第三十七話 神獣降臨

「何で私を選んでくれないのですか」


 シャルロッテが走り去った後バトラーは一人捨てられた子犬のような雰囲気をかもし出しながらとぼとぼと道を歩いていた。

 一度立ち止まり上を見上げる。


 シャルロッテと口論こうろんをしていた時はまだ陽の光が残っていたがもう落ちていた。

 ずーっと、ぼーっと見上げる。

 商業区なだけあってこの時間もまだ人の声がするが彼の耳には届いていないようだ。


 (確かシャルと出会ったのもこんな夜でしたか)


 昔の事をなつかしく思い、涙ぐむ。

 それはぬぐわれず、ほほつたった。


 (運命、と思っていたのですがね)


 見上げたまま思い返す。


 まだバトラーが小さな頃、名も無き神獣は不覚を取って討伐難易度Sランクモンスターにやられて瀕死ひんしになった。

 そこに現れたのが冒険者として活動していたシャルロッテだった。


 神獣とて最強の存在ではない。

 肉体を有し、血も流す。モンスターとの違いは魔核コアがあるかで姿かたちだけならばシルバー・ウルフに見えても仕方がないほどに似ている。

 そんな彼を一発で見抜き、治療をほどこし、食事で一度死にかけて、復活した。


 (人に攻撃されることはあっても護ってもらうことがあるとは当時は考えられなかった)


 上を向いたまま一人苦笑気味に思い出す。


 それまで幾度いくどとなく人にシルバー・ウルフと間違われて攻撃を受けていた。

 実の所神獣が人の前にあまり現れないのはその姿や能力がモンスターと似ている所にある。

 故にあまり人前に出ず、関わらない。その方が双方ともに何も心配する必要が無く安全に暮らせるからだ。

 よってこうして人前に出るバトラーのような存在は珍しいのだ。


 空を見上げさみしく、悲しく思いながらも顔を前に向けもう乾いた涙を腕でいた。


 少し動いてまた立ち止まる。

 はぁ、と溜息ためいきをつきながらひどくなる血の臭いに顔をしかめる。

 シャルロッテがやられたという感じではない。

 バトラーはシャルロッテの血の臭いを覚えている。今ただよっている臭いの中からシャルロッテの血の臭いがしないのが何よりの証拠だ。

 だが血の臭いは濃くなっている。

 これはバトラーがカーヴ工房に近付いたのもあるがそれよりも流血がひどくなっている為だろう。


 軽く、神聖さを感じ取った。


 (シャルが、あの高い『回復ヒール』を使ったのですか)


 それに軽く嫉妬しっとするバトラー。

 特別は、自分だけでいい。

 なのに何で他の人に構うのか。


「……ダメですね。これではまたいじられてしまう」


 正直バトラーはシャルロッテのいじりを楽しんでいた。

 だがそれを他の人に向けられるのはこれまた不愉快。

 特に相手が男ならば殺さんばかりの殺気を放つだろう。

 しかし実際問題カーヴの時は大丈夫だった。弟子だから、だったのだろう。彼の居住きょじゅうを侵害する存在ではなかった故に許容きょようできたのだ。


 が、あの時の事を思い出して顔をゆがめる。


 (あれは不覚でした。弟子だから大丈夫だと思いましたが今になるとそれが周り回って今になる。不快ですね。シャルが取られるのは。昔からそうですが、この気持ちは何でしょうか? )


 恋心とはまた違う気持ちに気が付き動揺どうようする。

 とられたくない、という気持ちが先行せんこうして恋心のように映るが彼がいだいている気持ちはまた違うもののようだ。


 (恐れているのでしょうか。自分の元からシャルがいなくなるのを)


 可能性の一つを思い浮かべて、少し考え事をしながら先へ進んだ。

 少し歩いたところで叫び声が聞こえた。


「! 」


 人間の声だ。

 禍々まがまがしい魔力も感じる。

 何か、いる。


 十中八九モンスターだろう。


「行かなくて――」


 と、独りちながらふと足を止めた。

 止まった。


 (震えている? )


