番外編

フレイヤ

断罪の翌日、フレイヤはスフォルツァンド公爵家に訪問すると先触れを出した。


いくら貴族でも自分の家に先触れなど出さない。


それはフレイヤがスフォルツァンド公爵の娘ではなく、隠者フレイヤとして訪う事を意味している。


馬車がスフォルツァンド公爵家に着き、降りようとしたら外から手を差し出された。


フレイが困ったような顔でフレイヤを見ていた。


兄の顔を見た途端、涙が溢れ飛び降りるように抱きついた。


「無事で良かった!

あんなに血が出ててっ、どうしてよ!!」


フレイは宥めるように妹の背中を撫でる。


「落ち着いて。

僕は大丈夫だから。

あの死ぬほど不味い薬?とフレイヤの治癒魔法のお陰でもうすっかり治ったよ。」


フレイヤの涙をハンカチで優しく拭き、笑顔で完治したと伝える。


「ごめんなさい。

わたくしフレイまで操られているなんて知らなくて。

学園に入ってからは酷い態度をとってしまいましたわ。」


「それは僕も同じだ。

自分自身でどうにもできなかったとはいえ、兄として最低だった。」


フレイヤがフレイの顔をまじまじと見て、ふきだす。


「酷い顔ですわ。

せっかくの美形が台無し。」


フレイもフッと笑う。


「フレイヤも同じだよ。」


フレイヤは真顔になり、改めて兄に謝った。


「もっとフレイを信じていればあんな事にはならなかったの。

ほんっ」


謝罪の途中でフレイの手が口元に触れる。


「あの魔法がどれほど恐ろしいモノか身をもって知っているんだ。

それにフレイヤは幼い頃から未来を知っていたんだろ。

だったら気づかなかった僕の方が謝らなきゃいけない。」


「フレイが謝る必要なんてありませんわ!」


「じゃあフレイヤはもっと必要ない。

僕はフレイヤの兄様だからね。」


同い年なのに昔から兄を意識して兄様だからと玩具や好きなお菓子を譲ってくれていた。


あの時のままフレイを信じられていればよかったのだろうか。


「フレイヤ、過去を悔いても仕方ないよ。

君はあの魔法のせいで人生を狂わされた。

そして抗う為にどれほど努力したか、そのマントの色を見ればわかるよ。

あの呪縛を解いてくれてありがとう。」


「ヒルダとヨルがいてくれたからですわ。」


二人の顔を思い浮かべ自然と笑顔になった。


「良い友人を持ったね。」


兄として喜んでくれているのがわかり、今からの話し合いでフレイが傷つくと思うと躊躇いが出てくる。


そんなフレイヤの頬に触れ瞳を覗き込む。

フレイの瞳の中に迷子になったような自分の顔が映っていた。


「これだけは覚えていて。

フレイヤが何を言おうとどうしようと僕は君の兄で味方だって。」


「わたくしがどんな酷い事を言っても?」


「うん。」


「何を捨てても?」


「そうだよ。」


「ありがとう、兄様。」


久しぶりに兄様と呼んだらフレイは嬉しそうに笑って中に促す。


「父上達は応接室で待っている。

望みのままにしなさい。」


「⋯ごめんなさい。」


フレイは呆れたようにフレイヤの頬をつつく。


「仕方のない妹だよ。」


それでもそんな妹が愛おしいとフレイの表情が物語っていた。





応接室の扉をノックして中から家宰が扉を開ける。


両親は立ち上がってフレイヤに頭を下げる。


「スフォルツァンド公爵、並びに公爵夫人、今日はお時間を取って頂き感謝します。」


家族としてではなく他人として挨拶する娘に二人はショックを受けたように固まった。


「隠者フレイヤ、こちらへ。」


フレイはそんな両親に何も言わず、フレイヤを隠者として敬う態度で上座に促す。


フレイヤは兄の顔を見たが、柔らかな表情のままだった。


フレイヤが一人で二人がけのソファに座り、右横に兄が対面に両親が座った。


「本日お伺いしたのは、わたくしの私物を引き取るのと今後のアスガルズ王国の進退をお話したかったからです。」


もう娘が邸に戻ってこないと知り、公爵は痛苦の表情で公爵夫人は涙を流し娘だったフレイヤを見た。


「もう帰っては来ないつもりか?」


公爵はわかりきっている質問をフレイヤにしてくる。


「帰るとはおかしな事を。

ここはわたくしの家ではありませんもの。」


フレイヤの返答に夫人が泣きながら訴える。


「ここは貴女の家なのよ!

