ヒルデガルダ(前)

ヨルズノートの邸にスフォルツァンド公爵が訪れている頃、ヒルデガルダは王宮の外れにある〈閉縛の塔〉の前に来ていた。


ここに今回の断罪劇に関わった罪人が収監されている。


本来なら国王しか鍵は開けられないよう魔法陣が組み込まれているが、ヒルデガルダ達はポンコツ国王を信用していないので、ヒルデガルダ、フレイヤ、ヨルズノートだけが開けられるように魔法陣を書き換えていた。


ヒルデガルダは扉に手を翳し魔力を込めると淡い光が放ち分厚い扉がひとりでに動き出す。


一歩中に入ると扉が閉まり、闇に包まれた塔の中、一方向に小さな灯りが灯り出す。


ヒルデガルダは灯りが指し示す方向に向かって足音も立てず歩き出した。


2階に上がり灯りが途中で途切れた部屋の扉を叩いた。


出てきた人物はフードを目深に被り、小さく会釈する。


ヒルデガルダはフードの人物と来た道を戻り、入ってきた扉に再び手を翳して扉を開け二人で外に出た。


「気分はどう?

少し顔が窶れてる。」


ヒルデガルダはフードの人物に気遣うように聞いた。


「大丈夫です。

それより出して下さりありがとうございます。」


「一度した約束は守るよ。

それに貴女は今回の騒動の被害者でもあるんだから。

今から漆黒の塔に行くけどいい?」


フードの人物は頭を深く下げお礼を言うが、断罪前から助ける約束をしていたのでヒルデガルダは約束を果たしただけだ。


「両親の形見を取りに行きたいのですが、宜しいでしょうか?」


遠慮がちに頼んで来るのに、ヒルデガルダは軽い調子で答える。


「いいよ。

じゃあ手を私の手に乗せて。」


地面に使い捨ての魔術陣が描かれた紙ー魔術紙を敷きその上に二人が乗る。


魔術陣の光とともに二人が消え、魔術紙が粒子となり空中に消えていった。





煌びやかな部屋に転移した二人は目に痛い部屋を出て、廊下を歩いていく。


二人を目撃した女性が驚いて転けそうになりながら、走り去って行った。


「あの、いいのですか?」


フードの人物は女性の行先に検討がついているのだろうが、ヒルデガルダは一度に片付けたかったので構わなかった。


「こっちも都合がいいからね。

気にしないで形見を取ってきて。」


目的の部屋にフードの人物が入ると、バタバタと足音が聞こえ中年の男女がヒルデガルダを見て悲鳴をあげる。


「ヒルデガルダ!

今までどこにいたんだ。

探したんだぞ!」

「貴女、なんて格好をしているの?!」


中年の男女ーギリング辺境伯夫妻がヒルデガルダに近づこうとしたが、風の壁に阻まれ扉1枚分の距離を開けて立ち止まった。


ヒルデガルダ達が転移したのは王都にあるギリング辺境伯邸のヒルデガルダの部屋だった。


そして今のヒルデガルダは白シャツに黒のズボンで藍色のマントを羽織っている。


ヒラヒラした服を好まないので騎士の平服を着ていたが、ギリング夫妻には不評のようだ。


ぎゃんぎゃん喚く親を無視していると、目の前の扉が開きフードの人物が出てきた。


「あった?」


「はい、隠していたので大丈夫でした。」


胸に30cm大の家族の肖像画を抱きしめて頷いた。


ギリング夫妻はフードの人物の正体に気付き目を丸くする。


「お前、ミーミルか?」

「何故ミーミルがここにいるの?

お前は〈閉縛の塔〉に入れられたんじゃ·····」


フードの人物ーミーミルは片手で目深に被ったフードを外しギリング夫妻に会釈した。


「確かにあの後〈閉縛の塔〉に収監されましたが、先程ヒルデガルダ様に出して頂き、こちらギリング邸で使わせて頂いていた部屋に両親の形見を置いていたので取りに戻ったのです。」


ミーミルはギリング夫妻を見据え答えた。


それを聞いたギリング夫妻は怒りに震えながら二人に向かって怒鳴った。


「ヒルデガルダ!

何を考えている。こいつは犯罪者だぞ!

ミーミル、お前は我が娘を貶めようとしたくせに、恥ずかしげもなく泣きついて出してもらったのか?!」

「そうよ!

ヒルデガルダが優しさに縋ったんでしょう!

ヒルデガルダ、こんな悪女に騙されないで!!」


ヒルデガルダは二人の言い分に鼻で笑った。


我が娘?優しい?


