第3話 村長とニナの母親と毒キノコ
ニナと一緒に崖伝いに歩き、そして丘の上へと登っていく。
さっき私が飛び降りた丘とは、また別の場所だ。
もともと別の丘だったのか、それとも工事をしたのかは分からないけど、2つの丘が並んでいてその間が道になっている。
「これが正規のルートなんだねぇ……」
「仮に道を知らなくても、普通は飛び降りたりしないんですが」
「いやー、まさか誰かいるとは思わなかったよ」
「人がいる、いないの問題でもないんですが……?」
丘の中腹、緑の中に村が見えてきた。
数十の簡単な造りの家が建ち並んでいて、元気よく駆けまわる子供や働いている大人たちがいる。
「面白いところに村があるね」
「最初は崖の下に会ったんです。でも、津波みたいな災害に何度も襲われるので、丘の上に移転したんですよ。といっても、私が生まれる前の話ですが」
なるほど。
崖がえぐれていたのは、どうやら風だけのせいじゃないみたいだ。
「ここは漁村?」
「そうですよ。魚を獲って、それを自分たちで食べたり売ったりして生きています」
「ニナのお父さんも海に出るの?」
「あ、いえ、お父さんは……」
ニナは少し暗い顔をして黙ってしまった。
そういえば、最初に「お母さんと村のみんなと暮らしてる」って言ってたな。
事情がありそうだ。
「ごめんごめん。気にしないで」
「は、はい。村長さんにミオンさんのことを話してきますね。ちょっと待っていてください」
私を村の入口に残して、ニナは中へと走っていく。
そして数分後、白髭をたくわえたお爺さんと一緒に戻ってきた。
「村長のミョンさんです。ミョン爺、こちらがミオンさんです」
「何でも旅人さんということで。ようこそ、キンシャ村へ」
「どうも。よろしくね」
村長、改めミョン爺と握手を交わす。
見た目から雰囲気からザ・村長って感じだ。
「ニナ。お母さんの薬の時間じゃないかい?」
「そうだった! ミオンさん、薬草を」
「はいはい。【
私が籠を手渡すと、ニナは村の中へ走っていった。
村の入口には私とミョン爺が残される。
「しっかりした子だね」
「そうじゃろう。病気の母親の世話をして、村の仕事を手伝って……。ようやっとるわい。村の仕事はやらんで遊んでもいいと言っとるんじゃが、本人は働くのが楽しいって言うんじゃから頭が上がらん」
本当に偉いなぁ。
全く働かなかった楠木美音とかいう奴が恥ずかしい。
「ニナから聞いたぞ。おぬし、崖から飛び降りて無傷だったそうじゃな」
「ははは……。まあね」
「特に何があるわけでもない漁村じゃが、旅人をもてなすくらいはできる。ゆっくりしていくといい」
「助かるよ。この辺のこと、何も分からなくて」
「はて。ここはミグリム大陸の最北端じゃぞ。南方から来たのであれば、何も知らぬことはあるまい。まさかおぬし、海を越えて来おったのか?」
「そうだったとしたらどうなるの?」
「おぬしがよっぽど強いか、よっぽど運が良いかのどちらかじゃ」
まあ運が良かったのじゃろうと笑って、ミョン爺は私を村へと招き入れた。
ふむ。
見た目にはきれいな海だけど、どうやら何かあるみたいだね。
「今日は海に感謝を表す日でな。村中のみんなで宴会を開く。おぬしも参加するといい。歓迎するぞ」
「ありがとう。お腹ペコペコだよ」
「そうかそうか。魚は好きか?」
「もっちろん」
何せ生魚を食べる国から転生してきた女ですから。
魚といえば米や醤油だけど……さすがに異世界に期待しすぎない方がいいよね。
※ ※ ※ ※
村の子供たちと遊んでいたら、あっという間に夜になった。
異世界にも鬼ごっこがあったとは大発見だよ。
「あっという間に馴染んでしまったな」
隣に座るミョン爺が笑った。
村のみんなが大きな焚き火を囲んで座っている。
私の左隣にはニナがいた。
「みんな明るい子たちだったからね。久しぶりに鬼ごっこなんてしたよ」
「何よりじゃ。さあ、魚がある。木の実もある。運よくイノシシが狩れたので肉もある。好きなものを食うといい。遠慮はいらんぞ」
「ありがとう」
私は早速、魚の塩焼きに手を伸ばす。
うん、ほっとする美味しさだ。
