第3章 海の主討伐編

第31話 海の主

 海鮮料理店「美音」の開店から1ヶ月。

 最初の大騒ぎは少し落ち着き、毎日ちょうどいいくらいのお客さんに恵まれている。

 順調に利益が増えているし、みんなも仕事に慣れてきた。

 フェンリアも調理場のメンバーに入ってくれたことで、私の仕事量もだいぶ楽になった。


「ふわぁ~おはよう」


「おはようございます」


 朝早く起きて外に出ると、ニナが笑顔で挨拶してくれた。

 うん。良い目覚めだね。

 今日は午前中は村の仕事を手伝って、お昼からはお店で頑張る予定だ。


「そろそろティガスたちが帰ってくるころだね」


「はい。今日も大漁だといいです」


「珍しい魚が獲れてたら『美音』にもらおうね」


「もちろんです!」


 冗談を言いながら漁師勢の帰りを待っていると、ネロが村へと駆け込んで来た。

 手には魚はおろか、漁の道具も何も持っていない。

 相当急いでいたみたいで、ぜえぜえと息を切らしている。


「どうしたのー? トイレ漏れそうなの?」


 のんきに私が尋ねると、ネロは青い顔をして言った。


「それどころじゃない! 村長、一大事です!」


「何じゃ?」


ぬしが……」


 ネロの一言に、ミョン爺の顔もまた青くなる。

 どうやら、トイレがどうとかふざけている場合じゃなさそうだ。

 本当に一大事が起きたらしい。


「漁に出たみんなはどうなったんじゃ!?」


「全力で逃げ帰ったのでみんな無事です。俺が急いで帰って報告することになったので」


「そうか。無事なら良かったわい。いや、状況は良くもないんじゃが」


「主って何なの?」


 どうやらニナも“主”について知っているようで、深刻そうな顔をしている。

 1人だけ置いてけぼりの私が尋ねると、ミョン爺は1つ頷いてから言った。


「主というのはこの近海の主。といっても、かなり行動範囲が広くてな。ある時はこの村の近くに居座り、ある時はまた別の漁村の近くに居座り、またある時は沖合の方に住んでいる。最後にこの村の近くに来たのは、10年くらい前じゃな」


 10年前なら、ニナに直接的な記憶はないはずだ。

 それでもあの表情ということは、よっぽど危険な奴で、しっかりと村中に話が伝わっているということだろう。


「そいつが居座るとどうなるの?」


「大変に狂暴なんじゃ。水中の魚はもちろん、船など近くを通るものは全て襲う気性の荒さでな。主が近くに来てしまったら、とても漁などできん。気分が変わって他のところに移動するのを待つしかないんじゃよ」


「そんな! 漁ができなかったら村の収入はなくなるし、『美音』も営業できなくなっちゃうよ!?」


「そうなんじゃ。そうなんじゃが、どうにもできんのじゃよ。何せ主の身体は固く、ほとんど攻撃を通さない。それに海の中にいるもんじゃから、そもそも攻撃がなかなかできん。無理に近づいて水中戦に持ち込まれたら、勝ち目はないんじゃからな」


「居座るのって、だいたいどれくらいの期間なの?」


「前回は確か……1年半ほどじゃったな?」


「そうですね」


 ミョン爺に確認されてネロが頷く。

 正直言って、冗談じゃない。

 せっかく『美音』が上手くいっているのに、1年半も主が去るのを待ってなんていられない。

 そもそも1年半でいなくなる保証はないのだ。


「主には海洋生物として異例の懸賞金がかけられておる。その額は4,000万Gじゃ」


「4,000万!?」


 ランガルの50倍の額だ。

 竜血茸の売却価格に迫る高さ。

 それだけ討伐が難しく、挑戦はされてきたものの成功しなかったということだろう。


「一体、主ってどんな奴なの?」


「実際に見てみるのが早いじゃろう。主が近くに現れたということは、丘の上から目視できるはずじゃ」


 私とニナはミョン爺に連れられて、帰ってきた漁師たちと入れ違いに村を出る。

 みんな青ざめた顔をしていた。

 あのティガスですらだ。

 よっぽどの怪物らしい。


「ぬう……。やはり現れておる」


 最初に丘の先端へ立ったミョン爺が、忌々し気に言葉を漏らした。

 続いて私とニナも、その横に立って海を見下ろす。


「あれが懸賞金4,000万Gの主。“巨大海亀”アーケロンじゃ」


「アーケロン……」


 私は海に鎮座する巨体に息を呑む。

 ガルガームよりもはるかに大きなウミガメだ。

 アーケロンってそんな名前の古代の生き物が元の世界にもいたけど、それが爪垢に見えるくらい大きい。


「……ぶっ飛ばすよ」


「何じゃと?」


「あれをぶっ飛ばして、1日も早く漁と『美音』を再開する」


「たたたた確かに竜を倒したミオンさんですけど! あれも倒せるんですか!?」


 慌てふためくミョン爺とニナ。

 2人を前に、私は言う。


「やってみなきゃ分からないけど……でも、やってみせるよ」


 竜血茸の入手、海鮮料理店の開店。

 さあさあ、お次は“巨大海亀”アーケロンの討伐といこうか。

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