第2話 面会
ヴィジャスの森の一件からシャロン一行は忙殺の日々を送っていた。教皇庁本部のある聖都アインギッシュに帰還したシャロンたちは拘束した青年を引き渡したのち、行動制限と緘口令が敷かれた。
シャロンは会議と聴取に引っ張り回され、聖歌隊や聖騎士、お付きのアイリーンもまた同様の日々を送っていた。
しかしそんな忙しい日々に苦しめられていたのは何もシャロン一行だけではない。前代未聞のゲート人間の登場に世界の維持機構である教皇庁は半ばパニック状態に陥っていたのである。
そして最高決定機関である枢機卿たちもまた、頭を抱えていた。
「通常遺物や儀式状を起点に発生するゲートが人間の心臓を媒介に現界するなど、到底信じられんが…」
「銀鎖の聖女が持ち帰ったアレを見る限り事実と受け止めるしかありますまい。なんと頭の痛いことか…」
「心臓にゲートを宿す人間など動く厄災ではないか!封印は万全なのだろうな!?」
「少なくとも銀鎖以上の封印師はいませんよ。そんなことよりも今は今後の方針と処遇を決めなければ」
「そんな物処分以外なかろう。と言いたいところだが…天秤の聖女がいうには人理正典に背かないごく普通の一般的な人間だとのことだ。一般市民を『処分』したら聖女たちがなんというか…」
「平和維持のためだ仕方なかろう。生かしておくリスクが大きすぎる。あいつの体から魔王が出てきたらどうするつもりだ」
「結論は出たか…では結を取ろう」
教皇庁地下の光さえ届かない深い深い竪穴の下には訳ありの遺物や魔術道具などが管理されている冥牢と呼ばれる施設がある。
歴代聖女たちが封印すべきと判断した品々が収められており、シャロンはアイリーンを連れてそんな地下の底に来ていた。
「ここは相変わらず空気が澱んでいますね」
「陽が当たらないからかび臭いですしね」
ランタンを片手にこけのむした石畳を進むと円形の広場に出た。白いモヤに包まれたその部屋には二人のパラディンが警備についている。
「ご苦労様です」
シャロンは警備に一礼して躊躇いなく部屋に入室した。
「教皇庁も酷いことをします。せっかく助けたのにあの時と対して変わらないじゃないですか」
「まぁ前回の魔王戦以来の第一級隔離指定が発令されましたから」
眼前には白い拘束衣に包まれマスクに顔を覆った椅子に座る人らしき簀巻き状態の何かがある。
「起きてますか?」
シャロンは近づいて視線を椅子に座った彼の高さに合わせて声をかけた。声に反応して体がピクリと動く。
「起きているならそのまま聞いてください。ご存知かもしれませんがあなたは今後平和維持のために殺処分されます」
「…」
「ですが私としてはニーナ…失礼天秤の聖女が一般人であると認めたあなたが死ぬのはいささか不憫な上不愉快ではあります」
すっと首の後ろに手を回し鉄製のマスクの拘束器具を外す。
「あら可愛い顔じゃないですか」
「シャロン様!?」
鉄仮面の下から出てきたのはやや童顔ではあるが目鼻立ちの整った顔だった。金の瞳に白い髪、と言ってもシャロンのような白眼ではなく色の抜け落ちかけた灰色の混じった髪には壮絶な過去が見え隠れしている。
「あなたはどうしたいですか?」
ただ短く一言そう尋ねると、瞳を揺らしながら青年は言葉を吐き出し始める。
「記憶が…ないんです」
「そのようですね」
「だから死んでもいいかなって思ったんですけど」
「死にたいんですか?」
「死にたくないですね。でもやっぱり死なないと」
シャロンは顔を顰める。悲しそうに笑う彼の顔がどこかで見たような気がしてどこか苛立ちを感じる
「こないだおじさんとおばさんがたくさん来て色々言われたんですよ」
「なんと?」
「『君が生きてると万が一がある』とか『人類のために』とか」
「それであなたはなんと?」
「記憶がないんですから何も言い返せるわけないでしょう」
苦笑を浮かべる彼の手は震えていた。シャロンは泣きそうに笑う彼を見つめ言葉を待つ。