でもまさか、異世界に来て最初に食べるものが魚の塩焼きとは思わなかったなぁ。
隣を見ると、ニナが食事を丁寧に皿へ盛り付けていた。
そしてそれを持って立ち上がる。
お母さんのところへ運ぶみたいだ。
私も立ち上がると、彼女の後を追った。
「お母さんに運んであげるの?」
「そうです。食べられるかは分かりませんが……」
「お母さん、そんなに体調が悪いんだ」
「はい。私が毎日摘んでいる薬草も、少し楽にするだけで病気を治すものじゃないんです。だから……」
「そうかぁ……」
こればっかりは私も医者じゃないからどうしようもない。
あいにく、アイテムボックスは引き継がれていたけど中身は空っぽだったし。
中身もそのままだったら、ポーションがあったんだけどね。
それでも、効くかは微妙なところだ。
ニナの家に入ると、ベッドに青白い顔の女性が横たわっていた。
彼女のがニナのお母さんか。
確かに体調は芳しくなさそうだ。
食べられないのか、ほっそりと痩せてしまっている。
「お母さん、宴の食事を持ってきてみたけど……」
ニナの問いかけに、お母さんは小さく首を横に振った。
やはり食べられないらしい。
「そちらの……方は……?」
か細い声を発しながら、お母さんが私を見る。
私は一歩前に出ると、彼女の手を握ってあいさつした。
「初めまして。名前はミオン。旅人なんだけど、ニナと会って村へ案内してもらったの」
「そう……。私は……フェンリア……。ごほっ……げほっ……。この子の……母親よ……」
ときおり咳を交えながら、フェンリアが何とか自己紹介する。
この距離でニナが毎日看病してても平気ってことは、人から人へ感染する類のものじゃないってことか。
でも私に分かるのはそれくらいで、はっきりとした病名を診断することはできない。
「ニナ……お湯を……」
「分かった」
ニナが木製のコップに入れたお湯を手渡す。
フェンリアはふらふらと体を起こし、それを少しだけ飲んだ。
「ごめんね……ニナ……。せっかくの宴なのに……」
「気にしないで。お母さんのことが一番に大事だから」
「私があんなものを……食べなければ……」
「大丈夫だよ。私は楽しくやってるんだから。ほら、横になって楽にして」
ニナに言われるがままに、フェンリアは再び横になった。
薄暗い家の中に重い空気が流れる。
「フェンリアの病気は何かを食べてしまったことが理由なの?」
「はい」
私の質問に、ニナは神妙な顔で頷いた。
「蛇経茸ってご存じですか?」
「ごめん。知らない」
「毒キノコの一種なんです。見た目には普通のキノコなんですが、質の悪い猛毒を持っています」
「質の悪い?」
「はい。普通、毒キノコって食べてしまったら数日のうちに亡くなってしまいますよね? でも蛇経茸の毒は、10年、20年と長い期間にわたって食べた人を苦しめるんです。お母さんは8年前からずっと、この毒に苦しみ続けているんです」
「治す方法っていうか、解毒する方法はないの?」
「一つだけあります。竜血茸というこれまたキノコなんですが、それが蛇経茸に対する唯一の解毒剤です。でも……」
「入手は困難、と」
「はい。父も竜血茸を探しに行ったっきり……」
初めて、気丈だったニナの瞳に涙が浮かぶ。
私はそっと彼女の肩を抱き寄せた。
お父さんがいないのはそういうわけだったのか。
「すみません。今日あったばかりの人にこんな話を……。ミオンさん、あっという間に村に溶け込んでて不思議な人だなと思ったらつい……」
「いいよ。聞かせてくれてありがとう。お父さんが竜血茸を探しに行ったってことは、ある程度の当てがあったんでしょ?」
「それは、まあ……」
「じゃあ私が採りに行く」
せっかくのチート能力。
ここで活かさなくってどうするんだ。
「む、無茶ですよ! だってあそこは……」
ニナが何かを言いかけた瞬間、外から大きな鐘の音が聞こえてきた。
続けて危険を知らせる声が響く。
「モンスターの襲撃だぁぁぁぁ!」
抱き寄せていたニナの肩が、びくりと震えた。
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