第32話 ダメ元

 まるで小島のごとく、海に鎮座するアーケロン。

 そして丘の上でそれをじっと見つめながら座り込む私。

 両者のにらみ合いは、かれこれ数時間以上続いている。

 甲羅を筆頭に、防御力は相当なものがありそうだ。

 機功竜マシンドラグの攻撃が通るかどうか、微妙なところだね。

 大切な漁場であることを考えると、うかつに毒竜ヒドラは使いづらい。

 ぶっ飛ばすとは言ったものの、具体的にどうするのか悩ましいところだ。


「ミオンさーん」


 ニナが呼びに来た。

 もうお昼前だ。

 『美音』の方も、今日はちゃんと材料があるし開店しないといけない。


「行きましょう」


「はーい」


 ニナと一緒に村に戻り、今日シフトが入っているみんなと一緒に王都へ転移する。

 店に入って清掃や最後の仕込みを済ませ、開店の準備を整えた。


「開店しまーす!」


「「「はーい!」」」


 元気のよい接客がモットーの店だ。

 みんなアーケロンの出現は知っていて、不安は抱えている。

 でもそれを感じさせない明るい接客で、店を盛り上げてくれる。

 私も頭の片隅では対アーケロン作戦を考えながら、懸命に調理の手を動かした。


「ありがとうございましたー!」


 最後のお客さんを見送って、私は札を「OPEN」から「CLOSE」に変える。

 本来であれば、明後日は仕入れの日だった。

 仕入れの仕組みを見直して、1週間ごとに使う材料を買うシステムにしたのだ。

 どうせアイテムボックスの中なら腐らないし。

 だから今、私のアイテムボックスの中には1日分の材料しか入っていない。

 明日中にアーケロンを倒せなければ、肝心の魚が入って来ないので営業できない。

 臨時休業も覚悟しないといけないね。


 私は村に帰ると、再び丘の先端へと足を運んだ。

 相変わらず、アーケロンが居座っている。

 わずかに体を動かしただけで、月明かりに照らされた海が大きく波立った。

 少しの動きであれだ。

 思いっきり暴れられたらたまったもんじゃない。

 【水無効】があるから溺れたりダメージを受けたりはしないけれど、巨大な波が立てば押し戻されることはある。

 でも近づかないことには収納できない。

 ミョン爺いわく、でかい図体の割に敏感で、こっそり近づこうとしても気付かれてしまうそうだ。

 本当に厄介な相手だよ。


「こっから飛んだらどうなるんだろ」


 私は立ち上がると、少し後ろに下がった。

 そして勢いよく走りだし、崖の先端で飛び上がる。

 まあ分かってたことなんだけど、私は別に跳躍力に優れているわけじゃない。

 助走スピードのおかげで海まではギリ届いたけど、アーケロンには遠く及ばなかった。

 そしてなまじ海に届いたばっかりに、バッシャーンと盛大に音が響く。


「やっべ……」


 アーケロンが反応し、前足だか前ヒレだかを海面に叩き付けた。

 大きく波が起こり、私は一気に飲み込まれる。

 そして無抵抗で押し戻され、崖に叩き付けられた。


「あーあ」


 明らかにダメ元、失敗するのが分かっていた無策の突進だから仕方ないね。

 でも今ので閃いた。

 アーケロン討伐、鍵は空中からだ。

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