第4話 モンスターの群れの襲撃

 私は慌てて家の外に飛び出す。

 さっきまでの楽しかった雰囲気は消え、恐怖と緊迫感が村を満たしていた。

 村にめぐらされた柵の向こう側に数種類のモンスターが何十体もいる。

 スライム、ゴブリンなどの定番モンスターはもちろん、オオカミやクマの姿をしたモンスター、さらには鳥型のモンスターなど様々だ。


「ぬう……。子供たちをできるだけ奥へ避難させるんじゃ! 戦える者は武器を取れぃ! 急ぐのじゃ!」


 ミョン爺が必死に声を張り上げている。

 奥へと逃げる子供たちに逆らって走り、私はミョン爺の横に立った。


「どうなってるの!?」


「おお、ミオンか。おぬし、逃げないでよいのか?」


「私も戦う! でもあのモンスターたち、明らかにおかしいでしょ! それともここらではこれが普通!?」


 モンスターたちは隊列を組むかのようにして、村に狙いを定めている。

 まるでどこかに指揮官がいて、指示を待っている軍隊のようだ。

 モンスターってこんな知能があるの……?


「最近、ここらに拠点を作った盗賊団の中にモンスターテイマーがおってな。おそらくは奴の仕業じゃ。スライムにゴブリン、サーベルウルフにボクサーベア……。この数のモンスターが隊を組むことなど、自然にはまずあり得ん!」


 女性、子供、そして老人たちは村の奥へと逃げていき、ここには私とミョン爺、そして20人くらいの男が残った。

 みんな槍やこん棒を持っているけど、あまり上等なものじゃないのは見ただけで分かる。

 それもそうだ。

 全員、本業は漁師なのだから。


「ミョン爺は逃げなくていいの?」


「何を言うか。村長のわしが戦わんでどうするんじゃ。それよりおぬし、本当に戦えるんじゃな?」


「戦力になれる。保証するよ」


「そうか。なら期待するとしようかの」


 ミョン爺が手に持っていた杖を高々と掲げる。

 まるでそれを合図にしたように、モンスターたちが村へ突進を始めた。


「【豪炎星】!」


 ミョン爺が振り上げた杖の先に、巨大な火の球が浮かぶ。


「決して村に入れるなぁ!」


 杖が振り下ろされると、火の玉はモンスターの一団へと突っ込んでいった。

 地面が大きく揺れ、軍団の半分近くが消し飛ぶ。

 あれ? ミョン爺ってひょっとしてめちゃくちゃ強い?


「驚いたか? 旅人」


 生き残ったモンスターたちの方へ走りながら、村人の1人が言った。


「村長は元Sランク冒険者だ。もう50年も前の話だけどな」


「なるほど。強いわけだ」


「全盛期なら、あの軍団も一撃で全滅させられただろうけどな」


 絶対にモンスターを村に壊されまいと、村人たちは全力で戦う。

 ミョン爺はといえば、杖をついて荒い呼吸を繰り返していた。

 さっきの大技で、相当体力を消費したみたいだ。


「【収納ストレージ】!」


 私は手あたり次第に近くのモンスターを収納していく。

 収納しただけでは、モンスターは死んでいない。

 ゲームでキルとしてカウントされるには、【解体ディセクション】でばらばらにして解放する必要がある。

 でも今は、とにかくモンスターをいなくすればいい。

 解体するのは後だ。


 モンスターを減らすのに、一瞬で片付けられる【収納ストレージ】は超便利。

 ただ難点は、実際に触れなければいけないところだ。

 するりするりとかわすモンスターたちに、必死に手を伸ばす。

 村の子供たちとやったのとは段違いの鬼ごっこだ。


「やるじゃないか旅人さんよ!」


「そりゃどうも!」


 村人と言葉を交わしたその時、視界の端で柵を飛び越えたサーベルウルフが目に入った。

 まっしぐらに一つの家へと駆けていく。

 あの家は……ニナたちの家だ!

