最終話・杏樹
『次のニュースです。
作家、逆打優さん、本名三池優さんの妻である三池愛弓さんが、●●駅前で倒れているのを通りがかった方が発見し、救急に通報しました。
三池愛弓さんは両手両足を切断され、全身に複数の傷があり、全身ずぶ濡れという状態で発見され間もなく死亡が確認されました。
現場は人通りの多い駅前の広場であり、三池さんはベンチに座るような形で倒れていたそうですが、今のところ不審な目撃情報はありません。
警察は、最近各地で続いている不審な死亡事件との関連も含めて捜査する方針とのことです。
三池愛弓さんの夫である三池優さんは、逆打優という名前で吾妻ホラー賞を受賞し、代表作の『七鏡の呪い歌』は映画化され人気を博しました。
現在は交通事故で、長期入院されており……』
***
【本日の】ガチで怖い話を語ってこーぜ! part199【ホラー】
・
・
・
422:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
ニュース見た?
逆打優の奥さん、やべー死体で発見されたって
423:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
●●駅前だろ、あんな人通りの多い場所でなんで?ってかんじたけど
つか、あそこって繁華街近いし、終電も遅いじゃん。夜中でもそれなりに人がいるようなところなのに
423:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
謎が謎を呼ぶーってかんじ?
424:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
人を生きたまま寸断してぶっ殺せるような場所じゃねーべ
つか、全身が汚水でずぶ濡れだったというのも謎
425:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
なんか、獄夢の中の拷問をいろいろ浴びました、みたいな死体だって言われてるよね
つか、あれの死体が出てから獄夢を見なくなったって言ってたやつがいたんだけどマジだったんだろうか
426:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
逆打優の奥さんが犯人だったってこと?獄夢の?そんなことできるの?
427:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
確かに呪詛返しでも食らったような死体だったみたいだけども
428:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
拷問屋敷の話が、逆打優の“愚者の行軍”を元に作られた都市伝説だったってのはマジだったのかな
429:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
雑誌にそれらしい話が載ってた気がする
犯人が逆打優の奥さんだったかどうかは伏せられてたけど、逆打優の無念を晴らすための呪いだったのでは?みたいなかんじで
つかホラー雑誌なのに趣旨そこじゃなくて、逆打優を盗作疑惑で追い詰めた鯨井棚尾の批判がメインになってたけどな
430:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
そういえばネットに上がってたっけ
鯨井棚尾が、吾妻ホラー賞受賞した新人に嫉妬して、盗作疑惑でっちあげて業界から逆打を干したって
431:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
あれ流石に酷すぎると思う
盗作疑惑があったことも知らなかったけど、そのあとに逆打優が本出してたことも全然知らなかった
しかも、詐欺に遭ってたせいで本が全然出回らなかったって
432:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
確かに盗作とかパクリするやつは世の中にいるけどさあ、ちょっと似てるだけですぐパクリだパクリだ騒ぐやつってマジでなんなんだよって思う
呪われた時計台の話ってことくらいしか被ってなかったのに盗作だって大御所が騒ぐとか
433:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
鯨井、元々けっこー性格に難があるジジイだったみたいだもんな
でも本そのものは売れるし実力あるのは確かだから、出版社も圧力に負けて何も言えなかったっつー
434:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
売れっ子の大御所に、お前の出版社からは二度と本出してやらんぞ!って言われたらキツかったんだろうが
でも大御所つったって作家一人じゃん
新人を干すほどかよ
435:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
>>434
いや、鯨井って弟子多いし、なんかコミュニティみたいなのもあるから
そこに所属する作家全員の本を出させないぞって脅した模様
436:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
>>435
害悪がすぎない!?!?
437:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
でも、鯨井もやばい話が次々明るみに出てるし、もう昔ほど本も売れてないしな
今までみたいに偉そうにできないだろ
会見の内容も謝罪になってねーって炎上してたし
438:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
>>437
あの手のジジイは自分の非を認めて謝るってことができないからなぁ……マジ老害
439:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
>>437
セクハラ正当化するみたいな言い方したら燃え上がるの目に見えてるのにね
いつまで昭和のノリなんだか
440:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
担当編集者がセクハラとパワハラでコロコロ代わってたってのもマジみたいだしなー
新人の編集者が、名前をちょっと呼び間違えただけで激怒してモノを投げつけるとかしたらしいぞ
緊張してどもっただけだったのに
441:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
酔った勢いで胸元に手を突っ込まれた女性編集者もいたらしいしな
まじで気持ち悪いんですけど
442:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
逆打の奥さんが本当に黒幕だったかは結局わからないままだけど、もしこのまま本当に拷問屋敷の夢を誰も見なくなったら、そういうことになるのかね
443:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
まあ、濡れ衣かもしれないし、あんま憶測でものを言うのはよそう
個人的には、逆打優の従兄が動いて、逆打優の本をまた出版してくれって頼んでくれたのはすごく良かったと思ってる
例の『愚者の行軍』だけじゃなくて、他の絶版になってる本とかも角田ホラー文庫から出るらしいぞ!
444:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
それマ?
445:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
おおおお、それは純粋に楽しみ!!
446:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
やるじゃん。愚者の行軍、普通に読みたかったんだよ
探してもアマゾンにもなかったし、中古も殆ど市場に出回ってないみたいだったからすごい助かるわ
447:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
奥さんはああなっちゃったし、本人はまだ眠り続けてるけど……少しは、報われたところもあったと思いたいよね
448.:こっくりさん、今日も召喚中@ホラー大好き名無しさん
そうだな
何がハッピーエンドかなんて、誰にもわからないことだけども……
***
『アンタは間違ってないからね。この子でも見て元気出しな!』
杏樹のLINEに送られてきたのは、朝のいる編集部で飼われている猫の写真だった。茶色のもふもふ猫が、仏頂面で誰かの椅子に陣取っている。癒やしもかねて、去年から編集部で保護猫を飼い始めたらしい。オカルト雑誌の編集部とは思えないほどの和やかな風景である。
彼女なりに自分に気を使ってくれているのだろう。わかっていても、杏樹はため息をつくしかなかった。それなりに高級なイタリアンレストランは、老夫婦や裕福そうな家族連れで賑わっている。エミシが今回のお礼をかねてご馳走してくれると言ったのだ。無事、獄夢を終わらせることができたことのお祝いと思えば喜ぶべきだと思う。イタリアンだって、杏樹は大好物だ。
それでも気持ちが晴れない理由は単純明快。三池愛弓が死んだ事実を知っているからである。
彼女はきっと、わかっていたのではないか。呪いの代償――自分達が呪いを打ち破ったら最後、自分にすべてが降り掛かってくることを。わかっていたからこそ、どのような呪いを使ったのか自分たちに言わなかったのではないか。
愚かなまじないに頼る人間を、自分で最期にするために。
「ご無沙汰してます、杏樹さん」
「!あ、こんにちは……」
俯いていたので、声をかけられるまで気づかなかった。見れば、レストランに合わせて先日よりパリッとしたシャツにズボン姿のエミシがいる。ドレスコードがあるほどの店ではなかったが、一応気を遣ったらしい。杏樹は“もうちょっと私もフォーマルっぽい服にするべきだったかな”と後悔した。オフィスカジュアルくらいの柄物のスカートにワイシャツで来てしまったからである。
「ご無沙汰って言っても一週間ぶりですけどね。……なかなか、俺のチャンネルも燃えちゃってて大変なことにはなってます」
あはは、と乾いた声で笑うエミシ。
「先日は本当にありがとうございました。杏樹さんのお蔭で、鍵を見つけて屋敷から脱出できましたから。本当なら朝さんもお呼びしたかったんですが、お仕事が忙しいみたいで」
「在宅勤務で自営業みたいな私より、朝のほうがずっと融通利きませんから仕方ないですよ。ていうか、炎上って……」
「拷問屋敷の話を広めてしまったのは事実ですから仕方ないです。誠心誠意対応していくことしかできません。俺たちが解決したから、なんて言い訳はできないんですから」
「……そうですね」
エミシも、自分のところの雑誌で記事にした朝も。結局、黒幕が三池愛弓であったことは伏せた。その結果、自分達の利益にならない結果になるとしても、彼らは選んだのだ。
呪詛返しによって、彼女は十分に罰を受けたのだから、と。
「浮かない顔ですね」
エミシは席に座りながら言う。
「やはり、納得できませんか。三池愛弓さんのこと。……俺が言うのはなんですけど。愛弓さんは、全て覚悟の上だったと思いますよ。そして、俺達や……まだ生きて囚われていた原さんたちを助けるためには。他に手段はなかったと思っています」
「……それは、わかっています。わかっているんです」
でも、と杏樹はテーブルの上で拳を握りしめる。
「これじゃ……逆打優さんが、あまりにも可哀想で。もし、御本人が目覚めても、もう隣に大切な人はいはいなんて……」
彼の汚名は雪がれたかもしれない。本は再び売れるようになるかもしれない。
でもきっと彼は、彼が本当に望んだことは、これからも愛する人と共に新しい世界を作ることで。彼本人にはなんの罪もないのに、その未来が叶わないなんてあまりにも残酷ではないか。
