聖女が寿退社するその日まで
@hakari_takasi
第1話 エピローグ
ある世界、ある時代のとある国。聖女と呼ばれた一人の女性がいた。
世界は神秘に包まれている。
人と神の営みが交錯する神時代を経て、人々は神々の残した神秘を使いその文明と歴史を紡いできた。
神秘、それは魔術や祈祷、神聖生物や魔生生物など世界の端々に現れる人理の外側の存在や概念である。その存在の恩恵と脅威によって緻密に組み上げられた現代のバランスは500年の安寧を築いていた。しかしその平穏もまた手放しで手に入れていたわけではない。
平和の維持を司り、神時代の産物とまで言われる強力無比な神聖者。人理の担い手それこそが聖女である。
「シャロン様〜!」
「なんですかアイリーン。こら廊下を走らない」
カッカッカッと廊下にヒールの音が響く。荘厳とも呼べるほどに高い天井、白亜の柱が印象的な「聖堂」にて聖女と呼ばれた彼女は一人読書をしていた。
「シャロン様、教皇庁からの通達です。ヴィジャスの森にて
「分かりました。そうですね…では今回はハイジ隊の皆様にお願いをしましょう。それと万が一を考えて
聖女の業務は教皇庁と呼ばれる国際機関からの要請を受け各地で起きる「魔性事件」の解決にあたる。
魔性事件とは神時代の遺物である「魔界」に由来する事件であり、主に魔獣災害、魔性災害、魔体災害、魔王災害の四つに分類にされる。
魔界とは神時代、神の数柱が自身の領域として作りあげた神域の一つであり遺物の一つとして現代に脅威と恩恵を与えている。
その脅威の一端が魔性事件である。
魔獣災害は魔界から漏れ出る魔性によって汚染された獣による獣害、魔性災害は魔性による疫病や天候災害、魔体災害は人民の魔性汚染による災害、そして魔王災害は魔界から数年おきに出現する特定種族による災害である。
聖女はこれらを収束する機関である教皇庁の最高戦略であり、教皇庁の最高決定機関である枢機卿と同等以上の決定権を持つ人物である。聖女の認可には現存する聖女二名以上の推薦および教皇機関に所属する国の半数以上の承認が必要であり、これらを受けて擁立された聖女という存在は世界の楔、あるいは世界の維持者とも言える存在なのだ。
そのうちの一人が彼女シャロン・エインズワースである。
「それにしてもまたヴィジャスの森ですか…元々魔界に繋がりやすい『歪んだ土地』ではありますが、先月も聖歌隊が調査に赴いたと聞きました。いささか頻度が高すぎるように感じますね…」
「そうですね。最近では魔界信仰の過激派も増えてますし、今回のゲートも少し心配です、」
「気を引き締めていきましょう」
彼女は一抹の不安を胸に彼女は森に経った。
「おかしいですね」
聖歌隊と呼ばれる教皇庁の実働部隊と、その上層部隊である聖騎士を伴い森に訪れたシャロンはその森の静けさに訝しみを露わにした。
「ゲートによって魔界領域と繋がっている以上、そこから溢れた魔性によって少なからず森に影響があるはずです。魔獣災害なり魔性災害なりでの森の変質、あるいは周辺地域になんらかの報告があると思ったのですが…」
「森も健全なまま、周辺の村民からも特にそういった報告は受けていないそうです」
「進みましょう。ゲートの反応はこちらからきています」
パチンと
「古城…ですか。地図にはありませんから魔界由来の可能性が高い。警戒した方が…」
アイリーンはそう声をかけてシャロンの横顔をチラリと見ると、その相貌が怒りに歪められていることに息を呑んだ。
「悪趣味な…」
その視線の先にあったのは貼り付けにされた人であったもの。貼り付けにされ胸には槍や剣、パッチフォーク、杭が刺さっていた。
「魔界信仰の過激派ですか…」
赤と黒のインクで殴り書きされたその側は過激派の徽章である三本の槍と蝙蝠のマーク。
「人のやることとは思えませんね。行きましょう」
「はい」
進むとそこにはいくつもの白目を剥いた遺体が散乱していた。様相は一様に黒のローブに赤の頭冠、蝙蝠の彫られた木製のタリスマンを首からかけていた。
「儀式に失敗したといったところでしょう。ゲートを開こうとして、開けたはいいものの閉じる前に向こう側の何かしらに殺されたわけですか。それにしても古城だと思いましたが半分は遺跡のようですね」
「愚かなことです…ん?…っ!?シャロン様あれを!」
アイリーンは奥の祭壇に繋がれた人らしき影を指差す。
「この男性、まだ生きてます!」
「アイリーン、治癒を。私は
手枷を外そうと背中側に回ったシャロンはその惨憺たる姿に目を顰めた。
背中には2本の十字傷、胸の三本の槍のやりを仄めかすアスタリスクのような縫合の跡からは血が滲みその姿はまさしく「供物」。
「足の腱も切られてますがこちらは治癒できそうです。しかし背中の傷と胸のこれは…」
アイリーンがそう言いか瞬間、掠れた呼吸が音を帯びた。
「ハナ…レて」
掠れた声で絶え絶えに弾がれた言葉にシャロンはアイリーンを突き飛ばした。シャロンの瞳は繋がれた男の左胸に吸い込まれる。
その男の心臓に位置する左胸には黒い渦が広がっていた。
「ゲート!?」
「人間からだと!?」
聖歌隊と聖騎士たちが目の前に広がる光景に声を上げた。
「ゲートを封印します」
「殺した方が早いですよ!?」
「イレギュラーすぎます!危険です!」
静止する部下の声を無視してシャロンは開きかけたゲートに手を当てる。最速で魔術を組み立て発動まで持っていこうとするシャロンだったが、そのふれた手を黒いゲートの渦が飲み込もうとした。
「シャロン様!」
アイリーンの叫びを背中にシャロンはたま汗を浮かべながらも魔術ゲートの起点である心臓に発動する。
「なかなか封印の鎖が入り込みませんね…っそろそろこちらもきつくなってきましたが…」
すでに魔性の侵食は肘の付け根まで来ている。
とうとう二の腕にまで達した黒い侵食が型にまで伸びようとした時、シャロンの瞳は大きく揺れた。
拘束されていたはずの右腕がシャロンの左を掴んだのだ。
「もっと深く」
その呟きと共にシャロンの腕が胸の奥へと押し込まれる。
「あなたは何を!」
「もっと深くだ」
「っっ!?」
深く深く吸い込まれていく。肩まで引き込まれたその時、シャロンの体は大きく弾かれた
「シャロン様!ご無事ですか!?」
「あ、はい…私は…」
「封印はされている…みたいですが…」
「シャロン様失礼します」
アイリーンはそう一方的に告げるとシャロンのローブの袖をちぎり、その柔肌に手を振れる。
「魔性粒子への感染はなさそうですね。外傷もなさそうです。よかったぁ〜」
「それよりも彼を」
「応援要請をしておきます。万が一に備えてもう一人聖女様の派遣を」
「そこまでする必要は…」
そう言いかけるシャロンにズイッとアイリーンは乗り出した。
「消耗した聖女様一人に封印されたゲートを体に宿すイレギュラーを任せることなんてできません。教皇庁の指示を仰ぐにしてもここは万全を記すべきです」
「それもそうですね。私が頑固でした」
「わかってくださればいいのです」
それにしてもとアイリーンは拘束衣に包まれ治癒をかけられている青年に視線を移す
「なんだったんでしょう彼」
「心臓に封印鎖を埋め込みました。推察ではありますが、心臓を媒介にゲートの現界を行ったのでしょう」
「そんなこできるんですか?」
シャロンは首を横に振る
「いくら触媒になるとはいえ普通は心臓が耐えられないでしょう。なんらかの方法で心臓の負荷を丸ごと別の何かに押し付けたか…」
「彼に耐えられる何かしらの理由があったか…ですね」
はぁーと二人は揃って眉間に手を当てため息をこぼす。白く色の抜けた髪の毛が目にかかるその青年が一体何に巻き込まれたのか。
そんなことを考える聖女の一人シャロン・エインズワースの人生はこの日を境に大きく変わることを、彼女はまだ知らない。
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