 そうだ、お母さんがあの状況では、二人とも避難できていないんだ。

 モンスターは人の気配を感じているのだろう。


「まずい!」


 私は前線を離脱し、急いでサーベルウルフを追う。

 しかし、モンスターの方が一歩早くニナたちの家へとたどり着いてしまった。

 ドアが破られ、中から悲鳴が上がる。


「ニナ! フェンリア!」


 私が駆け込むと、壊れたドアの端切れを手にしたニナが、母親を庇うようにして立っていた。

 しかしサーベルウルフは、臆することなく飛び掛かろうとする。


「ガルルルル!」

「きゃああああああ!}


「させない!」


 間一髪。

 私は飛び上がったサーベルウルフの尻尾を掴んだ。


「ガルッ!?」


「【収納ストレージ】!」


 瞬間的にサーベルウルフが消え去る。

 危なかった。間に合って良かった。


「ミ、ミオンさぁん……」


「よしよし。怪我はない?」


 今日二回目の泣き顔を見せるニナを、そっと抱き寄せて撫でてあげる。

 母娘ともども、怪我はなさそうだ。

 被害がドアだけで済んで本当に良かったよ。


「避難は難しそうだよね?」


「うん。お母さんは置いていけない」


「ニナだけでも……逃げて……」


「そうは行かないよ!」


 ニナが母親を置いて逃げるわけがない。

 村の奥に避難できないなら……


「2人とも私のアイテムボックスの中へ避難して。私がここにずっといるわけにはいかないから」


「え?」


「ア、アイテムボックスって?」


「【収納ストレージ】!」


「「あわわわ……!」」


 アイテムボックスの中なら安全だ。

 モンスターも収納されているけど、中身同士が干渉しあうことはない。

 動きは不自由になるけど、何だかんだで一番安全な場所なのだ。


「避難よし!」


 2人を収納した私は、再び外に出る。

 村の入口まで戻ると、ミョン爺が深刻な表情を浮かべていた。


「ぬう……」


 モンスターの一団を何とか倒し切り、村人たちは疲労困憊している。

 しかし、そこへ新たなモンスターたちが向かってきていた。


「村のほとんどは冒険者でも戦士でもない……! 自衛のために多少戦うことはあっても、これだけの戦闘は初めてじゃ。これ以上は戦わせられん……」


「……どうするの?」


「くっ……。ティガスがいれば……」


「ティガスって誰?」


「ニナの父親じゃよ。村で一番強い男じゃったが……」


「……私に一つだけ考えがある」


「何じゃ?」


 私はとある作戦をミョン爺に告げる。

 最初は驚いた顔をしていたミョン爺だったけど、他に方法がないためにしぶしぶ承諾した。


「いいんじゃな? 本当に」


「任せて。私を信じて」


「仕方あるまい。みんな! 村の中へ下がるんじゃ!」


 前線にいた男たちにミョン爺が声を掛ける。

 戸惑う村人たちだったが、村長が言うならと戻ってきた。

 さすがの信頼度だ。


「行くぞ、ミオン」


「お願い」


「今のわしの体力じゃ、もう一発が限界じゃわい」


 ミョン爺は震える手で杖を振り上げる。


「【豪炎星】!」


 さっきよりもやや小さな火の球が浮かんだ。

 やっぱり相当体力を消耗しているんだね。


「ミオン! 託したぞ!」


「オッケー!」


 ミョン爺が放った【豪炎星】は、まっしぐらに私へと急降下してくる。


「村長!何を!?」

「そんちょぉぉぉ!?」


 慌てる村人を前に、私は火の球へ右手を伸ばした。


「【収納ストレージ】!」


「む、無傷!?」

「今確かに触った……よな!?」


 【炎無効】を取っておいて良かった。

 収納するにはどうしても触れなきゃいけない。

 だから今だって、【炎無効】がなかったら大やけどをしているところだ。


 私は攻撃スキルらしい攻撃スキルは持っていない。

 だけど相手を倒す“手段”は持っている。

 一つは【収納ストレージ】からの【解体ディセクション】。

 そしてもう一つは……


「【豪炎星】を【増幅アンプリフィケーション】!」


 敵か味方の攻撃スキルを収納し、増幅して解放するという手段だ。


「【三倍豪炎星トリプルファイアスター】! 【解放リリース】!」


 威力と大きさが3倍に増幅された【豪炎星】が、モンスターたちへと向かっていく。


「いっけえええ!」


 ズガーンという衝撃、爆風が襲う。

 もうもうと舞った土埃が晴れると、そこにモンスターたちの姿はなかった。

 上手くいったみたいだね。


「す、すげえ……」


 村の男たちが感嘆の声を上げる。

 ミョン爺がふらふらとよろけながら、杖を頼りに私の横へ来て言った。


「礼を言う、ミオン。おぬしがいなければ、死者が出ていたかもしれない」


「やれることをやったまでだよ」


 私はにっこりとミョン爺に微笑んだ。


「勝ったぁ! 村は守られたぞ!」

「モンスターは全部倒れたんだ!」


 戦った者たちが、安堵しながら勝利の歓声を上げる。

 それを聞いて、村の奥から避難していた住人たちも出てきた。

 みんな、村の無事を喜んでいる。


「そうだそうだ」


 私はニナたちの家に入ると、2人をアイテムボックスから解放した。

 急に自分たちの家に戻った母娘は、驚いて目を丸くしている。


「一応、危険は去ったよ。襲撃してきたモンスターはみんな退治した」


「ミオンさんがやったんですか!?」


「私一人じゃない。村のみんなで、ね」


 フェンリアをベッドに寝かせ、応急処置でドアを修繕する。

 後片付けが終わってみれば、もう夜が明けようとしていた。

 激動の異世界初日だったなぁ。

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