第5話 暴走する猛毒

「んぁ……」


 情けない声と共に目を覚ます。

 ここはニナとフェンリアの家。

 寝る場所がなかった私は、ニナのベッドにお邪魔させてもらっていたのだ。

 隣に寝ていたはずのニナは、もういなくなっているけど。


「おはようございます……ミオンさん……」


 私より先に目を覚ましていたらしいフェンリアが、弱々しい声を発した。


「おはよう、フェンリア。ニナは?」


「あの子は……薬草摘みに……」


「そっか、ありがとう」


 家を出てみると、太陽が高く昇っている。

 ということは昼間。

 明け方に寝たんだけど、思ったより早く目が覚め……


「おう、起きたんじゃな」


「ミョン爺。体は大丈夫なの?」


「まあ疲れは残っとるが、平気じゃわい。にしてもおぬし、よく寝とったのう」


「え?」


「何じゃ。気づいておらんのか。おぬし、丸一日半も寝とったぞ」


「そんなに寝てたの!?」


「旅の疲れ、戦いの疲れ、いろいろあったんじゃろう。でもおかげで、村は守られた。みんなもおぬしに感謝しておる」


「とんでもない。何か手伝うことはある?」


 自分で言ってびっくりする。

 楠木美音だったら、絶対に手伝いを申し出ることなんてない。

 いくらリリアちゃんに「異世界では働け」って言われたからって、どんな心境の変化だよ、私。

 まあでも、モンスターの襲撃というほっとけない状況で、自分にできることをやったら感謝されたって言うのが、一種の成功体験になっているのかもしれない。


「そうじゃな……。幸いなことに村の建物、柵への被害は少なく修繕は済んでしまった。今日からはみんな、またいつも通りの暮らしじゃ。特に急を要する作業はない」


「そっか。じゃあ村の仕事でも……あ、待って」


「どうしたんじゃ?」


「竜血茸ってどこに生えてるの?」


「なっ!? なぜおぬしがその名を……そうか、ニナから聞いたんじゃな?」


「うん」


 急を要する作業がないのなら、竜血茸を探し出してフェンリアを助けてあげたい。

 彼女が治れば、ニナも毎日薬草を摘む必要はなくなる。

 母親の病気のことで泣かなくて済むんだ。


「……わしの家に来い」


 ミョン爺は杖を片手に踵を返す。

 私は慌ててその後を追った。




 ※ ※ ※ ※




 ミョン爺の家に入ると、そこには大きな本棚があった。

 その中から、ミョン爺は一冊の本を取り出して開いて見せてくれる。


「これが竜血茸じゃ」


 説明と一緒に描かれていた挿絵は、これでもかというくらい強烈な紅色のキノコだった。

 傘も軸も紅。

 明らかに異質な雰囲気で、毒か薬かはともかく体に影響がありそうなのは一目見れば分かる。


「えーっと竜血茸。見た目は強烈だが非常に薬としての効果が高い。特に蛇経茸の解毒に関しては、このキノコ以外に手段がない……。なるほどね」


 私が説明を読み上げると、ミョン爺は一つ頷いてその下を指さした。


「問題はここ、生息条件じゃ」


「生息条件は……このキノコが育つには、その名の通り竜の血液が必要。よって非常に入手困難である」


「その通り。竜血茸を手に入れるには、まず竜の血を手に入れねばならん。それも成熟した竜でなければいかんそうじゃ。成熟した竜を倒すなど、人間には無理な話じゃよ」


「ちょっとだけ血をくださいみたいなのはお願いできないの?」


「無理に決まっておろう。確かに竜は知能を持ち、人間と会話することのできる生物。しかし傲慢な種族でもある。彼らにとって、人間は下等な種族なんじゃ。そんな奴らの願いを聞くはずがない」


「うーん……そりゃ、入手困難なわけだ」


「それに竜は個々が強力である代わりに数は少ない。竜の巣などそう見つけられるものでは……」


「でもニナの父親、ティガスは村を出た」


 宴の夜、ニナが言っていた。

 父親は竜血茸を探しに行ったっきり帰ってこないと。


「病気の妻、それに幼い娘を残して村を出るのは相当な覚悟が必要。いくら解毒の手段がそれしかないとはいえ、ある程度の見当がついていなければ……」


「……その通りじゃ。竜の巣の場所を、ティガスは突き止めた。そして帰って来ぬまま今に至る。竜に挑んで破れたか、はたまた他に何か事件事故が起きたか……。真相は分からぬがな」


