第二章 少女の奮闘

第十五話 それぞれの日常

「……師匠。今日も来ない」


 綺麗きれいになった魔技師工房カーヴでニアは一人、ぽつりと呟いた。


 すたれた様子の以前の工房とは異なり彼女が座るその椅子は新品同然どうぜん

 しかし彼女の顔は浮かない。


 彼女の師匠——つまりシャルロッテが引きせた商人パトリックによってニアが住む工房は見違えた。

 ボロボロだった外装がいそう綺麗きれい塗装とそうされ、中はみがかれ、掃除も行き届いている。

 以前とは大違いである。


 現在ニアはシャルロッテに弟子入り状態である。しかし同時にシャルロッテを職員として引きめた。

 そんなシャルロッテが欠勤けっきん状態。

 新しくなった木の椅子に背をあずけて考える。


 (コンテストのおかげで依頼は増えたけど師匠が来ない。どうしよう……)


 通常師が居なければ教えをうことはできない。どんな職人でも――例え背中を見て学べという職人でも――弟子の近くにいるものだが、ことシャルロッテに関してはコンテスト後その姿すら見せていない。


 天井てんじょうを見ているとあることに気が付き軽く顔を青くする。


 (そ、そう言えば師匠ってSランク冒険者で魔技師ギルドの名誉統括とうかつだった。お、お給料ってどのくらい払えば……)


 シャルロッテの肩書かたがきけっして軽いものではない。

 無論その分給料は上がる訳で……。


 そして、ニアが席から立ち拳をにぎる。


「パ、パトリックさんに相談しよう! 」


 震えながら決心し、前に進まない足で何とかニアは工房を出た。


 ★


「ふむ。今日はこの程度かな? 」

「お疲れさまです。シャル」

「残念なことにモンスターは食べれない。素材だけでもはぎぎ取って売りつけるか」


 そう言いながらボクは素材をぎ取っていく。

 全くもってめんどくさくい。皮に角、きばに骨そしてドラゴンのうろこ

 バトラーに探知を頼んでいるから大丈夫だとは思うけど、こんな危険な場所でやる作業じゃないな。


 ポキリ。


 あ……。


「……一応売れるものなのですから丁寧ていねいあつかってください」

「わかってる。だがこれは不可抗力だ。そう。ボクを苛立いらだたせたこのサイクロプスの骨が悪い」

「どんな責任転嫁せきにんてんかの方法ですか」


 ほほう。バトラーはボクに喧嘩けんかを売っているようだ。


「……時に神獣はモンスターを食べるのか興味があるね」

「食べませんよ。そんなもの」

「いやいや食べたことがないだけでもしかしたら神獣たるバトラーの口に合うかもしれない。そうだ。今度手料理でも作って隠し味に入れてみようか」

「どんな拷問ごうもんですか」


 バトラーのためいき交じりの声が聞こえるが……ふむ、食べれないか。

 フェンリルでもモンスターを食べると腹を壊すんだろうか?

 興味がきないね。


「終わったようで」

「ああ。帰るよ」


 そう言うとバトラーが巨大な銀狼の姿を取ってボクを運ぶ。

 魔境の中心部からやかたへとボク達は帰った。


「そう言えば工房の方は良いのですか? 」


 翌日朝食後、フェンリルの姿を取ったバトラーがそう言った。

 軽く作業の手が止まる。


 現在彼の毛をブラッシング中だ。

 全くもっていい毛並みだ。

 そしてこれもボクのおかげ。感謝して欲しいものだが、いやされ中のボクにそんなことを言うフェンリルに育てた覚えはないんだがね。


 ふぅ、と少し息を吐き毛並みをそろえつつ答える。


「行かないといけないとは思うが最近は間引まびきの方が多かったからね」


 膝を折ったままのバトラーにボクそう言う。

 すると軽く確認するかのように口を開いた。


「時には中心部も掃除しないと、ですからでしょうか」

「その通りだ。ここ数年は放置だったからね。これである程度は安心だ」

「また森が騒がしくなりそうですね」

「間引いても、間引かなくても騒がしいだろ? 」

「確かにそうですが森のバランスが崩れますので」

「毎回の事だ。圧倒的強者を潰したんだ。これも自然の摂理しぜんのようなものだとおもうのだがね。まぁモンスターは自然から生まれたものじゃないから当てはめるのは少し躊躇ためらいがあるが」


 と、ブラッシングも終わり軽く立ち、高級ブラシを机に置く。

 軽く――少し残念そうな顔をこちらに向けつつバトラーは人型を取る。

 ブラッシングをしたのだからそのままフェンリル姿になっていればいいのに。

 これじゃモフれないじゃないか。


「なに残念そうな顔をしているのですか」

あきれないでくれたまえ、ジェルラード」

「ジェルラードではありません。バトラーです」

「そうともいう」

「そうとしかいいません。で、行かないのですか? 」


 少しこちらにりながらバトラーがそう言う。


「確かに仕事は終わったけれども何も積極的にあの町に行く必要はないんじゃないかい? 」

「私とはしてその意見を尊重そんちょうしたいところですが、弟子を取った手前てまえ行かないわけにはいかないと」

「言うねぇ」


 確かにニアを弟子としてとった。だがあれは一時的なものだ。

 しかし、従業員となってしまった以上は少しは顔を出さないといけない。それは分かる。

 だが行きたくないものは行きたくない。


 出来ることならばここの自給自足生活を謳歌おうかしたい。

 なにせここはボクにとっての天国だ。

 人付き合いの心配がない。食料がある。素材もある。ここを天国として言わずにどこが天国か。


 そう思っていると軽く背筋を伸ばしたバトラーが続けた。


「貴方の人間不信は今に始まったことじゃないので何も言いませんが、今回は、せめて顔を出すくらいはしないといけないか、と」


 むぅ。今回は押してくるね。

 何かな。バトラーはニアがお気に入りなのかな?

 だとしたら少し不愉快ゆかいだな。先に彼に目を付けたのはボクなのに。


 見上げて軽くにらむように反論はんろんだ。


「……人間不信は君も、だろ? 」

「私の場合は人間不信ではありません。単純に関わりたくないだけです」

「それを人間不信という」

「私の中では違うのですよ」


 肩を軽くすくめてそう言うバトラー。

 なら、なおさら行くべきではないと思うのはボクだけだろうか。

 彼は彼なりに線引きでもあるのだろうか。いやはやわからないフェンリルだ。


「あ~もう。わかったよ」


 髪をくしゃくしゃしながら机の引き出しを開ける。

 中にある髪留かみどめを手に取り、手を後ろに回して、軽く髪をまとめた。


 バトラーの方を向き顔をしかめつつ準備を始める。

 幾つか道具をアイテムバックに入れて、気は乗らないが、扉へ足を向けた。

 バトラーが扉を開けて廊下に出、一階に下りる。


「……行くか」


 こうしてまたボク達はルーカスの町へ向かった。

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