この二人の頭には蛆が湧いてるとしか思えない。


こんな馬鹿話に付き合うのも面倒なので、さっさと終わらせようとヒルデガルダは二人に魔力の圧をかけて黙らせた。


「今日来たのはミーミルの形見の回収とあんた達をミーミルの両親を殺害した罪で〈閉縛の塔〉に収監するためだよ。」


魔力の圧を受け、四つん這いになったギリング辺境伯が肩を揺らす。


「な、何を言ってるんだ。

俺がなんで弟を殺さなきゃならん?

あいつは馬車の事故で死んだんだぞ!」


ギリング辺境伯は引き攣った醜い笑みを晒しながら否定する。


「事故に見せかけた殺人だよね。

王妃に唆されてミーミルを養女にしようとしたけどできなかった。

あんたらと違ってミーミルの両親は娘を愛してたから、正攻法で断られたから二人を事故に見せ掛けて亡き者にした。」


ギリング辺境伯は歪な笑みを更に歪めて叫んだ。


「ミーミルを養女にする為に弟を殺しただとっ?

馬鹿馬鹿しい!

証拠もなく親を疑うなど正気か?

実娘がいるのにわざわざ弟の娘ミーミルを養女にする必要などない!」


「だから王妃にミーミルが王族と結婚するとか、自分の娘が使えないとか言われたんじゃないの?

あんたは弟の使用人を買収して馬車に細工するよう指示した。

買収した使用人も殺したのはわかってるよ。」


ヒルデガルダの追求にギリング辺境伯は勝ち誇ったように返した。


「お前が言っているのはただの憶測だ。

証拠も証人もいないではないか!

ミーミルにそう言われたのか?

ミーミル、いくら両親の死が辛かったからとお前を哀れに思って引き取ってやった私の善意を踏みにじってただで済むと思うな!」


家族の肖像画を抱きしめ辺境伯夫妻を睨むしか出来ないミーミルの肩にヒルデガルダは慰撫するように触れる。


ミーミルは涙を零さぬように目に力を入れてヒルデガルダを見た。


「言ったよね。約束は守ると。」


その言葉にミーミルの瞳から涙が零れた。


ヒルデガルダは親だったモノを無表情で見据えた。


「あんたは使用人を殺すのに自分で始末せず裏の人間を雇った。

そいつを捕まえて尋問したら、あんたの名前が出たし、当時王妃からギリング辺境伯へ不明瞭な資金が流れてる。

王妃の出納簿とギリング辺境伯家の裏帳簿を照らし合わせ、王妃がこの件を自分に有利なように供述すればどうなるかわかるよね。」


ギリング辺境伯はハッとしたように動こうとしたが、ヒルデガルダは魔力の圧を強めて拘束し、ギリング辺境伯は耐えられずに吐血した。


「がはっ!

ヒ、ヒルデガルダ·····」


「もう裏帳簿は回収してるから、今更ベッドの下の隠し金庫に行っても無駄だよ。」


ギリング辺境伯は縋るようにヒルデガルダを見る。


「王妃がお前ではなくミーミルが王族の伴侶になると。

そうすれば辺境伯の交代も有り得ると言われたから!

弟に養女の件を断られた後、王妃からミーミルを引き取るなら金銭的に大変だろうと金を渡されたんだ。

もう殺すしかなかった!

仕方なかったんだ!!」


だから自分は悪くないとでも言いたいのだろうか?


「権力と金に溺れて実弟を殺しておいて仕方なかった?

おぞましい言い訳するな!

もうあんた達が何を言おうと処刑は確定だしギリング辺境伯家はこれで終わり。」


これ以上この屑の自己弁護を聞けばミーミルの心が壊れるかもしれないと、終わらせる為に自分達の末路を教えたが、屑は何処までも屑だった。


「いや、まだ終わりじゃない!

お前がギリング辺境伯を継いで王妃や王子に温情をかければ、ギリング辺境伯家はこの国で王家の次に尊ばれ私達も助かる!」


ギリング辺境伯の世迷言にヒルデガルダは一瞬にして頭に血が上った。


怒りが体を支配し考えるよりも先に体が動いてギリング辺境伯の胸倉を掴む。


「今度は誰に唆された?」


その気迫にギリング辺境伯は真っ青になり、必死に首を振る。


はれひも誰にも·····、あがっ!」


「言いたくないならいいよ。」


ヒルデガルダもそうだがフレイヤやヨルズノートがどれほどあの呪縛に苦しめられ抗い努力してきたか、ミーミルが愛する家族を殺されどんな気持ちで耐えてきたかーーー

目の前の己の欲に目が眩んだ醜悪な愚者や唆した阿呆共にはわからないだろう。


「明日には言いたくなる。」


わからないなら思い知らせてやるしかない。

自ら「聞いてください」と懇願してくるように。


怒りに染った紅玉の瞳に焼かれるような錯覚を覚え、ギリング辺境伯は虎の尾を踏んだと気づいたが遅かった。







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悪役令嬢独立奮闘記 as @-as-

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