第三章 その先へ

第三十話 非日常なる日常

「ひぃぃえぇぇぇ! 」

「何を驚いているのだい? 」

「い、今! 物凄い声が! 」

「Gyaaaaaa!!! 」

「あぁ……。いつもの事だ。気にする必要はない」

「い、いつもの事?! 」

「どうせ縄張り争いでもしているのだろう」


 遠くからモンスター達の咆哮ほうこうが聞こえる。

 薄暗い森をボクはバトラー、そしてニアは歩く。

 ボクのローブを引っ張り、くっつきながらも進むニアはその声におびえ震えている。

 一歩進むごとに「ひぃ」と軽く声を上げローブを引っ張るその姿はまるで小さな子供のようだ。いや、実際子供だけれども。


 おびえるニアを引きりながらも森を進む。

 するとバトラーが何かに気が付いたようだ。

 同時にボクも魔杖ロッドかかげてモンスター探知ディテクト・モンスターを発動させた。


「……シャル」

「ああ。分かっている」

「ふぇ? 」


 頓狂とんきょうな声をニアが上げると同時にしげみの方へ魔法を連射。


魔硬散弾バレット


 ドドドドド、という音と共に「「「Gya!!! 」」」という悲鳴が聞こえた。

 ギューッとローブが引っ張られながらも何もない所からモンスター達の死骸しがいが出現。


「シャドウ・アサシンだね」


 黒い、バトラーほどの人型を見て軽く呟く。

 それにニアが驚きの声をあげた。


「な、な、なんで何もいない所から?! 」

「この森だとよくあることだ。目に見えるものだけが敵ではないというのが基本さ。こうして魔法や隠密能力で姿や臭い、音を消すモンスターなんてザラだよ。むしろこういうのが出来なければこの森では生きていけない。それが魔境という所さ」

「……帰りたい」


 こうして時折現れるモンスター達を魔法ではらいつつ魔境を進み、ついにボクの館へ辿たどり着いた。


 ★


 あれから数か月、ニアの体力をひたすら底上げしていった。

 まだまだ体力面に不安が残るが、人族の寿命は短い。

 体力もいるが知識も同時に吸収しなければならない。


 ボクの館が魔境にあることを知った時のニアの顔はすごかった。

 今思い出しても笑いがこみ上げてくる。

 ま、そんなこんなで今日ニアにはボクの館に来てもらったのだ。


「ふわぁぁぁぁ……。師匠が住む場所すごいですね」


 森の青くさい臭いがただよう中、ニアが瞳をキラキラと光らせ、見上げそう呟いた。

 

「そりゃそうだ。仮にもSランク冒険者。ちょっとした貴族よりもいいところに住んでいる」

「「ちょっとした」ではなく「かなり」と言い直した方がい良いのでは? 」

「む? そうかい? 」

「ええ。実際の所ルーカス子爵の館よりも立派りっぱですし……。色んな意味で」


 バトラーが何を言っているのかわからないのだろう。

 ニアはバトラーを見上げて小首こくびを傾げている。

 恐らく貴族の館というものを見たことがないのだろう。


 実際問題きらびやか、とまではいかないまでも二階建てで綺麗きれい外装がいそうをしている。

 魔法でコーティングしているから、というのもあるけれど【魔の森のモンスターの間引き】、という指名依頼を嫌々受けた時の引き換え条件として法外ほうがい要求ようきゅうをした結果でもある。

 ま、常に危険にさらされるのだ。このくらいしてもらっても罰は当たらないだろうね。


「まず中に入る前に注意事項だ」

「? 」


 頭に疑問符を浮かべるニアに少し意地悪な顔をしていう。


「この館にはボクが常にいる訳ではない」

「引きこもりですけどね」

「……。余計なことを言うんじゃない、バトラー。で、時折この館からボクもバトラーもいなくなることはよくある。例えば、そう。ニアの工房にいる時とかね」


 まだわからない様子のニアに続ける。


「ここからが本題なのだけれどもボク達がいない間、この館は無防備になるわけだ」

「……」

「この館には様々な貴重品や、それこそ金になる物は山ほどある」


 ゴクリ、とニアが息を飲む。


「それじゃぁいけない。ということでこの館にはボクが直々じきじきに、様々な刻印魔法や魔技を使って罠を仕掛けてあるんだ。つまり……」

「つまり? 」

「余計なところを不用意に触ると大変なことになるから注意してくれ、というわけだ」

「は、はい! 」


 ニアが元気な声をあげるとともにバトラーが遠い目をする。

 まだ引きっているようだ。

 だが今回は事前に注意した。大丈夫だろう。

 そう思いながらもボク達は館の扉を開けた。


 ★


「赤い絨毯じゅうたんに魔道具の光……。師匠はやっぱりお金持ちだったんですね」


 中に入るや否やニアが呟いた。

 周りをキョロキョロと見て周りつつ広い玄関の先へ行く。

 ボク達はそれを微笑ましく見ながらも後を付いて行った。


 確かに赤い絨毯じゅうたんはあるし魔法の光もともっている。

 だがこれくらいならば普通に貴族の館に行けばあるだろう。

 魔道具で光をともすくらいならニアならば自分で作れるだろうに。何を今さら感があるが自分の家で見るのと人の家で見るのとではまた違う、というところか。

 自分で納得しながらも子供のようにはしゃぐニアを見ていると――


「あ」

「え? 」


 床と壁が光り、刻んだ魔法が発動した。

 瞬間危険を察知さっちしたバトラーが移動しニアを抱きかかえてその場を撤退てったい


 ドン!


 同時に上から大槌ハンマーが落ちてきた。

 轟音ごうおんを鳴らし、床を陥没かんぼつさせた大槌ハンマーはまるで役目やくめを終えたかのようにそのまま消える。

 と、まぁ古典的な罠だけれども単にマジックバックの原理を応用しただけの罠で何てことは無い。

 ただ大槌ハンマーの大きさが少しばかし大きく、かなりの重量をほこっているだけで。

 ふむ、と自動修復されていく床を見ながらバトラーに目を移す。


 ボクのところまでニアを運んだバトラーは彼女を降ろす。

 ニアはその様子を呆然ぼうぜんと見ながらも我に帰りガタガタ震え始めた。


「し、師匠……。あの罠って」

「最初に言っただろう? 罠が仕掛けてあるって」

「こ、殺す気満々まんまんな罠じゃないですか?! 」

「……フッ! ニア。館に入った賊にこのボクが慈悲じひを掛けるとでも? 」


 そう言うと「うぐぅ」とうなり始めるニア。

 そこはすぐに否定して欲しかったのだけれど。

 入った賊が悪いのは確かなわけで気にした方が負けだ。

 しかしこの程度の罠で驚いてもらっては困る。このくらいじょの口。対策をれば対処たいしょが可能な罠なんて面白おもしろの何もないものを設置するはずがない。

 顔を少し強張こわばらせるバトラーを見つつニアに声を掛ける。


「さ、行こうニア。ここにいてもらちはあかない」

「……わ、分かりました」


 こうしてボク達はニアが時々無意識に起動させてしまう罠を回避しながらこの資料室へと向かうのであった。

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