3

フレイヤは信じられない思いで自分を庇った人物の名を呼んだ。


「フレイ、どうして?!」


深く切りつけられ背中から大量の血が流す兄を、フレイヤは現実とは思えなかった。


兄は自分を嫌っていたのに。


「レイ!

治癒魔法を!

ヨル、スペシャルドリンク持ってる?!」


フレイヤはヒルデガルダの声にハッとして急いで治癒魔法を使う。


ヨルズノートは隠蔽魔法を消し、フレイヤの傍に行きシリンダーに入った茶色だか緑色だか判別のつかない液体を取り出した。


ヒルデガルダはフレイの意識を落とし、顎を掴んで口を開かせ液体を流し込んだ。


意識を失わせたのは流し込んだ液体が、邪竜との戦闘後に飲まされた賢者ヘイムダル特性の回復薬と栄養剤と増血剤が混ざったスペシャルドリンクだからだ。


意識があれば暴れて吐いてしまう可能性大の不味さを知っているだけに気絶させたが「ぐあっ!」と呻いている。


「ヒーたんもこんな感じだったんだよ。」


ヨルズノートの同情するような声に覚えていなくてよかったと思った。


それでも容赦なく三本スペシャルドリンクを口に入れ、魔法で無理矢理嚥下させる。


呻き声は止まなかったが·····


傷も塞がり顔色も落ち着いているフレイを泣きながらフレイヤは抱きしめた。


「なんで庇ったんよ?

私なんてもうどうでもよかったんとちゃうの?」


フレイヤは兄の行動がわからなかった。


学院に入ってからフレイヤを無視するようにフォルセティの傍にいたのに。


フレイヤがフレイを抱きしめ続けているのを、ヒルデガルダは落ち着くまでそのままでいさせる為に、己がロキに対峙した。


呆然とフレイヤ達を見ていたロキは目の前に立つヒルデガルダを見て、狼狽した。


「こんなつもりじゃなかった。

フレイを傷つけるつもりなんて·····」


「フレイヤだったら傷つけても殺してもよかったって?

ふざけんな!」


ヒルデガルダは一瞬でロキの間合いに入り、剣を持った手をひねり揚げ、痛みで剣を落としたロキの両頬と鳩尾を殴り両腕を折った。


「ぎゃあああ!!!」


ロキの叫びに周りも騒然とする。


「ロキ!」


シグルドが床に叩きつけられ失神しているロキに近付きフォルセティを呼ぶ。


「フォル、ロキに治癒魔っ、ぐあっ!」


シグルドが言い終わる前にヒルデガルダの蹴りでシグルドが後方に飛んだ。


「何をしているんだ!」

「誰か止めて!」


周囲はヒルデガルダが乱心したと思い止めようと叫び出した。


国王が立ち上がり手をあげると、近衛の服を着た騎士が会場に入ってくる。


「そなたは自分が何をしたかわかっておるのか?」


国王の厳しい声にヒルデガルダは国王に体を向ける。


「この屑が武器を持っていないフレイヤに襲いかかったのです。

正当防衛ですよ。

それなのに阿呆王子が屑を治そうと馬鹿な発言をしたので止めただけですが何か?」


国王さえ馬鹿にしたような発言に真っ赤な顔でヒルデガルダを怒鳴る。


「そなたは気でもふれたのか?!

自国の王子に暴力を振るい、余に対して不敬な態度をとるなど!」


「あんなのが自国の王子なら気がふれたほうがマシですよ。

息子が可愛いのはわかりますが、馬鹿はしっかり躾て下さい。

それこそ自国の恥ですから。」


ヒルデガルダの嘲りに国王は怒りで体を震わせる。


「この娘を捕らえよ!!」


近衛騎士がヒルデガルダを囲んで剣を抜いた。


ヨルズノートがヒルデガルダに近づき剣を渡す。


「ヒーたん、殺しちゃ駄目だよ。」


ヒルデガルダを止める気などないヨルズノートは忠告だけしておいた。


「そんな無駄はしない。

降りかかる火の粉を払うだけだよ。」


剣を抜きながら気負いもなく告げる。


それからはあっという間だった。


30人以上いた近衛騎士の利き手から血が流れ呻きながら床に蹲っており、対したヒルデガルダは悠然と立っている。


その姿に恐れをなして、会場にいた生徒や親は隅の方に寄って行った。


国王や王妃、側妃、王子も呆気にとられていた。


最初に声を発したのは王妃だった。


「一体何を考えているの?

貴女がした事は反逆罪よ!」


王妃の叫び声にヒルデガルダはどうでもいいように答えた。


「だから?」


「この娘を捕まえて!

捕まえた者に望む物を与えるわ!!」


そう言っても誰も動かない。


王国でも屈指の実力を誇る近衛騎士30人以上が短時間で戦闘不能にされたのだ。


褒美は欲しいが、皆命の方が大事だった。


ヒルデガルダの両親は隅で震えて使い物にならず、婚約者だったバルドルも何が起きているか理解出来ずにヒルデガルダを見ているだけ。


国王も自慢の騎士が呆気なくやられ呆然とし、側妃は震えて椅子に縮こまっている。


「うーん、わかってたけど弱すぎない?

それともヒーたんが強すぎるのかな‪☆」


そんな中でヨルズノートの呑気な声が会場に響く。


会場にいる人々は誰だという顔でヨルズノートを見た。


それに気づいたヨルズノートが立ち上がり、カーテシーをして挨拶する。


「皆様、お久しぶりです。

ヨルズノート・スクルドでございます‪☆」


前をしっかり向き片目をつぶって改めて自己紹介した。


ロイヤルブルーのダイヤモンドが散りばめられたドレスにサファイアのアクセサリーで着飾ったヨルズノートは黙っていれば嫋やかな美人にしかみえない。


周りがどよめき、(元)婚約者と浮気相手はヨルズノートの変貌を信じられない思いで見ていた。


「ヨ、ヨル?

本当にヨルなのか?

死んだんじゃ·····

それにその姿は·····」


ダグの登場と無神経な発言をきいても、ヨルズノートの心は凪いでいた。


先程二人を見た時に感じた少しばかりの胸の痛みが今は全くない。


「人を勝手に殺さないでください。

後、もう愛称で呼ぶのも止めてくださいね。

婚約破棄してるんだから。」


まだダグ有責での婚約破棄に揉めているが、今日ダグとイズンが一緒に来た事であちら有責は確実になった。


無関係の不誠実な男に構っている暇はヨルズノートにはない。


フレイヤも落ち着いたのか駆けつけた両親にフレイを任せヒルデガルダとヨルズノートの傍に来た。


「申し訳ありません。

動揺してしまって任せ切りになってしまいましたわ。」


眉を八の字にして二人に謝るフレイヤに笑顔で返す。


「お兄さんが斬られたら動揺するの当たり前だから。

それにヒーたんがほとんど片付けて私何もしてないし‪☆」


「準備運動にもならない程度だよ。」


だから気にする必要はないと告げられたようで、フレイヤは苦笑する。


フレイヤの魔法で国王、王妃、側妃以外の者は拘束魔法をかけられ王子とその浮気相手は喋らないように口も拘束魔法をかけた。


「それでは最後の仕上げを致しましょう。」


「そうだね。

もう終わりにしよう‪☆」


「同感。」


三人は改めて高座に向き直った。


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