第8話 悠久の初恋

  シオンは、ある思い出に耽っていた。目的のわからない永遠の旅をしている彼女には、多くの名前があり、地域によっては信仰の対象にもなっていた。その名前の一つ、鳳凰と呼ばれる昔の中華の国を飛んでいる頃、突然、平衡感覚が奪われ、彼女は墜落した。おおよそ200年に一度、転生の時期が来ると、彼女は飛行する力を失う。やがて、その大きく目立つ体を隠すために、転生時には、他の動物の姿を擬態し、しばらく隠れることを覚えた。今回、墜落寸前に、彼女は遠い昔に、はるか上空から戦乱に巻き込まれて、幼くして死んだ少女の姿を哀しみの目で目撃をしたことを思い出した。


  気がつくと、ある山小屋で横になっていた。ある若者に救われたらしい。


 「名前は?」


あまり人と話すことが苦手なのか、その若者は、言葉というよりも単語を

発するだけの喋り方だった。


 当時、シオンは人の言葉が使えるようになっていたが、自分で名前を

 名乗ることはなかったので、好きな言葉を適当に繋げて、答えた。


 「林緑(リンリョク)」


 その若者は、「良い名だ、リン。」


 と答えると、作っていた粥を差し出した。


 口数は少ないが、その若者は、いつも人里離れた山小屋近くの頂から、

 平野部を見つめ、考え事をしていた。その若者は、大群を率いる将軍だった。

 その若き将軍は、常に全身に孤独纏い、もうすぐ、大群を率いて、大きな戦に

 出ると言った。彼は、死を覚悟していた。


 「兵の前では、情けない姿は見せられんからな。」


 リンは、その若者の孤独に惹かれて、生まれて初めて恋に落ちた。

 その影響なのか、転生は起きなかった。少女のまま、その若者と

 数日を共に過ごした。その若き将軍は、隠れ家を出る際に、


 「リン、俺はもう国なんぞいらん。過去の因縁にケリをつけて戻る。

  ひと月経って、俺が戻らなければ、ここを去れ。」

  と珍しく、長い台詞を残して、立ち去ろうとした。


  リンは、悲しみを感じることはこれまであっても涙が出たことはなかった。

とっさにリンは、左手の薬指を刃物で切り、自分の血を茶色の小瓶に詰めて、

泣きながら懇願した。もし、大きな怪我をした時はこの秘薬を飲むようにと

小瓶を渡した。



  一か月が過ぎた。その若者は戻らなかった。リンは、その若い将軍の死を

 悟った。するとリンはの転生がはじまり、鳳凰として再び大空に舞い上がっ

 た。転生するとしばらくは、記憶の混濁が起きる。その頃のシオンも、人間

 の単位で数十年は記憶が朧げになる。記憶が戻ると、あの山小屋での短い

 数日を思い出しシオンは泣いた。

 

  後世にシオンは、リンの姿で訪れた山荘の主人である諸葛亮孔明から、

その若き将軍の最期を聞かされた。その若き将軍、項羽は、戦の天才であり、

勇敢な戦士であり、最高の軍略家だったが、情が薄く、人心を掌握できず、

最期は、周囲の全てが敵となり自害したという。


  でも孔明は、言った。

  「情のないものに大業は果たせない。

   それに彼の死骸は見つかっていない。

   だから、自害は劉邦の流した嘘だ。」


  リンは、目の前の若者にも項羽と同じ雰囲気を感じていた。


「ちょっと、いいかな!」


 物想いの最中、スライスたちが突然やってきて、みんな揃ったから、

 今後を決める大切なミーティングに入るよ、と言ってきた。

 

 「このアパートの管理人室、101号室に集合!」


 その部屋に入ると、和風とも西洋風とも異なる豪華な屋敷につながっていた。


「これから、管理人さんであり、今回の戦いの指揮官を紹介するね。

 それにみんなを集めることを提案した人物も彼なんだ。

 台湾項上グループ総帥、項閣さんだ。世界的なお金持ちだよ。」


 シオンは、まず驚いた。姿をあらわしたのは、遠い昔に山荘で項羽のことを

 教えてくれた諸葛亮孔明だった。孔明は、シオンの姿を見つけると、

 少し微笑み、語りかけた。


 次に姿を現した人物も、シオンの知った顔だった。

 死んだはずの若き将軍項羽だった。

 シオンは何百年ぶりに涙が出た。

 項羽は、シオンの血により、不死の体を手に入れ、スライム一族と出会い、

 この世のあらゆる英知を学んだ。


 「リン、君の相棒は、俺だよ。」と近づいてきて、耳元で囁いた。


  孔明が、優しい眼差しでみんなを見つめて、

  

  「さて、君たちのことだから、もう察しはついていると思うが、

   この世界の全てを滅ぼしにやって来る、正しくは、この地球に

   戻ってくるのは、かつて神と神の使徒と呼ばれた異星人だ。」


  項羽は、

  「この地球に存在するすべての世界を滅ぼし、生命を滅亡させ、

   また新しい実験でもするのだろう。彼らからすれば人間も天使も

   悪魔も幻獣もすべては、試験官の中のホムンクルスかキメラに

   過ぎない。僕は、そんな横暴を許さないし、無責任な奴らの

   なすがままにならない。相手は、ゼウスであり、オーディンであり、

   シバであり、アマテラスだ。

   強大すぎる敵だとは分かっている。

   でもお願いだ、一緒に戦ってくれないか?」


   

   そこにいた、みんなの目に異論も恐怖の色は見えなかった。

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いつかくる滅亡に備えて(Before the Doom Day) Judo master @Judomaster

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