第7話 矛盾の怨霊

   「なぁスラップ君、天使の世界にいると人間の営みが羨ましくなるんだ。

    天使も悪魔も無理さえしなければ、この世から消滅することはない。

    だから、悪魔も天使も怠惰ほとんどが怠惰になる。

    有名な悪魔も天使も努力するから有名なんだけど、

    それに比べると、人間は、非力だし短命だけど、努力する。

    それだけに天使に悪魔も予想できない偉業を達成する。」


  「グレイは、一体何が言いたいの?」


  「僕は不安なんだ。僕のような中途半端な天使と組んでくれる人間は

   果たしているのだろうか?しかも、この戦いは雰囲気から察すれば

   勝ち目が低い強大な相手だと思う。そんな僕に力を貸す人間なんて」


  「心当たりはないの?」


  「あるよ、ずっと心惹かれていた最強の怨霊がいるんだ。

   彼女は無実の罪で処刑された。その恨みの深さゆえ、

   地獄でさえも扱いに困ったまま封印された悲しき人間の魂があるんだ。

   その場所には大天使も大悪魔も近づかない。

   その彼女を僕は仲間にしたい。」


   「それって、まさか、あのオルレアンの乙女のこと?」


   「そう、聖女として神に身も心も捧げながら、異端者の汚名を

    着せられ、魔女として生きたまま焼かれた、あのジャンヌダルクさ!」


   「僕は彼女は聖霊レベルに昇華したと思っていたけど、違うんだ!」


   「人間の法皇が形ばかり、プロパガンダ的に彼女の罪をなかった

    ものとして無罪を宣言して、さらには聖者扱いしても、魔女裁判に

    かけて処刑した事実は変わらないし、そんなものは怨霊と化した

    彼女には何の魂の救済にも、穢れの浄化にもならないよ。」


   「大丈夫なのかい、悪魔も天使も近づかない相手なんだろ、グレイ?」


   「悪魔は、彼女が本来持っている聖なる力が怨霊化したことで狂気の聖を

    帯びていることが怖くてたまらない。天使は、自分の聖なる魂も黒く

    染めることができる、凶暴な闇の力に怯えているのさ。まさに、

    矛盾した力を持っている怨霊さ。」


   「君には策があるんだろ!?」


   「微かな、ほんの一縷の望みなんだが、僕の聖なる天使にして、

    邪悪なる堕天使のこの矛盾した力なら、彼女と対峙できる。

    その僕の持つ穢れでもあり浄化でもある矛盾した異能力なら

    何とかなるかも知れない。」


     二人は、地獄界と魔道国とアストラル界が交わる特異点に着いた。

    ここは、煉獄とも呼ばれるところで、天使にも悪魔にも手に負えない

    強烈な魂が閉じ込められているゾーンで封じ込められてはいるが、 

    アークデーモンでも、アークエンジェルでさえも、彼ら煉獄の住人の

    能力は封印できない。力の弱いものが近づいただけで、命もろとも

    その全てが吸い取られる領域といわれるところだった。


    ジャンヌのいる場所は、牢獄というより屋敷だった。生前、住んでいた

    場所なのだろうか、フランス調の綺麗な館だった。その入口の扉の前で

    迷っていると、

   

   「お入りになって!」 と声が聞こえた。


   二人は、逆らうことなく、彼女を刺激することを恐れ、

   素直に中に入った。そして、目の前のあまりにも清らかで

   まるで太陽の光が彼女の白い衣服に反射し、輝いているかのような

   美しい女性に心が奪われそうだった。


   「お客様なんて珍しいから、びっくりしましたわ。

    でも、あなたたち不思議ね。見たこともない小さな生き物と、

    天使とも悪魔とも判別できない不思議な男の子。」


   すると、その言葉の途中で、あまりにも清らかだった彼女は、冥界の

   女神ヘカテーの如く、漆黒のオーラを纏い、冷たく言い放った。ー

   

    「ここにきた悪魔も天使も、みんなぶっ殺して再生できないように

     して、お隣のリバイアサンのご飯にしてあげたけど、

     あなたたちはどうしてあげましょうかね。」


    グレイは、臆することなく、

   

   「僕は、グレイエール。天使と堕天使の間に生まれし、この世界に

    存在してはいけないものです。あなたにような聖女でありながら

    魔女の心を持った人にお願いがあるのです。

    僕と世界を救うために戦ってもらえないでしょうか?」


    彼女の一つの体から、二つの異なる声が聞こえた気がした。


   「ネェ、グレイエール、世界を救うって、人間を救うということなの?

    それは、お断りだわ、人間の世界なんて滅んでしまえばいいのよ!」


   「魔女のあなたはそれでいいでしょう、

    でも聖女のあなたはそれでいいんですか?」


   すると、ジャンヌは、ひどく痛むのか突然、まずは頭を抱え込み

   次に心臓あたりを抑えて、声を振り絞った。


  「私にもまだこの身を人々のために捧げたいという思いは

   残っているのです。でも、心はそれを許してくれない。」



   グレイは、その声を聞いて安堵の表情を浮かべて、


   「任せて下さい、ジャンヌ。

    あなたが願うなら、僕の血があなたの心と体のバランスを

    取るのに役立ちます。」


   魔女ジャンヌへと豹変した彼女は、左手に漆黒のおぞましい

   魔弾を作り出し


  「余計なことするんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ!」とすごんだが、


   その刹那、聖女ジャンヌは、右手で作り出した聖なる光のオーブで、

   漆黒の魔弾を消失させて、言葉を絞り出した。


  「どうか、急いでください。お願いです。」


   グレイは、素手で自分の心臓を取り出して、その一部をちぎり取り、

   ジャンヌの口の中に押し込んだ。

   

   すると、ジャンヌの体は、黒と白が混ざり合い、最初はグレーになり、

   その後、身体中が紫色に輝き、動けないジャンヌを前に、残りの心臓

   を胸に戻したグレイは、相反融合の詠唱を唱え始めた。


   少しすると、髪の半分が赤、半分が青のジャンヌダルクが互いに

   言葉を発した。

  

   「こんなふうに混ざるのも悪くないな,それにこんな風に

    自分と自由に対話できるのもいいな。」


   「そうね、臨機応変に切り替えができるのもいいわね!」


    起きている出来事に驚き、しばらく言葉を失っていたスランプが、

    決め台詞を言う余裕ができた。

    

   「ヤァ、僕の名前はスランプ。スライムです。

    僕たちの仲間になって、世界を救う戦いをしませんか?」


   「そうね、

    どんな強い相手でもこの聖堕天使ちゃんとなら、やれそうだわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る