第34話 冒険者エルバウ

 アーケロンが現われてから2日目。

 私が海獣退治に出かけようとすると、村に来客があった。

 10人の馬に乗った男たちだ。


「村長はいるかー!?」


 先頭を行く男が声を上げる。

 全員が武器や鎧で装備を固めている。

 この間見た騎士たちの身に着けていた甲冑とは違うから、彼らは冒険者だろう。


「何の用じゃ?」


 出てきたミョン爺が問いかける。

 するとリーダー格の男は、馬を降りて言った。


「近くの町の冒険者パーティー『風の剣』だ。俺はリーダーのエルバウ。この近くの海に海獣が出たと聞いたから、討伐しに来た。アーケロンがいるというのは本当か?」


「それは本当じゃ。そこの丘の先から見下ろせば、巨体が確認できるじゃろう」


 もう情報が伝わっているんだ。

 保存できるよう加工した魚は、村にある程度の備蓄がある。

 それを売りに行った村人たちの会話を聞いて、アーケロンの存在を知った。

 そんなところだろう。


「よし、行くぞ」


 エルバウは馬の背に戻り、後ろの男たちに声を掛ける。

 そして手綱を握ぎ、丘の先端へ向かった。

 慌てて私も後を追う。

 彼らが本気で馬を走らせなかったこともあり、AGIが高い私は余裕でついていくことができた。


「ずいぶんと足が速いな」


「そりゃどうも。それで、本当にアーケロンが倒せるの?」


「やってみなきゃ分からないだろ。だけど奴にかかっているのは4,000万G。挑戦してみる価値はある」


「言っとくけど、そんなに時間はかけられないんだよね。漁ができないのは死活問題だからさ」


「偉そうに言ってくれるが、お前らじゃ倒せないんだろ? 俺らが来てやったことに感謝してくれないとな」


「そういうセリフは、ちゃんと倒してからにしてくれる?」


 走りながら、私とエルバウはにらみ合う。

 若干イラっとしたけど、まあやれるって言うならやってみるといい。

 でもそんな悠長に待てないのは事実だからね。

 今日の『美音』は臨時休業、明日は定休日だけど、明後日からは営業日になる。

 つまりそれまでに、決着をつけなきゃいけないわけだ。


「おおお……想像以上にでかいな」


 丘の上に到着したエルバウ、そして男たちは、アーケロンを見て息を呑んだ。

 誰だって、初めてあれを見たなら圧倒される。

 それは間違いない。


「さてと、準備に入るか。おい、村人」


「私のこと? ミオンっていう名前があるんだけど」


「村人、ここから崖の下へ行く道はどこだ?」


 だからミオンっていう名前があるっつーの。

 いちいちイライラさせてくれるな。


「飛び降りたらいいんじゃない?」


 イラっとした私、ついつい意地悪な返答をする。

 するとエルバウの方もカチンと来たのか、青筋を浮かべて言った。


「真面目に答えろ。俺はお前たちを助けてやるって言ってるんだ」


「はいはい。案内しますよーだ」


 私は冒険者たちを先導して歩き始める。

 村を通り過ぎて下り坂を進み、Uターンして海岸へ出た。

 アーケロンの甲羅は海面からはみ出していて、本当に島みたいだ。

 そういえば、元の世界にそんな伝説があったな。

 小島だと思って上陸したら、実は巨大なカメの背中で海に潜られて溺死しちゃうっていうやつ。

 あれはアーケロンって名前じゃなかったと思うけど。


「あー、そういえば」


 ――アーケロンの下にはクラーケンがいるよ。


 とても優しい私が教えてあげようと思ったのに、エルバウたちはさっさと準備に取り掛かってしまった。

 人の話は聞くもんだよ?


「よーし。作戦通りに行くぞ」


 エルバウの合図で、冒険者のうち2人が海に触れる。


「「【アイスロード】」」


 たちまちパキパキと音を立てて海岸が凍り、2つの氷の道ができる。

 それはアーケロンへと伸びていった。


「行くぞ!」


 エルバウ、そしてもう1人の冒険者を先頭に、彼らは2手に分かれて氷の道を駆けていく。


「アーケロン覚悟ぉ!」


 エルブウが走りながら剣を構えた。

 その瞬間。


 ――ドガァァァン!!!!!!


 海中から現れた腕が、氷の道を破壊する。

 エルバウたちは前方を、そして背後を破壊され、氷の小島に孤立した。


「くくくくクラーケンだぁ!?」

「冗談じゃねえ!」

「海獣が2頭は聞いてねえぞ!?」


 あーあ。

 だから人の言うことは聞くもんだって言ったのに。

 ……実際には口に出して言ってないか。


「何をやってる! もう一度だ! 氷の道を作るんだ!」


 エルバウが慌てて指示を出す。

 しかし道ができるより一歩早く、海中から腕が突き上げてきた。

 今度は道の破壊が目的じゃない。

 冒険者たちへの直接的な攻撃だ。


「「「「「ぐああああああ!!!」」」」」


 高々と上空へ跳ね飛ばされる冒険者たち。

 はぁ……。

 気に食わない奴らだけど、目の前で死なれたら目覚めが悪いしな。

 仕方がないから助けてやるか。


「はぁ……」


 私は改めてため息をつくと、海へと走り出した。

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