第2話・動画

「うっわ、マジ怖い……」


 ネットニュースを見ていたWEBライターの小倉杏樹おぐらあんじゅは思わず呟いた。世の中には酷いことをする人がいるらしい。アパートで、専業主婦の女性がバラバラ死体になって発見されたというのだ。

 被害者の名前は、木村百合絵、四十四歳。ご近所とも交流があり、しょっちゅうお隣さんと井戸端会議をしている類の明朗快活な女性だったという。写真が出ていたが(被害者の写真をおいそれと出すのはどうかと思うが)恰幅の良い、気立ての良さそうなおばちゃんというビジュアルだった。

 その女性の家に夜中にこっそり侵入し、彼女を惨殺した犯人がいたというのである。ちなみに彼女の夫は丁度出張で家を空けており、宿泊先の大阪のホテルでアリバイが確認されている。そして、夫婦には子供はいなかった。アパートには、彼女が一人で寝泊まりしていたというわけだ。

 彼女は自分の布団の上で、両手両足を切り刻まれた状態で発見された。彼女の四肢は根本から切断され、寝室の隅に乱雑に転がされていたという。恐ろしいことに、その両腕両足の傷は全て生活反応があった。ついでに暴れた形跡もあり、どうやら生きたまま両手両足をノコギリのような刃物で切断されたというのである。


――グロいグロいグロい。ただ切り落とすだけでもやばいのにノコギリなんて超残酷じゃん。犯人の趣味ヤバすぎー。


 うげえ、と思いながらマウスのホイールを動かし、ページをさらにスクロールする。そこまで書く必要ある?というかその情報はどっからなの?というくらいニュースにはやたら詳細に被害者の死の状況が乗っていた。ひょっとしたら適当な伝聞も入っていたのかもしれない。よくあるアレだ、“関係者によると、っていうその関係者って誰?”である。事件関係者、みたいな言い方をしたからって警察関係者とは限らない。下手したら、アパートの前をたまたま犬の散歩で通りがかった普通の人、なんてこともあるのかもしれないのだから。

 この事件の不審な点は三つ。

 一つ目は、その女性が死んだアパートの部屋には鍵がかかっていたこと。つまり密室殺人だったということだ。ただ、このアパートは相当年季が入っていて家賃も安いものであったらしく、鍵もあまり精度が高いものではなかったらしい。つまり、複製しようと思えば複製できたかもしれないし、多分ピッキングは仕えただろうということ。そう考えると、完全な密室とは言い難いのかもしれない。

 二つ目は、近隣住民が一切争う音や悲鳴を聞いていないこと。先述した通り、彼女は生きたまま両手両足を切断されて殺されている。こんな死に方をして、一切声を上げないなんてことはありえない。よく“猿轡をして悲鳴が上がらないようにする”なんて漫画なんかではあるが、あれだって呻き声まで防ぐことはできないのである。

 壁の薄いアパートだ。派手に暴れて、派手に呻き声が上がるのに誰も気づかなかったなんて、そんな馬鹿なことがあるだろうか。ましてやみんなが寝静まった深夜、少しでも不審な音がしたら気付いた人間はいくらでもいただろうに。

 さらに三つ目。実は、彼女が発見されるのと同日、彼女の妹である木村百合可きむらゆりかも死体となって発見されているのである。彼女は数日前から旅行に行って、そこで行方がわからなくなっていた。百合絵に関して何か事情を知っているのではと彼女のことも探してみようとしたら、同日に発見された妙な死体が木村百合可だと発覚したのである。

 妹の方も悲惨な死体だった。というか、木村百合絵の死にざまがマシに見えるほど原型を留めていなかったのである。明らかに、何十キロ、何百キロと未舗装の道を引きずられたような死体だったのだ。全身傷だらけ、市特に顔周りは擦られてズタズタになり、まともに目や鼻も残っていなかったのだとか。どこかに落としたのか身分証の類もなかったため、身元特定に非常に時間がかかってしまったのである。


――ミステリーじゃん。いや、ホラー?そういえば……人を肉塊になるまで引きずる系の都市伝説もあったと思うけど。……あ、でもあれは鋸で人の手足を切断するなんて話ないしなあ。


 果たして、姉妹は誰に殺されたのか。同じ人間に殺されたのか、あるいは別々に事件に巻き込まれたのか。令和の世に、まさかこんな凄惨な事件が起きるとは、と思わず身震いしてしまった。

 ちなみに、百合可の死体が見つかったのは公園のしげみの中であったということ。人気の少ない公園だったので死体が見つかるのが遅れたのでは、と言われている。七月の群馬ということもあり、死体は暑さで腐乱してさらに酷いことになっていたのだそうだ。


――あ、あんま深く想像するのやめとこ、うん。


 ホラーが大好きな杏樹だが、それはあくまで“自分に降りかかってこないもの”だから楽しいのである。まず実際に遭遇しないであろう都市伝説とか、行かなければ危険なことなど何もないホラースポットの話とかを調べるのが好きというだけだ。実際に人が死んでどうのこうの、というのはホラーというよりミステリーやサスペンスの類である。いや、人間が怖いサイコパス系の話も、一応ホラーの領分なのかもしれないが。


――ホラー映画とか好きだけど、痛いのはちょっとなー。やっぱ、オバケが怖い話の方が良いや。現実味ないし。


 欠伸を一つ。ちらり、と時計を見た。あと三十分だけ休憩したら作業を再開しようと決める。テレワークの良いところは、自分のペースで好きなように休憩時間を決めて作業ができるということだろう。

