第18話 暗殺未遂

 翌朝。

 早い時間帯に私たちは出発した。

 ニナもネロも、朝早くからしゃきっとした顔をしている。

 まだ薄っすら寝ぼけた顔をしているのは私だけだ。

 2人とも、漁師だったり朝早くから村の仕事をしていたりで、朝は強いみたいだ。


「今日は霧が濃いね」


 私が呟くと、横でニナが頷いた。

 視界があまり良くないので、馬車が進む速度もゆっくりだ。


「昨日のニクメシは美味しかったですね」


「だね~。また食べにこようよ」


「はい。ぜひ」


「今日の宿場町にも美味しいグルメがあるといいね」


 荷台でそんな会話を交わしていると。

 ひゅっと風を切る音がした。

 続けて、荷台の板に矢が突き刺さりカッっと乾いた音を立てる。


「ひっ!」


 突然の襲撃にニナが悲鳴を上げた。

 その声に、ネロも驚いて後ろを振り返る。


「伏せて!」


 ニナに低い姿勢を取らせ、私はその上に覆いかぶさった。

 矢が突き刺さった場所には、黒い染みができている。

 先端に毒が塗ってあるみたいだ。


「一体どこから……うわ!」


 馬車の後方、霧の向こうから続けざまに矢が飛んでくる。

 どれも毒矢だ。

 何発かは私に命中したけど、刺さらないし毒も効かない。

 無効スキル万々歳だ。


「ううう……」


 私の下で、ニナが小刻みに震えている。

 まさかこのタイミングで襲われるとは……


「ニナ、ちょっと避難してて」


「は、はい」


「【収納ストレージ】」


 視界の悪い中で、ニナを守りながら戦うのは簡単なことじゃない。

 アイテムボックスに入っていてもらった方が楽だ。


「あれは……」


 霧の向こう側に、襲撃犯がその姿をぼんやりと現す。

 複数人だ。

 顔は黒い仮面で隠れていて見えない。

 しかし、何よりも特徴的なのはその体の構造だった。

 上半身は人間だけど、背中には大きな鳥の翼が生えている。

 両手で弓矢を構え、背中の翼をはばたかせて空中にとどまっている。

 そして下半身、足の部分は完全に鳥。

 鋭いかぎ爪を持っている。


「鳥人族だ……」


 その姿を見たネロが呟く。


「鳥人族?」


「そう。見ての通り、人間と鳥の特徴を併せ持つ種族だ。奴らは竜族に仕える種族。鳥人族が人間を襲う場合、たいてい裏には竜族がいる」


「ガルガームの復讐……ってこと?」


「ミオンが倒した竜か。その可能性はあるかもな」


 他に鳥人族から襲われる原因なんて思いつかない。

 正体が分かったところで、反撃といこう。


「ネロも隠れてて」


「すまん」


「気にしないで。【収納ストレージ】」


 この状況、メンバーにおいては、戦うのが私の仕事だ。

 ネロもアイテムボックスの中に避難させると、鳥人族たちに向けて丸腰で身構えた。

 先頭を飛ぶ鳥人が、私を指さす。

 それを合図に、一斉に矢が放たれた。

 私はそれを受け止めつつ、逆に攻勢に出る。


「【三倍豪炎星トリプルファイアスター】!」


 村を出る前、ミョン爺に無理を言って収納させてもらっておいた【豪炎星】。

 それを増幅して放つ。

 しかし、空中の鳥人は1体も捉えられなかった。

 思った以上に速い。

 そして空を飛べる分、回避の自由度も高い。


「こうなったら……」


 私は鳥人の一団へ右手をかざす。

 竜に仕える種族がこれを見たらどう思うかな?


「【五岐大蛇いつまたのおろち】!」


 ガルガームの機功竜マシンドラグを解放し、鳥人族たちへ襲いかからせる。

 これにはさすがの鳥人たちも面食らったのか、超高速で飛び回った。

 しばらく鬼ごっこが続いたのち、先ほどから指示役だった鳥人が何か合図をする。

 そして襲撃部隊たちは飛び去って行った。


「ふう……【収納ストレージ】と【解放リリース】」


 ほっと一息つき、機功竜マシンドラグとニナたちを入れ替える。

 出てきた2人は辺りをきょろきょろ見回して、危険が無くなったことを知った。


「さすがミオンさんです」


「助かったぜ」


「いやいや。でも捕まえるところまでは行かなかったよ」


「逃げられたのか?」


「うん。捕まえられれば、情報を聞き出せたんだけどね」


 どういういきさつで襲われたのか。

 予想は立てられるけど、真実は分からない。

 確かめたいところではあったけど、ちゃんと予定通り王都に行って村に帰らないと、みんなが心配するからね。


「少しずつ霧も晴れてきたな。じゃあ、改めて進むぞ」


 ネロが御者席に戻る。

 そして私とニナ、加工された魚を載せた馬車はゆっくりと動き出したのだった。




 ※ ※ ※ ※




「失敗した、ですと?」


 宿場町ハレスの冒険者ギルド。

 その支部長室で、ミオン暗殺失敗を告げられたハンザーはエレネに厳しい視線を向けた。

 エレネは無表情で頭を下げる。


「申し訳ありません。先ほど暗殺部隊から報告がありました」


「エレネくん、君は行かなかったのですか?」


「はい。申し訳ありません」


「相手はガルガームとはいえ竜を倒した人間です。君が行かなかったのは、君のミスですよ」


「申し訳ありません」


 エレネはずっと頭を下げ続ける。

 しばらくの沈黙の後、ハンザーは低い声で言った。


「これまでの功績に免じて、挽回のチャンスをあげましょう。ですが、次の失敗は許されません」


「ありがとうございます。直ちにミオンを……」


「いえ。もう暗殺は結構です。君には長期休暇を取って冒険者ギルドを離れてもらいます。その間、やってもらうことがあります」


 ハンザーは静かな声で作戦を伝える。

 それを聞いたエレネは、一礼して支部長室をあとにするのだった。

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