第三十六話 マヴル・アヴァルーノという男

「……召喚サモン・モンスター


 町から少し離れた東の森。

 そこには猫背ねこぜのエルフことマヴル・アヴァルーノとニアがいた。


 月光に照らされるマヴルの肌はエルフのそれではなく黒く染まり額に角のようなものが生えている。しかしエルフの名残なごりか耳は長い。

 代わってニアは口に物を詰められしゃべる事が出来ず、またなわしばられていた。


「さぁ行くんだ」

「~!!! 」


 その命令にしたがい召喚されたSランクモンスターは町の方へと向かっていった。

 それを見届け息をつくマヴル。

 しかし緊張は解いていない。

 むしろ増しているようだ。


「相手はあのシャルロッテだ。ねんにはねんを入れないと」


 その言葉にじたばたするニア。

 捕まったという恐怖とシャルロッテが来るかもしれないという希望もあって少し動きが大きくなっている。

 それを冷たい目線で見下ろしてまたルーカスの町を見る。


「まさかこんなところにいたとは。やっと、殺せる」


 その言葉に更にニアが暴れ、軽くりがマヴルに当たってしまった。

 痛くもないが不愉快なのか溜息ためいきをつきながら、彼女が暴れるのを防ぐために睡眠スリーブを使い眠らせた。

 

「全く師が師ならば弟子も弟子だ。どうしてこうも僕の邪魔ばかりするか」


 そう思いつつ過去を振り返り苛立いらだつ。

 苛立いらだちがして行くのか黒いつめをカリカリとみ始める。


「せっかく……。せっかく奴の魔法を奪って改良したのにっ! 何で誰も僕を認めない! 」


 苛立いらだちが増す。

 それに比例するかのように彼から放出される魔力量が増している。

 周りにいた動物達は異常を察知してもういない。


「大体なんだ! 何で奴だけ認められて僕が認められない! おかしいだろ! 」


 過去にシャルロッテが起こした魔法実験の暴発。

 それを仕組んだのがこの男だ。

 全ての責任を取る形でシャルロッテは国を去り所長の座に就いたのがこの男だが誰も彼を認めようとしなかった。

 それは当たり前でそれまでにつちかってきたものが、違う。


「だけど犯罪組織のつながりで邪神教団に連絡が付いたのは良かった。おかげで魔人になれたし何より多くの実験材料を手に入れることができた」


 まるで過去を振り返っているかのように良き古き思い出を口にするマヴル。


 マヴルは研究所にいた頃から犯罪組織と繋がりがあった。

 彼の性質上どうしても倫理りんり道徳どうとくはんする実験をやらないと気が済まないためである。

 犯罪組織側もそれを心から受け入れ、彼にしみない援助を行った。

 彼の技術と引き換えに。


 結果として犯罪組織の魔法技術は、彼が関与したことにより大きく発展した。

 犯罪がより巧妙こうみょうになり各地が荒れたのだ。


「なのにあの女王がっ! 」


 カリッ! とつめみちぎる音がした。

 痛みを感じていないようだ。表情が変わらない。

 かみちぎったはずだがそこからつめがまたもや生えてきている。

 魔人の能力の一つ。再生能力である。


「何が非人道的な実験は認められないだ! 技術の進歩には犠牲は必要だ。国だって犯罪者を実験に使っているじゃないか! 何が違う。僕は正しい! 僕こそが正しいのだ! なのに何で! 」


 思い出し、込み上げてくる怒りを周囲にぶつける。

 木をへし折り、り飛ばす。


 少し呼吸が荒れながらも彼の叫びは続く。


「だから滅ぼした! あの国は僕を認めないからこうなったんだ! 」


 周囲に認められたい、その一心いっしんで研究にはげんだマヴル。

 犯罪組織とつるみ始めたのもその影響だろう。


 組織の中は居心地が良かった。

 何故なら彼は結果を出し続けるため組織は彼を必要とし、彼を『個人』として認めるからだ。


 逆に研究所は居心地が悪かった。

 結果を出しても認められない。出すのが当たり前な環境。

 彼の育った環境にも原因があるとはいえ彼がゆがんでしまったのは必然ひつぜんでもあった。


 そして彼の犯罪がバレ処断しょだんされそうになった時魔人にった。


「……ふぅ。クソッ! 思い出したら止まらないくせはどうにかしないと」


 そう言いつつまたもやつめかじるマヴル。

 頭をまだ切り替え切れていない中まだ考える。


「これまで何度もえくり返らされてきたんだ。だからえさを用意した。準備も万端ばんたん。大丈夫。そう、大丈夫だ。今回は上手うまくいく。今度こそ殺す。殺して認められるんだ! 奴がいるから僕は認められない。だから殺す、殺す、殺す……」


 独りちながら周囲に警戒を飛ばす。

 しかしまだ誰も来る気配はない。


 (あの執事も厄介やっかいそうだ。前戦った時はいなかったが……。遠目とおめで見ただけでもわかった。あれは相性あいしょうが悪い。出来れば分断ぶんだんしたいが……。僕は召喚サモン・モンスターが得意じゃない。注意を分散ぶんさんさせるためにモンスターを町にやったが……)


 そう呟きながらなぎ倒した木のみきに腰を下ろす。

 魔杖は持っていない。

 魔人へと変質へんしつした際、魔法発動媒体ばいたいは不必要となったのだ。


 (さて……どう来るか)


 と、思いつつえさ、ことニアがいた場所を見るが――


「な!!! 」


 そこには誰もいなかった。


「一体どこに?! 」


 餌として用意したニアを探しに周りを見る。

 生命体探知ディテクト・ライフを使い探すも誰もいない。


 (何が起こっている?! いや目が覚め、時期じきを狙い、自力じりきなわをほどいて、気配遮断しゃだん系の魔法を使って逃げたのか? 高位の魔法使いには見えなかったが……。どうなっている?! )


 探知範囲を更に広げる。

 生命体、魔力、気配等々様々な魔法を使い探知し森から町へと範囲を広げる。

 広げたギリギリの所でやっと二つの生命反応を見つけた。

 そして一つは急速にマヴルの方へ接近してくる。


「ま、まさか……」

「久しぶりだね、大罪人『マヴル・アヴァルーノ』。今日こそ滅ぼしてやるから心しな」


 マヴルの前に現れたのはふち金糸きんしいたる所に緑輝くエルシャリア家の家紋かもんが入ったローブに幾つもの魔石がめられた魔杖ロッドを持つシャルロッテだった。

 驚き、震える指で差しながらシャルロッテに聞く。


「ど、どうやって彼女をっ! 」

「君が独りごとを言っている間さ」

「だがっ! 気配も魔力も何も感じなかった! 」

「だろうね。そう言う魔法をつかったからね」

「そんな魔法があってたまるか! 」

「君は忘れたのかい? 」


 魔杖を持ち変えつつ、月光に輝く指にはめている指輪リングを照らしながらシャルロッテは彼に言い放つ。


「僕は常に――最新式だ」


 こうして因縁いんねんの対決が始まった。

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