第二十九話 ニアとシルヴァ 六 想いは違えど

「見ましたか! 真っ赤な顔! 」

「いやあれはなんというか……」

如何いかにも……ですね」

「絶対にくやしがってましたね、あれ! 」


 休憩室のソファーに座ったニアが機嫌よくそう言った。

 対面に座るボクとバトラーはその様子を見てなんとも言えない表情をする。

 シルヴァの反応を見る限りだとニアが作業を始めた時「綺麗」と聞こえたのは恐らく幻聴ではないだろう。

 剣の修復や調節が終わり帰る頃には顔を真っ赤にして、まるで逃げるかのようにこの工房を出ていったのだが、さてこれからどうするのやら。


「冒険者の、先輩せんぱいとしては……仕事に支障ししょうをきたさないといいのだが」

「パーティーの方が付いているので大丈夫では? 」

「メンタルがパフォーマンスを落とすことは往々おうおうにしてあるし、エラルド殿が付いているからと言って安全ではない。ま、冒険者である以上は『安全』というのは全くないのだけれども、この工房が原因で死なれたら目覚めが悪いっと」


 そう言いつつソファーから立ち上がる。

 シルヴァの行動が余程愉快ゆかいだったのかご機嫌なニアに一言。


「さ、次の仕事をやろう。まだまだやること、覚えることは多いんだ。行くよ! 」

「はい! 師匠! 」


 ★


「……今日はやたらと調子がいいですね」

「? そうか? 」


 エラルドがニアに魔剣の修繕しゅうぜんをしてもらった数日後、シルヴァとエラルドは今日も依頼を受けていた。


 依頼内容はゴブリン退治。

 ゴブリンは各村を襲う脅威きょういで、定期的に森で発生するモンスター。

 しかし小柄こがらな緑のモンスターはあまり強くなく、FランクからEランクへ昇格するための通過点として見られている。

 だがその脅威度は上位種の発生により格段に上がる。

 集団のまとめ役が出るだけでFランクでは手に負えなくなるのが一般的。しかしシルヴァとエラルドは突然発生した上位種を難無なんなく倒して、その帰宅途中であった。


「いつもよりも好調に見えますが」

「確かに体の切れはいつもよりもいい」

「何かあったのですか? 」

「いや、特には」

「……ニア殿、でしょうか? 」


 瞬間シルヴァの顔が赤くなる。

 これは図星ずぼしだな、と思いつつも微笑ましくも思った。


「確かにあの技術。一流でしたな」

「……認めてやってもかまわない」

「素直じゃありませんね」

「う、うるさい! 」

「差しめ「もっと強くなっていいところを見せつけよう! 」と言ったところでしょうか? 」


 またもやシルヴァの体が熱くなる。

 重症だ、とエラルドは思いつつもその成長に少し悩んでいた。


 (恋をするのは良いのだが……。今の所いい意味でパフォーマンスが上がってる。しかしやり過ぎるとなると話は変わる)


「理由はともあれ向上心にみがきがかかるのは良いことです。しかしやり過ぎないでくださいよ? 」

「やり過ぎる? 」


 馬鹿なことを言っているとばかりにエラルドを見るシルヴァ。

 だがおくすることなく続けた。


「過剰な努力や見栄みえは自信を、引いてはニア殿を傷つける、ということですよ」

「……努力はしているが、そこまで過剰じゃない」

「今の所は、ね」

「何が言いたい」

「時が経つにつれて、想いがつのり、そしてやり過ぎるかもしれないということです。もしそのようなことになるくらいなら一層の事ニア殿にこくって自爆してください」

「~! 」


 「こくる」という言葉が出た瞬間ゴン! と馬車に頭をぶつけて取り乱すシルヴァ。

 それを見ていまだにニアへの想いを否定するのかとエラルドは思うが口には出さない。


 (なるほど。確かにこれはシャルロッテ様が言う通り、見ていて面白い)


 シャルロッテが言ったのは二人のやり取りが面白い、ということである。エラルドが行い、感じているものとはまた違う。

 だがエラルドはシルヴァの反応を楽しんでいた。


いじる楽しさ」に目覚めたエラルドは少し怪しい目をしながら馬車にゆらられる。

 この後も彼は色々と――怒られるまで――いじり倒して楽しんだのであった。

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