第4話 俺の決断

 一週間後だったと思う。俺が転職に備えて家で地味に勉強していた時だった。マダムを紹介してくれた知人から電話がかかって来た。多分、マダムから苦情の電話があったんだろうと思った。


「俺・・・もう援交やめるわ。せっかく紹介してもらって悪いけど」

 俺は最初にそう宣言した。

「そっか。もう、いいって、その件は。緑小路さん、行方不明なんだって」

「え?どうして?」

「いや、知らないけど、今日家に電話したら今行方不明になってて、捜索願を出してるってよ」

「えー!!!」


 俺はあのおばさんが俺に振られてたショックで、山小屋で自殺でもしてるんじゃないかと怖くなった。でも、あの状況で一緒に行ったら、自分がどうなっていたかわからない。気絶させられて、監禁されてただろう。あのおばさん、俺をすごく気に入ってて、あなたをチンパンジーみたいに檻に入れて飼いたいと言ってやがったからだ。もう嫌だったけど、小遣いが欲しくて行ってしまった。だけど、その旅行を最後にしようと思っていたんだ。


 俺は警察に行くかどうか迷った。


 で、結局、後から何か証拠が出てきて怒られるよりはと思い直して、警察に行って事情を話すことにした。


「緑小路さんとは、知り合いの紹介で出会いました。会ったのは4回だけです。普段は連絡先も知りませんでした。僕が電話すると、お手伝いさんが出て、若い男から電話が来たって思われるからだそうです。


 3回目に会った時に、一緒に温泉に行こうと言われていたんです。付いて行ったら物置みたいな建物で、怖くなったんで逃げたんです。俺を小屋に閉じ込めて、監禁する気がしたんで・・・前からそんなことを言ってたんです。僕をペットにして家で飼いたいって言ってましたから。結局、金持ちって、俺みたいな庶民は人間扱いしてなくて、金で買えると思ってるんです。


 死んだ人に悪いですが、クソババアでしたよ。『あんたなんか、一生働いても3億くらいしか稼げない。しかも、月の小遣いなんて数万でしょ?何のために生きてるの?資本主義の奴隷みたいじゃない?多少顔が良くても、安月給であくせく働いて、ホテルのスイートルームなんて、一生泊まれないし、ベンツにすら乗れないのよ。そんな人生つまらないでしょ。あなたの取り柄は若さだけじゃない』


 そんな風に、俺のことをずっとけなしてました。何がしたかったのかわかりませんでした。うるさいお母さんみたいでした。人使いが荒いわりには、3万しかくれないし。


 でも、別れた後は知りません。僕は5時間くらい川沿いを歩いて逃げて、釣りをしていた人に助けてもらって、〇〇駅まで送ってもらいました。名前も覚えてます。連絡先を聞いて、後からお礼の電話をしたんで・・・」


 警察の人たちは俺の話を複雑な表情で聞いていた。

 警察の人だって俺と大して変わらないんじゃないか?

 民間みたいに、リストラされる心配はないだろうけど。


「緑小路さんは、色ボケというか男好きでした・・・。全然、楽しくはなかったです。純粋にお金のために会ってました。え?僕が疑われてるんですか?でも、僕車好きじゃないし、ポルシェ盗んでも仕方ないし・・・ポルシェ盗んだら、車で逃げますよ。沢に降りて行った時は、死ぬんじゃないかって思ってましたから。川に沿って歩くのって本当に怖いんですよ。何度も川にはまるし、滑るしで・・・。もう助からないと思ってました」

「で、あなたを緑小路さんに紹介したのは誰ですか?」

「羽鳥と言う人です。〇〇デパートの外商をやってる人で」

「どういう知り合いですか?」

「どうやって知り合ったのかなぁ・・・もう覚えてないですが、合コン仲間です。彼は大手百貨店に勤めてて、そこそこ稼いでいて、顔もわりとかっこいいので、女性受けがいいんです。最初のうちは緑小路さんのお相手もしてたそうです。でも、気が多い人なので、別の人を連れて来てと言われたから、僕に声を掛けたそうです」

「何であなたに?」

「失業してるので・・・平日の昼間時間があると思ったんでしょう」


 警察はやはり俺を疑っている気がした。

 でも、俺は本当にやってない。

 もし、やってたら川沿いに帰ることなんかないだろう。

 俺はあの日、死ぬほどの恐怖を味わっていたんだ。

 あれが夢だったなんてことあるはずがない。

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