「その竜の巣の場所は分かるの?」


 ミョン爺は少しためらってから口を開いた。


「わしは知っておる。じゃが教えぬぞ。おぬしを死にに行かせるようなもんじゃ」


「教えて」


「ダメじゃ」


「お願い」


「ダメなものはダメじゃ」


「私は死なないから。教えて」


「しつこいのう……」


 ミョン爺はため息をつき、本を棚に戻して言った。


「もしおぬしが行って、生きて帰って来られなかったらどうなる。ニナはまた一つ、大きな苦しみを抱えることになるんじゃぞ。それはフェンリアも同じじゃ」


「だけどこのままじゃ、フェンリアは死んじゃうんでしょ?」


「それはそうじゃが……」


「だったら私に行かせて」


 もう一度、私はミョン爺に訴えかける。

 ふと後ろから声が聞こえた。


「ミオンさん……」


 振り返ってみると、そこに立っていたのは薬草の入った籠を抱えたニナだった。

 日課の薬草摘みから帰ってきたところみたいだ。


「ミオンさんは確かに強いです。でも……行っちゃだめです。私たちのためにミオンさんが命を懸けるなんて……」


「ニナ……」


 とてもこの年代の少女とは思えない。

 母親の病気が、彼女を年齢以上に強くしてしまったのだと思うと、胸がぎゅっと締め付けられる。

 沈痛な雰囲気を破ったのは、駆け込んで来た村人の声だった。


「ニナ! お母さんが!」


 その言葉に、ニナが慌てて走り出す。

 私も急いで2人の家に向かった。


「お母さん!」


 家に駆けこんだニナが、フェンリアの手を握る。

 最初に会った時と同じように、青白い顔にやせ細った体。

 しかしその呼吸は明らかに荒く、顔には茶色い斑点が浮かんでいた。


「ニ……ナ……」


 ひどく苦しそうな様子で、フェンリアは娘に呼びかける。

 遅れてやってきたミョン爺は、その姿を見て一気に青ざめた。


「いかん! 蛇経毒の暴走が始まっておる!」


「暴走ってどういうこと?」


「蛇経毒の特性は知っておるか?」


「長い期間にわたって人を苦しめるって聞いた」


「そうじゃ。そしてその苦しみの最後にやってくるのが、この暴走なんじゃ」


「最後……ってことは!?」


「もって5日。短ければ3日ってところじゃな。この蛇経毒の恐ろしさは、暴走がいつやってくるか分からぬところにもあるんじゃ」


「そんな!」


「お母さん! お母さん!」


 ニナが必死に呼びかける。

 しかしフェンリアに応える余裕はなく、ただ汗を噴き出しながら荒い呼吸を重ねるばかりだ。

 おそらく、今のフェンリアに意識というものはないだろう。


「お母さん……」


 ニナの涙が握った母親の手に零れ落ちる。

 これまで毎日薬草を採りに行って、お母さんの分まで村の仕事も頑張って……

 そんな少女が報われないでいいはずがない。

 治し方が分かっているのに、このままフェンリアが死んでしまっていいはずがない。


「ぶっ飛ばす……」


「何じゃって?」


 私はミョン爺に力強く言い放った。


「竜だろうと何だろうとぶっ飛ばす! 私がぶっ飛ばしてみせる! だから竜の巣の場所を教えて!」


「じゃが……しかし……」


「ミオンさん……」


 ミョン爺が迷っていると、ニナが口を開いた。

 右手で母親の手を握り、左手は私の服を掴む。


「ミオンさんは強いんですよね!? 崖から飛び降りても死なないし、モンスターは触っただけで倒せちゃうし!」


「そうだよ」


「竜だってぶっ飛ばせ……ます……よ……ね?」


 途中で自信が無くなってしまったのか、ためらいが出たのか。

 ニナの言葉は尻すぼみになる。

 私は姿勢を低くして、自分の顔と彼女の顔を向かい合わせて言った。


「私は強い。竜だって倒したことがある」


 実際、ゲームの中ではバカ強いドラゴンを何度もソロ討伐している。

 それにこれくらい言わなきゃ、ニナも安心して頼れないよね。


「ミオンさん」


 ニナは両目いっぱいに涙を浮かべて、手にぎゅっと力を込めた。


「助けて……ください……!」


「絶対に助ける。約束する」


 私はニノを抱きしめて誓う。

 そしてミョン爺に言った。


「さあ、竜の巣の場所を」


「……仕方あるまい。わしの家に地図があるから取りに来い」


「フェンリアだけど、私のアイテムボックスの中なら時間が流れないから今の状態が保てる。意識があって体は動かせないから苦しみは続くけど、これ以上の進行も避けられるよ」


「ニナ、どうじゃ?」


「それでお願いします」


「分かった。【収納ストレージ】」


 毒の暴走が始まった苦しい状態で、そう何日も持つものじゃない。

 アイテムボックスの中なら体は悪化しなくても、精神的に大きな影響が及んでしまう。

 フェンリアの頑張りを信じるとして、体と同様に精神を保つのも3日が限界だろう。

 どうしたって、早く竜血茸を手に入れなきゃいけない。


 タイムリミットは3日。

 私は大きく深呼吸して気合を入れると、家に戻るミョン爺の隣を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る