「なんで俺なんだって…なんも分からないのに…だけどよかったって思うこともあって」
「それは?」
「欲しいものができる前でよかった。未練ができたら死ぬのがこ、怖くなっちゃうでしょ?」
怖いのだろう
生物の持つ根源的恐怖。それこそが死なのだ。いくら記憶が無かろうと、怖くて怖くて仕方ないはずなのだ。
「よく思い出せないけど…助けてくれたのは貴方なんですよね?」
「そうですね。私が貴方を助けました」
「最後にお礼が言えてよかったです」
「まだ言われてませんが」
「今から言うんです〜」
青年は震える喉で息を吸うと短く笑って
「ありがとうシャロンさん」
「どういたしまして」
スッと立ち上がるとローブを翻してシャロンはその場を後にする。
それから3日後、魔門人間こと第一級隔離指定存在の秘匿処分が決定された
「決まりましたね。アレの処分」
「そうですな」ふ
秘匿処分が決定し、万が一を備えて万全を期すため聖女とその直轄部隊への招集がかけられた。シャロンたちはその到着を待っている最中である。
冥牢での秘匿処分ということになるわけだが、何にせよ初の事例ゆえに、処分時の警戒には聖女三名、直轄部隊及び教皇庁本部直属の聖歌隊が加わる大盤振る舞いである。
これがどのくらいの戦力か分かりやすく言えば、単純な話国一つ容易に落とせるレベルの物である。
「過剰な気もしますけど…」
「最悪魔王がひょっこり出てくるかもしれませんからな…シャロン様の封印が破られることはないと思いますが万全を期すならこのくらいはしておくべきでしょう」
アイリーンとシャロン直属のパラディンである老兵ギッシュはそんな会話をしている。
「それよりも処分の方法が気になりますね。そもそも殺せるのかという問題もありますし」
「なにせ心臓にゲートがありますからな。もかしたら首を刎ねても動くかもしれませんぞ。かのデュラハンの様に」
デュラハンは十数年前に起きた魔王災害の一つ、アディーン古城事件に由来する魔性生物である。
「あの時の首が冥牢に保管されてるって話本当なんです?」
アイリーンの質問にギッシュは肩をすくめておどけて見せる。
「さてどうだか…デュラハンの頭はいい素材になると聞きますから」
「へぇーさすが
「年齢の話は失礼にあたりますよアイリーン」
「シャロン様!」
シャロンが会話に入ってきたことに気づくとアイリーンは尻尾を振るように駆けつける
「会議は終わったんですか?」
「えぇ処分日と処分方法が決定しました。処分日は明後日、方法は聖遺物ガロンによる抹消。立ち会いには私と天秤、それから星占の聖女が赴きます」
「教皇庁働き詰めの均衡聖歌《イコラス》は別として、まさか星詠みの楽団《ステラリード》が来るとは…」
「星占の聖女率いる星詠みの楽団。またの名を
聖女にはそれぞれ所有する遺物や習得してる魔術によって名前が進呈される。
今回使用されるガロンは教皇庁所有のものであり、どの聖女にも使用できる様パスが共有されている。厄介な遺物や魔性生物の抹消に使用される遺物であり、簡単な話どの聖女でもいいわけである。
そんな案件に放浪者とも呼ばれる聖女一行が名乗りを挙げたことに違和感を抱くアイリーンとギッシュだったが、シャロンだけは苦虫を潰したかの様に顔を背けた。
「?どうしたんですかアイリーン様」
「いえ、あのお方は少々…というかかなりの珍しい物好きですから…その…」
「枢機卿の方々と何かしらの取引があったと」
「万が一の備えとしては万全ですからね。あり得ない話ではありません」
少なくともとシャロンは一息ついて言葉をこぼす
「彼を苦しめずに済むことを祈りましょう」
記憶も自由も奪われ、ただ死の恐怖に怯える彼がこれ以上の苦痛に喘ぐことなく眠りにつくことを、シャロンは心の中でただひたすらに祈るばかりであった
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