第十六話 呆れるシャルロッテ

「何をどうやったらこんな状況になるんだ? 」

「し、師匠~」


 バトラーの背に乗り、ルーカスの町のカーヴ工房に向かったのだが、そこには仕事に――物理的に――うももれるニアの姿があった。

 最初、工房に入るとニアの姿がなくどうしたものかと作業部屋へ行くと、そこには目にくまを作りながら作業をするニアが。


「仕事熱心なのはいい事だが」

「明らかにオーバーワーク、ですね」


 作業部屋にある椅子を一つ引き、そこに座る。

 バトラーの声を後ろから受けつつ、作業を止めてこちらを涙目で見つめるニアを見るが……。


 はて、アピール作戦は成功したということだろうか。

 いやしかしこの量はこの町の需要じゅようはるかに超えているように思えるのだが。カーヴがまだ弟子をしていた時よりも注文品が多い。人口でも変わったのか?


「そちらの注文書はもう済んでいるもので? 」

「い、いぇ、それがまだこれからで……」

「嬉しい悲鳴なのだろうけどこれは流石に予想外だな」

繁盛はんじょうすることは確かにいい事だとは思いますが、お体にお気をつけて」

「す、すみません」


 項垂うなだれ下を向くニア。

 よく見ると髪はぼさぼさ、顔も荒れている。どうもここ数日徹夜てつやでもしたのだろう。同じことを良くしていたから予想はつく。


「一旦休んだ方が良いとボクは思うが」

「同感です。本当に説得力のある言葉で」

「ボクはここまでじゃないよ」

「……集中した時の貴方はこれ以上だと思うのですが? 」


 後ろを向き、そう言うバトラーを軽くにらみつける。

 肩をすくめる彼に少し苛立ちながらもニアに目を戻す。


「ま、軽くボク達も手伝おう」

「そ、そんな手をわずらわせるようなことっ! 」

「流石にこれは間に合わないと、思うのだがね」


 席を立ち書類の方へ行き軽く目を通してそう言い放つ。


「頑張るのは良いが体を壊したら元も子もない」

「非常に深みのある言葉で」

「さっきから喧嘩けんかを売っているのかい? バトラー」

「いえ、そのようなことは」


 おちゃらけるように軽くお辞儀をして執事服の男がそう言うが、喧嘩を売っているとしか思えないね。


「発注元は……パトリック商会、か。全くこんなにも仕事を押し付けてどういうつもりだ? 一人でさばくには無理があるとわかっているだろうに」

「今のニアさんの技量ぎりょうでも確かにこなせる依頼ではありますが、量が量ですね」

「もっと無難に事を進める人物だと感じたのだが、違ったか? 」

しんは強く、しかし無難ぶなんな道を選ぶような方と私も感じました」


 ゆっくりと椅子が引く音がする。

 ふと音の方向をみるとニアがふらふらと。これは危ないね。

 同時に書類を置いてニアの元へ。


辛辣しんらつかもしれないがニアは元より体力があるとは思えない。本当に無茶をさせる。これは一回めた方が良いのかな? 」

「止めてください。貴方がやるとシャレになりません」

「しかし量を調節しないといけないと思うのだが。どうだい? ニア。……ってあれ? ニア?! 」


 ふらっと倒れたニアをかかえる。


「……ここまで追い込むとは」

過労かろうでしょう」

「少し休ますか」

「……それだけの優しさがあるのなら、ご自身に少しでも向けたら如何いかがでしょうか? 」

「早く運ぶよ」


 ニアの体重を感じながらそのまま彼女を休憩室に連れて行った。


「これで、よし。バトラー、受付を任せていいかい? 」


 そう言うとあからさまに嫌な顔をする。


「分からなくもないが今の所君しか頼れないんだよ」

「私がここで看病かんびょうをしましょうか? 」

「おいおい、うら若き乙女おとめが寝ている所に狼を置いてどうするんだい? 」

「……うまい事を言ったつもりですか」


 はぁ、と溜息ためいきをつき、嫌々いやいやながらもバトラーは扉を開けて部屋の外に出ていった。

 バタン、と音がした後ソファーの上の眠り姫を見る。


 この前買い替えた作業服が見事に錬金液れんきんえきまみれになっているな。多分こぼしたな?

 まぁ良くこれで事故を起こさなかったとめるべきか、働き過ぎと𠮟しかるべきか。

 ニアは幼いながらも工房ぬし。仕事の配分はいぶんが大事なのは知っているはずなのだが、贔屓目ひいきめに見過ぎたか?


「全く倒れた時のボクを見ているような感じだ」


 独りちながら軽くニアの顔に手をやり眼鏡をはずす。

 よく見ると母親にかな?

 肌色は白く鼻が低め。ぼさぼさな髪を見ると身だしなみに無頓着むとんちゃくだったカーヴを思い出すが、今はカーヴ以上のようだ。

 差しめ技術は父似で顔が母似と言ったところか。


 軽くソファー離れニアの眼鏡を机に置く。

 眼鏡も中々使い込んでいるようだ。縁がボロボロだ。

 よく見ると魔化まかほどこされているようだが手入れがなっていない。仕事熱心だが自分のことになると見えなくなるタイプのようだね。


「軽く手入れでも……」


 と、一人呟き手を伸ばそうとするが、一瞬止めた。


 何故ボクは彼女に固執こしつしているんだ?

 関係のないはずだ。

 確かに彼女は弟子カーヴの子で孫弟子のようなものでもある。そして、一時的だが直弟子でもある。

 しかし、だからと言ってボクが積極的に関わる理由にはならない。


 森で引きこもって研究をしていた方が楽しいはずだ。楽なはずだ。

 何もわざわざ最低限以上の事をすることもない。

 森の状況を報告しに町長の所へ行く必要はあるが、それだけだ。

 変に人との関わり合いを持つ必要なんてないはずだ。


 最低限の義理はたした。

 彼女一人でもやっていけるだろう。


 机から、ニアに目を向ける。


「いや、無理だね」


 少なくとも独り立ちできる状態じゃない。

 自己管理が出来なければね。

 これをバトラーに言ったらきっと「貴方がそう言いますか」とあきれられるだろうけど、客観きゃっかん的に見て放置できる状態じゃないね。


 三十年前からの因果いんがというものをひしひしと感じるよ。

 全く。

 そもそもこの町、というよりもこの国にふらっと寄ったのが間違いだったのだろうか?


 少し嘆息たんそくし机から離れもう一つのソファーに移動。

 ……。いや違うな。後付けだ。結果論だ。

 最終的にカーヴと会ったのはボクにとって、少なくとも幸運だった気がする。

 ならばその娘を、最低限保護するのは間違っていないだろう。


 腰を掛け休もうとしたら足音が。

 ノックの音ともにバトラーの声がした。


「どうしたんだい? バトラー」


 ソファーに体重を乗せつつ両腕を背の部分に掛けてバトラーに聞く。


「パトリック殿が発注はっちゅうに来たのですが如何いかがいたしましょうか」


 ほぅ。

 わざわざ自分からめられに来るとは良い度胸どきょうじゃないか、パトリック君。

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