第三十五話 攫われたニア

 走った。

 ボクは、走った。

 カーヴ工房に着くと異常を感じ取る。

 破壊こん

 扉や建物の周りにそれが見える。


「くそっ! 」


 毒づきながらも扉を開け、中に入る。

 暗闇の中血の臭いをかぎ取り最悪のシナリオが頭をよぎる。

 だけど今やるべきことがある!


「ニア! ニアどこだい! 」


 大声で叫びながら中を進む。

 返事がない。

 仕方ない。

 腰にあるアイテムバックに手をやり中から簡易的な魔杖を取り魔法を発動。


生命体探知ディテクト・ライフ


 反応、ありだ!

 方向は……。


 反応があった場所へ足を向ける。

 さっ、さっ、さっと進み空いている扉の先へ行き応接室へ。

 光球ライトを発動させて光を灯す。

 するとそこには予想外の光景が。


「何だこれは」


 ボロボロに破壊されたソファーに壁、机……。

 いけない。ニアを探さないと。

 そう思いながらも周りを探索する。


「ニア! ニア! 」


 叫び、返事を待つ。

 足を進めると呻き声が聞こえてきた。

 ニアのものか!

 足を更に早めてどこにいるのか探す。


 すると壁際に血だまりと、シルヴァが。


「! シルヴァ?! 」

「うう“……」


 ニアではなかったという落胆らくたんと明らかに重症な彼を見て舌打ちをした。


「残り少ないからあまり使いたくないんだけどね」


 アイテムバックから一枚の長方形のカードを取り出す。

 そしてそこに書かれた魔法陣に魔力を流して彼に向ける。


回復ヒール


 蒼白い魔法陣が彼をつつんだと思うと傷が治っていく。

 同時に彼の荒い呼吸とうめき声が収まっていく。


 神聖魔法『回復ヒール』。

 ボクは神官じゃないから本来は使えない魔法。だけど前にかなりの金額をつぎ込んで魔法発動媒体ばいたいに刻んだものだ。

 カードから魔法陣が消えていく。これはもう使えないかな、と少ししみながらも目の前の冒険者を見る。

 どんどんと正常に戻っている。時間が経てば彼は大丈夫だろう。


「明らかにここで戦闘があったと思われるのだが……。さて、ニアを探さないと」


 再度魔法を発動させようとすると白衣が引っ張られるのを感じる。

 その方向を見ると青い顔をしたシルヴァがこちらを見上げていた。


「シ、シャルロッテ様。申し訳ございません」

「シルヴァ君。まだ安静あんせいにしていないといけないよ。君は生死せいしをさまよっていたのだから」


 彼の身をあんじつつもその手を振りほどこうとする。


「ニアが……さらわれました」

「何? 」


 振り向き、シルヴァを再度見下ろした。


 ★


「さてシルヴァ君。話を聞かせてもらえるかね」

「はい」


 壊れたソファーに座るシルヴァ。

 その対面でボクは苛つきながら、話をかす。

 彼はまだ顔が青いままだがもし彼が言うこと――ニアがさらわれたというのが本当ならばいそがないといけない。


「事の始まりは俺、いえ私がこのカーヴ工房へ来たところから始まります」

「? そう言えばエラルド殿はいないのかい? 」

「ええ、今日は何やら用事があるとの事で」


 なるほど。逢引あいびきか。

 恐らくエラルド殿がいない間を狙ってここに来たのだろう。

 しかしわからない。それが何故ニア誘拐ゆうかいつながるのか。


「いつものように私とニアは喧嘩けんかをしました」

「おいおい、それじゃ先が思いやられるね」

「? 」

「いや忘れてくれ。次だ次」


喧嘩けんかをしていると商人を名乗る男がやってまいりまして」

「商人? 」


 反芻はんすうすると軽くうなずく。


「どうもその者はニアの商品をおろして欲しかったようです」

「ならば君、つまり政治関係ではなかったということか」

