しなんてことはごめんだ。


「【収納ストレージ】!」


 襲いくる大量の水を、収納しながらアーケロンへと突き進む。

 視界は水でいっぱいだ。

 柱は押しつぶされるように短くなり、私とアーケロンの距離も短くなっていく。


「届いた!」


 私は水面に叩き付けられ、次いでアーケロンの前ヒレを掴む。

 あの高さから水に落ちたら、普通は即死だ。

 よく言うじゃん、コンクリの硬さがどうとか。

 本当に無効スキルさまさまだね。


 アーケロンが再び前ヒレを海中へ沈めようとする。

 私を溺れさせるか、あるいは空中に跳ね上げようというのだろう。

 ダメ元で飛び込んだら大波で崖に叩き付けられ、2回目はクラーケンの腕によってこれまた崖に叩き付けられ。

 やっと掴んだアーケロンの体。

 もうこれ以上、弾き飛ばされちゃたまらない。

 3度目の正直だ。

 二度あることは三度あるなんて日本語は……今は無視!


「【収納ストレージ】!」


 さっきまで海に鎮座していた小島のようなウミガメが、一瞬で消え去った。

 一撃必殺の【収納ストレージ】。

 エルバウ、一撃必殺っていうのはこういうことを言うんだよ。


「終わったぁ……」


 厳密に言えば、アーケロンもクラーケンもまだ生きている。

 アイテムボックスに放り込んだだけだからだ。

 でも、アイテムボックスから自分で出てくることは絶対に出来ないし、中で暴れまわることもできない。

 この瞬間をもって、海獣の脅威は過ぎ去ったと言っていいだろう。


「【解放リリース】」


 私はアーケロンの水柱として収納した海水を、海の中で噴射する。

 その勢いを使って、一切泳ぐことなく海岸へと到着した。

 そこにはエルバウたちと……ありゃ、何か見たことある格好の人たちがいる。

 王都でみた騎士団の甲冑を来た男たちが数人、冒険者たちを囲んで立っていた。

 騎士の中の1人に、見覚えのある顔がいる。

 ヘルムート王が店に来た時、入ってきた騎士の1人だ。

 名前は確か……


「ファックスだっけ?」


「アクスだ。銀髪でまさかとは思ったが、あの料理店の店主とはな。なぜこんなところにいる?」


「なぜって……家がここにあるからだけど」


「まあいい。一部始終、見させてもらった。海獣出現の話を聞いて、早馬を飛ばしてきたんだが……。まさか料理人に先を越されるとは思わなかった。少しばかり、話を聞かせてくれ」


「えー、疲れてるんだけどなぁ……」


「そんなに時間は取らない。はっきり言って、騎士一同驚いているんだ。我々も来たはいいが、どう倒そうかというアイデアまではなかったからな。それをあっさり倒してしまった。どんな手を使ったのか、個人的にも興味がある」


「しょうがないな……。あ、そいつらは海を汚そうとした最低の人間だから」


 私はエルバウに鋭い視線を向ける。

 彼はもう何がなんだか分からないと言った感じで、ただただ呆然としていた。


「そこも見ていた。いくら海獣退治とはいっても、倒す前に守らなければいけないものがある。彼らにはしかるべき処置を受けてもらう」


「うん。任せたよ」


「さあ、店主にも来てもらおうか」


「ミオンね」


 あーあ、早く特大イカリングとか超濃厚なウミガメのスープとか作りたいんだけどなぁ。

 取り調べなんて嫌んなっちゃうよ。

 まあ、悪いことはしてないから怖い取り調べじゃないんだけどね。

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