第2話
新条まなみ。17歳。黒髪ストレートのロングヘア―で、誰もが振り返るような美少女。清楚な見た目と穏やかな性格。さらに巨乳! 特技はピアノとバレエで、ピアノは演奏会に出られるほどの腕前。好きなものはケーキと猫。お嬢様校として名高いS女学院に通っていて、部活は弓道部。
ここまでが、今ある彼女の設定だ。細かい設定を入れるともっとある。
そもそもの始まりは数週間前に遡る。いつも集まるメンバーで誰が一番もてなさそうか、というしょうもない話の時に、ぶっちぎりで僕に票が入ってしまった。
あまりにも悔しかったので、苦し紛れについこんな事を言ってしまった。
「黙っていたけど、実は彼女がいる」
名前はその時ハマってた漫画のヒロインと好きな声優から取った。疑う奴らに見せるために、架空の彼女と行ったデートの写真や、SNSのやり取りを作って見せた。話していくたびに彼女の存在は僕の中でも現実味を帯びてきて、最初は苦労していたデートでの会話も、近頃はすらすらと出てくるようになってきた。
僕の事だけを愛し、僕だけを見ていてくれる最高の彼女。
でも、まなみは所詮僕が作った架空の彼女。会って話す事はもちろん、電話で声を聞く事もできない。
クラスの上位カースト達が現実の彼女としているだろう事を妄想し、頭の中で恋愛ごっこしているだけ。実際の僕は、部屋で一人ぼっち……。
僕は心に広がる虚しさを紛らわすため大きくため息をついた。だが当然そんな事で虚しさが消えるわけもなく、力なくベッドに倒れこむ。
「まなみが、現実にいれば良いのにな……」誰に言うでもなく、僕はぽつりとつぶやいた。
ぴんぽんぽんぽんぽん、ぽろん
突然、携帯電話が鳴った。こんな時間に誰だろう? 僕は携帯のディスプレイを覗き込んだ。
「まなみ」
発信者はそう記されていた。僕はしばらく誰からの着信なのか理解できなかった。だって僕の知り合いに「まなみ」なんて人はいない。そう、現実には……。
もしかしたら間違い電話かもしれない。しばらくしたら鳴りやむだろう。そう思って待ってみた。しかし着信音は一向に鳴りやまない。軽快だが無機質な電子音が部屋にこだまする。
きっと向こうは間違いに気づいていないんだ。こんな時間になんて迷惑な事だ。
さっきまでの虚しさは苛立ちとなって、電話の向こうの知らない誰かに向かった。
一言文句言ってやる。——僕は乱暴に通話ボタンをタップし、携帯を耳に当てた。
「もしもし? こんな夜に迷惑——」
「あ、やっと繋がった! よかったぁ! 何かあったのか心配しちゃった」
電話の向こうからは、女の子の声が聞こえてきた。聞き取りやすいが、どこかおっとりとした声。電話越しにでも伝わってくる如何にも清楚で可憐な美少女の声だ。
「もしかして、忙しかった? ごめんなさい。いつもこの時間に電話してるから、大丈夫かなって思ったんだけど……」
声を出す事が出来なかった。あり得る筈がない。それくらいイメージ通りの声が僕の耳の奥へ流れ込んでくる。声だけでも、頭がじーんとしびれるようだ。
一回落ち着こう。きっと色々考えすぎで似てるように聞こえるだけだ。「間違い電話ですよ」と一言言えばそれで終わり。
なのに僕は、その一言を言う事ができなかった。
「ねえ、どうしたの? やっぱり何かあった…?」
電話の向こうで彼女が心配そうに聞いてくる。その声と妄想での彼女の不安げな顔が頭の中で重なった。存在するはずのない“その子”が、確かにそこにいるように感じられた。
「……まなみ、ちゃん……?」僕は確かめるように呟いた。
「え? うん、そうだよ? まなみだけど……」
「まなみって、新条まなみ? S女学院弓道部で、ピアノとバレエが特技の……?」
「う、うん、特技かどうかはわからないけど、そうだよ? どうしたの? 急に」
「ぼ、僕の名前はわかる!?」
「え? もちろんだよ。彼氏の名前、忘れるわけないじゃない……」
彼女は恥じらいながら、僕の名前と、ご丁寧に僕の学校名と帰宅部である事まで添えて口にした。確かにどれも僕のものに違いなかった。という事は、やっぱり彼女は間違いなく“僕の彼女の新条まなみ”という事だ。僕の頭の中にしかいない、存在するはずのない彼女からの電話なのだ。
「でも、どうしたの急に? 本当に何かあったの?」
「い、いや! なんでもないよ!」