お願いだから戻ってきて!!」


フレイヤは母親の泣く姿にも訴える声にも表情を崩さなかった。


「捨てたものを惜しくなったからと拾うような下品な真似はお止めになった方がよろしいかと。

スフォルツァンド公爵家に泥を塗るようなものですわ。」


フレイヤの言いように公爵夫人が顔から表情が抜け落ちた。


そんな妻の肩を抱き、呻くようにフレイヤを非難する。


「それほど許せないのか。

あの場では他に方法がなかった。

捨てないと言ったはずだ!」


フレイヤは公爵を色のない瞳で見る。


「あの時公爵が言った言葉をそのまま返します。

貴方を信じられません。

そしてこれからも信じられないでしょう。

わたくしにずっと捨てられるかもしれない、利用したいだけなのかもと思わせたいのですか。

それこそ公爵の方がわたくしを許せないのではなくて?」


公爵は断罪の日に言った自分の科白を思い出したのだろう、顔を蒼白にして口を噤んだ。


フレイヤは一つ溜息をつき当初の目的を話す。


「今更な話をしに来たのではありません。

漆黒の塔はアスガルズ王国が光属性を持つ娘を引き渡し、今回の関係者の聴取を共同でするなら今まで通り助力するが、断れば今後一切協力しない。

解答期限は三日後の夜8時に受け取りに行く。との事です。」


「王家をどうするつもりなんだ。」


漆黒の塔の要求に対しては明言を避け、王家の行く末を気にかけている。


フレイヤは扇で口元を隠し、また溜息をつく。


「王家には何も。

強いて言えばわたくし達の好きなようにと言われております。」


「どういう意味だ。」


公爵は訝しげに詰問する。


「そのままの意味ですわ。

被害者であるわたくし達に煮るなり焼くなり好きにしろと。

漆黒の塔はアスガルズ王国をそこまで重要視しておりませんの。

ですから、内乱になろうが滅ぼうがそれも大陸の歴史から見れば大した事ではないと言っておりましたわ。」


公爵はテーブルをバンッと叩き前のめりになってフレイヤを睨む。


「お前の生まれ育った国が滅びても良いと言うのか?!」


フレイヤはまた一つ溜息をつく。


「人の話を聞いてまして?

漆黒の塔の意見でしてよ。

それほどお怒りなら直接賢者達に仰ってくださいませ。

それに生まれ育った国ではありますが、わたくし達に冤罪を被せ捨てたのもアスガルズですわ。

それをお忘れなく。」


公爵はフレイヤの言葉に我に返り、体をソファに預け手で顔を覆う。


「すまない。

私にお前を責める資格はなかった。」


「構いませんわ。

それほど大事なら守ればよろしいのではなくて?

わたくしは降りかかる火の粉は払いますから、王家や貴族達の動向には注意しておいて下さいな。

ヨルズノートは優しいですが、ヒルデガルダは容赦などしませんわよ。」


断罪の時のヒルデガルダを思い出したのだろう、公爵は神妙な表情で頷く。


「以上ですわ。

わたくしは使っていた部屋の整理をさせて頂きますので。」


フレイヤが立ち上がるとフレイも立ち手を差し出す。


「元自分の部屋ですもの。

一人で行けますわ。」


フレイの手を拒み応接室を出ていく。


公爵は止めず扉が閉まるまで見ているのを感じていたが、フレイヤはそのまま出て、自分の部屋に入った。


ベッドに座り緊張していた体の力を抜いた。


ノックの音がしてフレイヤはどうぞと返した。


入ってきたのはフレイで来るだろうと思っていたフレイヤは泣きそうになる。


「ごめんなさい。」


「何が?

震える手を見られたくなくて僕を拒絶した事?

あれは僕が悪い。

それとも父上達に言った内容?

あれは父上達が思い違いしてるから、気にしなくていい。」


「思い違い?」


両親が何を思い違いしていると言うのだろう。


「フレイヤは漆黒の塔を代表して温情をかけに来ただけなのに、まだフレイヤを娘として扱っている。

娘だから何を言ってもいいと思っている。

自分達が断罪で言ったことも忘れてね。

何のためにフレイヤが隠者のマントを纏っているのか考えもしない。」


フレイヤは目を見開いた。

全てお見通しだった。


「知っていたの?」


漆黒の塔は王家に通達するだけのつもりだったが、ポンコツしかいない王家に国の行く末を任せられない。


だからスフォルツァンドに警告したのだ。


王家の頭を抑え貴族が暴走しないように。


漆黒の塔入りした被害者のフレイヤ達に求めるのは筋違いすぎる。


「この先アスガルズ王国が内戦になっても民が蜂起しても、それは王家や貴族、民衆が選んだ道だからね。」


フレイヤはフレイの胸に飛び込んだ。


「辛かっただろうによく頑張ったね。

もう自分の幸せだけを考えて生きていっておくれ。」


その言葉は先程の両親との事か、それとも今までの生き方の事か。


両方だろう。


兄とて辛かった筈なのに⋯


この温もりだけは手離したくないと身勝手な欲が出てしまう。


「せっかくフレイヤが甘えてくれるようになったのに残念だな。

あのクソババアさえ居なきゃ可愛いフレイヤを手放さなくてよかったのに。」


フレイの口からクソババアなんて単語が出てくると思わず目を瞬かせる。


いたずらっ子のように笑うフレイにもう一度抱きついて二人で笑いあった。

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