 足を見ると震えているのがわかる。

 しかしわからない。

 何故? 乗りえたはずだ、とバトラーは自分に問いかけた。


 (……シャルがいないから、でしょうか)


 そう思い辿たど自嘲じちょうした。

 結局の所バトラーはシャルロッテがいないと何もできない事をさとる。

 だが同時にさっきの事を思い出す。


 (矛盾そのものがシャルロッテ、でしたか)


 シャルロッテの言葉を思い出し、自分が何者か逡巡しゅんじゅんする。


 (私は……。そう私は神獣『フェンリル』。誇りあるフェンリルにして――シャルロッテ・エルシャリアの従者です! )


 瞬間バトラーの体が膨張ぼうちょうする。

 人の姿から巨大な銀狼へと。

 しかし――月光に照らされるその体からはどこか蒼白い光が放出されている。


 今一人の神獣が、成体にった。


 ★


「くそっ! こいつらどこから! 」

「そこの貴方は逃げなさい! 」


 町の門内側。

 冒険者達がせまりくるモンスター達と応戦おうせんしていた。


 様々な魔法が放たれ、当たる。

 しかし傷一つ付けられていない。


「何でこんなところにレッサー・リッチが! 」

「ははは、弱い。弱いぞ! しかし数が足りぬ。邪なる眷属創造クリエイト・アンデット


 ボロボロのローブを着た人型骸骨モンスターがそうとなえると地面に禍々まがまがしいオーラを放つ魔法陣がえがかれる。

 それを警戒し冒険者達は一旦下がる。

 しかし逃げ遅れた町民は腰を抜かして出てくるモンスターをおびえながらみていた。


「早く逃げなさいって言ってるでしょうが! 」

「こ、腰が抜けて」


 女冒険者が怒鳴るが町民は地面にへたり込み動けない。

 彼女はかばうように町民の前に立つと――一気に吹き飛ばされた。


「! アリシア! 」

「スケルトン・ファイター?! 」


 拳を構えるスケルトンを見て、その場にいる全員が驚く。

 基本的に動きが鈍いスケルトンだがファイターやビーストと言ったモンスターは動きが速いからだ。

 魔法使いタイプのレッサー・リッチに全員が装備を合わせていたためその速度に合わすことができない。


「カカ」


 と、音が鳴ったと思うと剣士の男が吹き飛んだ。

 先回りしてレッサー・リッチに攻撃しようとしていた魔法使いは殴られ、上に吹き飛び、ちゅうに浮いた状態で、上に移動したスケルトン・ファイターの肘鉄ひじてつを食らい地面に叩きつけられた。


 どんどんとやられていく冒険者達に逃げ遅れた町民はガタガタ震える。

 それと同時にその頭蓋骨が見抜く。

 ファイターの姿が消えたかと思うと町民に拳がせまり――くだけた。


「カッ?! 」


 スケルトン・ファイターが驚く。

 それと同時に悪寒のような物がスケルトン・ファイターを襲い、モンスターはその場を離脱する。

 そしてその全容ぜんようが見えた。


 町民を護るかのように一匹の、巨大な銀狼が立っていた。

 大きさは下手へたな建物よりも大きな銀狼。

 そして悪寒の正体がわかった。

 その銀狼から大量の『聖光』がほとばしっているのだ。


「馬鹿な! あれはフェンリル! 」


 レッサー・リッチが驚愕きょうがくの声を上げる。

 それと同時に手を前にかざし魔法を放とうとするが――


「ウォォォォォォぉォォォン!!! 」


 聖光を拡散させたフェンリルことバトラーの手によって消滅した。


 皆が唖然あぜんとする中フェンリルは森の方へかけていく。

 まるでそこに大切なものをむかえに行くかのように。

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