「本当にぃ? 怪しいなぁ……。何か私に隠し事してない?」
「隠し事なんてないって!」
「ん~、しょうがないなぁ。じゃあ信じてあげる」
くすくすと笑いながらまなみが言う。きっと電話の向こうでは、あの大きな瞳がいたずらっぽく揺れているのだろう。
「それで、何か用?」僕は取り繕うように聞いた。
「えっと、用って事もないけど……声聞きたくなっちゃって」
さっきまでのいたずらっぽさとはうって変わって、今度は恥じらいながらも甘えた声でそう言ってくる。
その時僕は一つの考えに思い至った。ひょっとしたらこれは、誰かがいたずらで電話してきたんじゃないか。僕に彼女がいない事を知って、僕をからかうためにこんな手の込んだ事をしているのではないか。
なんともめちゃくちゃな推理だが、架空の彼女からの電話よりは信ぴょう性がある。
「そ、それはごめんね! 勉強に集中してて気づかなくて」
「え? 何かあったの?」
「前回の中間テスト、あんまり成績良くなくて親に怒られちゃって」
「そうなの? でも偉いね。私も頑張らないと」
「まなみちゃんはもう十分成績良いんだから問題ないでしょ?」
「そんな事ないよ。最近は少し落ちちゃってるんだ。君と一緒にいるのが楽しくて、つい勉強よりそっちを優先しちゃって」
「おいおい、僕のせいにするなよな」
「えへへ、ごめんなさぁい」
耳元から届く彼女の声がとても心地よい。偽物だとわかっていても、つい心が躍ってしまう。もし現実にまなみがいれば、こんなふうに冗談を言いながら笑い合っているんだろう。
「そういえば、来週のお休みはどうする?」
「どうするって?」
「だって、最近は毎週末デートに行ってるから、来週も行くかなって」
確かにここ最近は毎週末デートに行っている設定だった。何故なら毎週いつものメンバーが僕とまなみのラブラブ話を聞きたがってくるからだ。でもその事を知っているという事は、このいたずらの犯人はあいつらの誰かかもしれない。
「そうだったね。でも、勉強良いの? 成績落ちてるんだろ?」
「た、たまには息抜きも必要なんです! それとも、君は私とデートしたくない……?」
「そ、そんな事、ないよ」
彼女のがっかりした声に思わず反応してしまう。その甘えたような声も、僕の中のまなみそのものだったからだ。
「よかったぁ。じゃあ、なにしよっか? 先週は水族館に行ったけど」
「じゃ、じゃあショッピングとかどうかな? 駅前で待ち合わせて」
「あ! 賛成~! ちょうど新しいお洋服見たかったんだぁ。一緒に選んでくれる?」
「もちろん! でもまなみちゃんはどんな格好でも似あうからな」
「そ、そうかな? でも、君の好きな格好も知りたいし。あ、エッチなのはダメだよ?」
「わかってるって!」
受け答えの一つ一つが、僕の思い描くまなみのそれと一致する。本当にまなみと話しているように錯覚してしまう。
「何時にどこで待ち合わせようか」
「それじゃあ、いつもの喫茶店で待ち合わせましょう」
「いつもの……って」
「ロータリーの目の前のところ! いつも私達そこで待ち合わせてるじゃない」
そんな設定まで覚えているなんて——。ここまで知っているとは、間違いなくあいつらの誰かだ。僕は確信した。いったい誰の伝手でこんな女の子見つけて来たのか……。
もしかして斎藤さんの繋がりかな——。昼間の疑わしそうな視線が頭を過った。
「どうかした?」
「な、なんでもない! じゃあそこに、11時とかでどうかな?」
「うん、いいよ! すっごく楽しみ!」
「僕も楽しみだよ」別の意味でね——。心の中でそう付け加えた。
「じゃあ、お勉強中にごめんね。あんまり無理しちゃだめだよ?」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、まなみちゃん」
「うん! えっと……好き、だよ。えへへ、おやすみなさい!」
その言葉を最後に電話は切れた。好き、という言葉は、偽物だとわかっていてもときめいてしまう。
「彼女は何者なのか、誰がこんな手の込んだ事をしているのか。来週のデートでたしかめなくちゃ……」
もう着信の切れた携帯をにらみながら、僕は静かにそう呟いた。
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