 感染症の影響で、日本でも自宅でできる仕事を募集しているところは増えた。杏樹も二年前に転職したクチである。現在はネット上のブログ記事を書く仕事をしている。といっても難しい取材が必要なものというわけではなく(無論、取材して書いてもいいが)、ネット上に散らばった特定の知識を集約して、三千文字くらいのブログ記事にして提出するという仕事だ。

 時間を縛られずに仕事ができる反面、完全出来高制なので数をこなさないとまともな収入にならない。ただ、やればやるほど収入が増えるとあれば俄然やる気も出るというもの。かつての職のように、通勤に無駄に時間を取られるなんてこともない。会社に行くだけで億劫になっていたことを踏まえるならば、今の仕事は収入が減っても完全に自分向きなのは間違いなかった。

 確かにお金は大事だ。でも、そもそも続けるのがしんどい仕事では長持ちしないというものである。


――ていうか、片道一時間、実働八時間、実質拘束九時間って。……ほんと、今までの仕事がどんだけ非効率だったかよくわかるわー。


 嵐の日に無理やり出勤するなんて風邪引いちゃいそう、だなんて以前友人に言ったら“あんたまだ二十代なのにババくさいな”と苦笑されたが。健康は、いくつになっても大切なものではあるまいか。一応まだ二十代とはいえ、杏樹も三十路手前。若いというほど若くないのだから尚更に。


「あと三十分、かあ」


 自分で決めた休憩時間なので、多少融通はきくが。それはそれ、ちゃんと守ることにしないとずるずると作業が長引いてしまうことになる。メリハリはつけなければ。


「んじゃ、動画一本見れば丁度良いかんじ?」


 キッチンに立ち、コップに冷たいお茶を入れて戻ってくる。パソコンの前に再び座ってユーチューブのトップページを開くと、フォローしているチャンネルの新着のお知らせがずらりと並んでいた。その中でひときわ目立ったのは、オカルト系ユーチューバー“エミシ”の新着動画だ。


『アイアンメイデン、スペイン靴、水責め!あらゆる拷問が揃った拷問の屋敷……その悪霊に目をつけられたら逃げられない!』


 またまた、派手なタイトルを付けたものである。二十五分、丁度良い長さではある。ユーチューブに堂々とアップできているあたり、内容は言うほどグロテスクでもないのだろう。杏樹はぽちり、と動画をクリックした。

 オカルト系ユーチューバー、エミシ。

 チャンネル登録者数は、圧巻の五十二万人。まだユーチューバーを始めて三年と考えるなら、この登録者数の伸びは脅威の一言に尽きるだろう。内容そのものはわりとありきたりな“都市伝説やオカルトスポットの怖い話を集めてみました”というものなのだが、なんといっても本人のトークが面白いのである。

 また、絵も非常に味がある。本人が自前のイラストを踏まえて紹介してくれる内容はなかなかに可愛らしく、そういうこともあって女性ファンを中心にファンが増え続けているのだという。いずれ百万登録者達成も夢ではないのでは、と言われていた。本人も顔出ししているが、お洒落で優しげなおじさんのビジュアルも結構ウケているのかもしれない。


――すっごいな。この間もイベントに出てたばっかりなのに、もう新作アップしてるなんて。


 新作の投稿日時を確認したら、なんと一時間前だった。たった一時間で、既に閲覧数が凄いことになっている。今日平日なのになー、なんて思ったが近年はテレワーク者も多い。自分みたいに自宅で仕事しながら、スキマ時間に動画を見ている人も少なくないのかもしれなかった。


『呪いが追いかけてくる、拷問の館!』


 広告が終わると、おどろおどろしい音とともに不気味な赤いテロップが出る。直後、“どうもこんにちはー!”と明るい声でエミシが挨拶に出てきた。


『皆さんこんにちエミシ!というわけで、最近はリクエストも多かった、拷問屋敷についての話をまとめてみようと思います。拷問屋敷、っていう都市伝説は前々からあったけれど、どういうものかよくわかってないって人が多かったんですよね。いやあ、私もです。今回はそれを調べる良い機会になりました』


 どん、と彼は画面を押し上げるようなポーズをする。すると演出が発生し、画面が可愛らしい紙芝居のイラストに切り替わった。

 おなじみ、エミシの“子供の落書きみたいな可愛らしい絵”の紙芝居劇場である。


『ええ、拷問屋敷というものについて、まずかかるーく説明していきましょ!この屋敷はですね、かつて山梨県の村に実在した建物だというのです。山梨県の山奥に、みぞる村という村がありまして、そこにお金持ちの男の人が立派な御屋敷を建ててたんですねー』


 彼が説明すると、とことこと絵が動く。同時に“山梨県〇〇群みぞる村、という文字が表示される。棒人間のような男が村の中に入っていく絵の後、村?っぽい絵の中にででーんと大きな洋館が出現した。他はデフォルメなのに、洋館だけやたら上手いのがミスマッチで思わず笑ってしまう。


『で、この男が何でこんなにお金を持っていたのかわかりません。戦後すぐに、なんかのビジネスでものすごい成り上がったなんて節もありまりますが、時代が時代なので記録が残ってないのです。……え?絵が残念で緊張感がない?もう、しょうがないな!』


 彼が一人ノリツッコミをしたところで、資料動画が出た。何やらボロボロの、いかにもお化け屋敷っぽい洋館の映像が表示される。あくまで資料映像です、と下の方にはテロップが。


『では、もう少し真面目にお話しましょう!……この拷問の屋敷と……その男がどれほど恐ろしいサイコパスだったのかという話を』

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