「……この世界に、本当の意味でのハッピーエンドなんてないんですよ」
そんな杏樹に、エミシは静かな声で言う。
「誰かにとってはハッピーエンドが、誰かにとってはバッドエンド。それが当たり前のことなんです。桃太郎が鬼を退治して、英雄になった彼にとっては物語はハッピーエンドかもしれない。でも、財宝を奪われて仲間を殺された鬼とってはそうじゃないように」
「……そうですね。そうやって、割り切れたらいいんですけど」
「割り切らなくてもいいと思います。その感情は……怒りや悲しみも含めて、貴女の心なんですから。大事なのは無理に納得することじゃなくて、そういうものを抱えてもなお未来に歩みだす方法を見つけることだと俺は思います」
未来に歩みだす方法。
どんなものだろうな、と杏樹はぼんやりと思う。正直、未来の明確なビジョンなんて自分にはなかった。あの悪夢の中、館の主に立ち向かって変わろうと誓ったけれど。自分なりに勇気を振り絞ったけれど。だから、己が変われたという実感があるわけではなくて。
悪夢は終わっても、杏樹は杏樹のまま。
退屈な自分から、踏み出せた気はしなくて。
「未来のために、できることなんて。……誰かの役に立ったこともない私に、あるんでしょうかね」
お祝いの席で、こんなことを言うべきではないのに。ついついネガティブなことを言ってしまう杏樹に、エミシは目を丸くした。
「何をおっしゃいますやら。俺の命の恩人でしょ、貴女は」
「それを言ったら、ちゃんと鍵を見つけてくれたエミシさんの方で……」
「それなら、お互いに役に立ったってことでいいじゃないですか。……ていうか、今日は新しい話をしたくて声をかけたっていうのもあるんですよ」
彼は黒い革の鞄から、何か透明なファイルを取り出した。それをテーブルに並べて、ニヤリと笑う。
「単刀直入に言います。杏樹さん、俺に雇われる気ありません?」
「へ?」
雇われる?どういうこと?とポカーンとしてしまう杏樹。よくよく見れば、ファイルに入っている紙には堂々と“企画書”と書かれているではないか。
「そこに詳細は書いてありますが……ようは、俺と一緒にユーチューブで新しい企画をやってくれないかと思いまして。ようは、一緒にユーチューバーとして活動しませんか?っていうお誘いです。俺が貴女を直接雇用する形で」
「わ、私がですか!?え、え、でも顔出しとかそんなっ」
「杏樹さんなら顔を出しても売れるとは思いますが、嫌なら声だけでいいですよ。それに、この企画で杏樹さんにお願いしたいのは主にクリエイティブな方向なので」
「クリエイティブ?」
「はい。……逆打さんの作品を読んで。それから、今回の体験をして。俺も、自分なりの新しい世界を皆さんに届けたくなったんです。端的に言うとオリジナルのホラーフリーゲームを作る企画をやりたいんですよ。今は無料でもゲームを作れるアプリとかありますからね。杏樹さんにも協力してほしいんです」
「!」
まさかのお誘いだった。自分達の、新しい世界を作る。物語を届ける。はっきり言って、ものすごく楽しそうではある。昔からホラーは大好きだし、その手の知識もないことはないが。
「……私なんかで、いいんですか?その、小説も書いたことないし、スキルもないし」
人気ユーチューバーのアシスタントのようなものだとしても、自分なんかに務まるかどうか。不安をそのまま伝えれば、彼は“俺がほしいのはスキルじゃないので”と言った。
「単純に、今回共に戦った貴女と何かを作り上げてみたくなったんです。……ユーチューバーは大変ですけど、俺は毎日充実してるんですよ。こんなに自分なりの形で人を楽しませられる仕事はないと本気で思ってるので。やりませんか、一緒に。誰かの笑顔を作る仕事を」
まったく、相変わらず言葉が上手い。このノリと勢い、魅力に惹かれて彼の動画にハマった人間が何人いるやら。杏樹もまたその一人だったのだと、今更ながら思い出したのだった。
その彼に。たまたま、同じ事件の解決に協力したというだけで声をかけて貰えるなんて――こんなチャンス、きっと二度とないのだろう。
――私も、変われるかな。誰かの笑顔のために、役に立てる自分に。
渡された企画書と雇用契約書を読ませて貰い、杏樹はその場で答えを返す。
杏樹が最初に笑顔にしたのは、目の前の命の恩人だった。
獄夢 はじめアキラ @last_eden
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます