第六話 商人『ランド』 一

「やはり錬金液れんきんえきは臭いがきついですね」

「おや。君もこっちに来たのかい? バトラー」

「ええ。あちらは少しお取込み中なようで」


 しかめた顔のまま扉の方を向く。

 取り込み中、ね。


「さてさてバトラー君。ボクはこの一件大体予想がついているのだけれども君はどう思う? 」

「私も予想はついていますが、私に意見を聞きますか? 」

「なに、人の話を聞き多角的視点で物事を考えるのは魔技まぎ師としては普通だと思うがね」


 そう言うと扉から目を離す。

 軽くあごに手をやり下を向く。

 そして結果が出たのか目線めせんをこちらに向ける。


十中八九じゅっちゅうはっく他の商会の手の者かと」

「やはり向こう側には商人がいるのか」

「ええ。どうも借金しゃっきんをしているようで」


 そこで少し考える。


「ふむ。ならば恐らく退職もほとんどが引き抜き、と思っていいだろうね」

「このカーヴ殿を邪魔に思う者がご両親に手を下し、職人を引き抜く。そして生活できない所に手助けという名の借金」

「ま、悪徳商人がやりそうな手口てぐちだが……」

「さて何故カーヴ殿が邪魔なのでしょうか? 」


 バトラーの言葉を受けて深く椅子に座り直す。


 そこなんだ。

 何故カーヴが邪魔なのかだ。

 カーヴという魔技師工房自体この地でを張る工房だ。この町で新規事業を展開するのがばからしくなるくらいに。

 確かに地盤じばんとなるカーヴあっての工房だ。だがいなくなったとはいえ今回のように職人が完全に離れることなんてありえるだろうか?

 普通町一番の魔技師を殺すなんてそんな博打ばくちは打たない。バレたら即処罰はもちろん、もし相手が商人だった場合店の信頼しんらいを完全に失う。この町はもちろん周辺では確実に商売として成り立たなくなるだろう。

 かなりのギャンブラーかそれとも成功するとわかっていたか。


 成功、ね。


「ああ。なるほど」


 軽く天井を見上げてぽつりと呟く。

 バトラーがこちらを見る気配がする。

 それに合わせることなく言葉を放つ。


「つまりだ。この町での仕事はカーヴが居なくても成り立つようになっただけだ」

「? どういうことでしょうか」

「町でカーヴ以外がやっても同じ水準すいじゅんまで技術レベルが上がったんだよ」

「しかし、だからと言って殺すようなリスクを負いますでしょうか? 彼は人族でした。ならば寿命を待てば」

「店だ」


 バトラーに目を向け言い放つ。

 軽く首をかしげてこちらを見た。


「カーブが邪魔なのではなく、この店が邪魔なんだ。だから殺した」

「店? 」


「ん~。この工房は立地りっちがいい。ここで何か店でも新しく作ろうと考えた馬鹿がいたのだろう。そしてその馬鹿が土地の購入を検討けんとう。だがここにはの有名な店がある。ああ、困った。土地を購入しようとする商人は本当に困った。そこで――お貴族様の登場だ」

「裏で手を組んだ、ということですか? 」

「貴族、もしくは町を取りまる憲兵だろうね。何か裏でやり取りがあったのだろう」

「しかしそれだと相手側に旨味うまみがないのでは? 最悪、貴族権限けんげん接収せっしゅうしその後に商売をさせればいい訳ですし」

「さぁ? ボクは商人じゃないから商売の方はわからないけれど、貴族が接収せっしゅうなんてすれば町民の反発を食らうのが必至ひっすだ。そんな手は打たないよ。町民の反発を抑える労力ろうりょくを考えるのなら、影で一人二人暗殺した方がらくだ。突然死とか事故死とか何でもできるからね」


 はぁ。嫌になるね。

 これだから、全く。


「さぞもうかる事業じぎょうがあるんだろうね。ボンクラ魔技師まがいは引き抜かれた後その商人の元この町でお仕事。相対的にこの店は徐々に衰退すいたいし、今の状態。あと一押しで――作戦成功」


 ピンと人差し指を立て、そう言いながら立ち上がり少し扉の方を見る。


「ねぇバトラー。ボクは平和主義なんだ。何事も平和的に解決すればいいと思っている」

「……」

「でもね、バトラー。それでも相手が向かってくる時どうすればいい? 」

「……」

「ボクはね。欲望に満ちたクソ野郎を叩き潰さないと腹の虫がおさまらんよ」


 そう言いながら扉のノブに手を掛けた。


 ★


「どうもシャルの予想が当たっていたようですね。借金しゃっきん返済へんさいか工房を売るか聞いているようです」

「ボクにはまだ話声はなしごえが聞こえないのだけれども……。君、盗聴とうちょうとかしてないだろうね? 」

「何を言いますか。獣人族は基本的に五感にすぐれているのです」

「君はフェンリルだろ? 」

「……」


 少しの沈黙が流れる中少し歩き目的の部屋の前に着く。

 中からは「父さんが残したこの工房は売りません! 」「ならば早く借金しゃっきん返済へんさいしてください」等という茶番ちゃばんり返されているのが聞こえる。


「さてジェンソン君」

「ジェンソンではありませんアンソン、いえバトラーです」

「君、今間違えただろう」

「そのようなことはありません」


 キリッとした顔で扉の向こうを見るバトラー。

 しかしボクのこのシャルロッテ・イアーにはきちんと「アンソン」という単語が聞き取れた。

 完璧・几帳面きちょうめんよそおう彼をいじるのはこれだからやめられない。

 全くもって面白い神獣を拾ったものだよ。


 さて、と意気込み前を向く。


「気乗りしませんか」

「まぁね」

「……今ならまだ間に合いますしいつものように引き返してもいいのですよ? 」

「おや、君がそう言うなんて珍しいね。バトラー」

「悪徳商人、特に貴族関係を嫌っているのはよくわかりますので」

「優しんだね。ときめいちゃう」

「おちゃらけないでください。で、大丈夫なのですか? 」

「誰に物を言っているんだい? ボクは稀代きだいの大天才。シャルロッテ・エルシャリアだ! 行くぞ! 」


 バトラーが扉を豪快ごうかいにぶち壊した。


 ★


「早くお金を返してくださいよ。もうこちらも待つわけにはいかないので」

「な、ない物は無いのです! 」

「ならばこの家を売ってください。そうすれば――「ドォォォォン!!! 」」

「はぁぁぁい! お掃除の時間のようだね」

「見た所、大きなゴミが一つありますね。これはいけません。早く取り除かないと私の教示きょうじに関わります」


 おや。固まっているね。

 まぁ無理もない。いきなりの登場だ。


「ニア。何ゴミと話しているのかな? 」

「え、ええ?! 」

「ゴ、ゴミ?! 俺がゴミだと! 」

「違うのかい? 」

「私はきちんとした人族だ!!! 」


 両手に宝石付きの指輪に豪華な服。えた体……。


「!!! 新種しんしゅか! 人語じんごしゃべるゴミか! 」

「これは大発見ですね。シャル」

「ああ。そうだとも。人語じんごしゃべるモンスターは発見されているが人語じんごしゃべるゴミはまだ発見されていない! これは早速捕まえてバラして調べた後に燃やして学会に報告だな! いそがしくなるぞ! 」

「ち、近寄るな! この変態が! 」

「変態? 」


 このボクを変態呼ばわりするのかこのゴミは。

 なるほど人を怒らせるやり方を良く知っているゴミだ。


「シャル。抑えてください。アイテムバックに手をやらないでください」

「ゴミはゴミ箱へやるのが常識だろ? 」

「そうですが何やらこのゴミはニアと交渉こうしょうのようなことをしていたようなので」

「ほう。ニア。その話、聞かせてくれるかい? 」


 高速で「こくこく」とうなずくニアをみて一先ず事情じじょうを聞くことにした。

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