「……私達のことを御存じで? 」

「今まで隠すことができていたと思うのかい? 」


 ぐぅ、と少々うずくまるシルヴァ。


「しかし、言葉の端々はしばしに予想が入っているということは真意しんいはわからないということか」

「はい。どうも怪しい人物だったので。ニアも依頼を断りました」

賢明けんめいだ、と言いたいところだが結果を見る限り最悪の手だったのか」

「……不覚でした。まさかあのような者に不覚をとるとは」


 冒険者風の彼がいう。


慢心まんしんしているつもりはなかった。だが……だがっ! 」

「……どんな相手だったんだい? 」

「最初は商人のような風貌ふうぼうの男性でした。種族はエルフ族。猫背ねこぜで、少し自信なさげな口調で」


 幾つか犯罪者が頭をよぎるがこれだけじゃわからない。


「武器は魔杖ロッドで。こう……異常な保有魔力がありました。実際やつを切りつけた剣はこのように折れてしまいましたし」


 目をボクから話して横にずらす。

 彼につられるように目を移すとそこにはぽっきりと折れた剣が。


「この剣は、これでも一応魔剣です。鉄さえも容易よういに切りく魔剣。しかし傷をつけるどころかこのありさまで」

硬化ハードニングにしては少々強すぎるね」


 その言葉にうなずくシルヴァ。


硬化ハードニング以外にも体の硬度を上げる魔法は幾つもある。しかし常識的に考えるのならば硬化ハードニングの上位魔法か膨大な魔力を使った硬化ハードニングか。しかし体がそれに耐えきれるものなのか? 何か他に情報になりそうなことは無かったかい? 」


 そう言うとうつむき、考えるシルヴァ。

 体調はすぐれないだろうがここは我慢してもらわないと。

 何せニアのことがかかっているのだ。


「……そう言えば」

「? 何だい? 何か小さなことでもいいから言ってごらんよ」

「ニアがシャルロッテ様の弟子であると聞いた瞬間奴の雰囲気が変わった気がします。今思えば、ですが」


 ボクの名前?

 猫背な魔法使いでボクの名前を聞いて反応する?

 まさか……。


「そいつはエルフって言ってたよね? 」

「はい」

「そして膨大な魔力。主語はもしかして「僕」じゃないかな? 」

「! その通りで! 」


 確信した。

 奴だ。


「……マヴル・アヴァルーノ。エルダリア王国を滅ぼした――魔人だ」


 気を引きめ席を立つ。

 驚く彼にすぐに指示を出す。


「奴は異常だ。すぐに君の父——デニー・ルーカス子爵に伝えろ! 国を滅ぼすほどの犯罪者がまぎれていると」

「! は、はい! 」


 その場で白衣を脱ぎアイテムバックに入れる。

 代わりにいつもとは違う金糸が入った純白の白いローブを着て出口を向く。


「シャルロッテ様はどうされるおつもりで? 」


 足を進めているとシルヴァの声がする。

 どこか恐る恐るといった感じだ。

 声が震えている。


「何を分かり切ったことを。今度こそやつを滅ぼしに行くさ」

「相手は魔人ですよ! 分かっているのですか! 幾ら貴方がSランク冒険者と言えど勝てるかどうか……」


 自分が負けたこともあるのだろう。

 悲痛な声をあげながら叫ぶ。

 振り返り、彼に言う。


「ああ、そうだね。こういうのは所謂いわゆる英雄だんに出てくるような英雄やそれこそ種族的に強者である龍人族や吸血鬼族に任せるのが一般的だ。だけど引けない理由があるのさ」

「引けない理由? それは命を掛ける程の物なのですか?」


 不思議そうにこちらを見るシルヴァ。

 

「弟子一人守れなくて誰が師匠だ。今度こそ、滅ぼして見せるさ」


 そう言いボクはカーヴ工房を出ていった。

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