6

体が重く、目も開けるのが億劫だったが自分の名前を呼ぶ声が聞こえて渋々目を開けた。


「ヒルダ!」

「ヒーたん!」


目の前には二人の友人が泣きながらヒルデガルダの名前を呼んでいた。


愛称で呼ぶようになったのは出会ってすぐだった。


人懐っこいヨルズノートがヒーたんと呼び、フレイヤもヒルダと呼ぶのにそんなに時間がかからなかった。


ヒルデガルダもすぐに愛称でで二人を呼ぶようになり、この世界で誰よりも二人の名を呼んでいる。


「大丈夫ですの?

まだ意識がはっきりしていないようですわ。」


「酷い傷だったし瘴気も吸ってたもん。

隠者ヴォルヴァは瘴気は完全に抜けてるって言ってたけど後遺症とかあるかも。」


ヒルデガルダが物思いにふけっていたら話が進んでいくので、取り敢えず疑問を口にした。


「なんで助かったの?

それとお腹の黒いの何?」


あの傷と魔力枯渇と瘴気の中でヒルデガルダ自身、助かるとは思わなかった。


そして体が重かったのは腹に乗っている黒い塊のせいだ。


「なんで助かったって何?

やっぱり死ぬつもりだったの?!」

「おかしいと思ってん!

魔の森に入るって時にあんなん言い出してっ!」

「何が「面倒くさがりなの知ってるでしょ」よっ。

それ以上に自分に無頓着なの知ってるんだからね!」

「私らの瀕死でどんな気持ちやったかわかったってゆーてたやん!

全然わかってないわっ!」


また泣き出した二人に頭が回ってなくて失言したと言っても怒られるだけだろう。


「ごめん。悪かった。

どうしても邪竜を殺すか降す必要があったから、でももうこんな無茶はしません!」


「こんな無茶って竜を一人で相手する以上の無茶なんて二度とあるわけないよ!」

「まだ一個師団を相手にする方がマシやわ。

竜を相手にする必要性ってなんなんよ!」


反省して謝ったのに何故また怒られるのか、ヒルデガルダはどう言えば落ち着いてくれるのか全くわからなかった。


「二人とも落ち着きなさい。

一応病人だ。」


「それでも一言言わせて頂きたいですが。」


二人を宥めたのは隠者ヴォルヴァで、ヴァルキュリアは説教する気満々でこちらを睨んでいた。


「兎に角落ち着きなさい。

まずそなたが助かったのは倒れたのが制限時間終了直前ですぐに治療したからだよ。

それでも2日間危篤状態だった。

あれから4日たっている。」


ヒルデガルダは4日も眠り続けていた事に驚く。


この世界では危篤状態でも治癒魔法があるから助かれば大抵は1~2日位で目を覚まし4~5日で完治する。


ただし漆黒の塔特製の回復薬と極苦栄養剤と治癒魔法の使い手が入ればだが·····


「今回高濃度の瘴気を吸っていたから回復が遅れたんだ。

完全に体から除去するのに3日かかった。」


瘴気は体内に入ると血液と混ざり細胞も犯される。


「すみません、ご迷惑をかけました。」


「まあ、魔の森に入ればそれは想定内なんだが·····

そして君の腹に乗っているのは邪竜だよ。」


隠者ヴォルヴァは腹の上の黒い物体を困ったような顔で見た。


「·····小さくないですか?」


体長30mはあったように思っていたが、今は50cmくらいしかない。


「一緒に行くと聞かなくてね。

大きくて無理だと言ったら小さくなった。」


「はあ·····」


気の抜けた返事になったが、そんな芸ができるなど誰も思わなかっただろう。


「気になる事が無くなったならお薬を飲みなさい。」


ヴァルキュリアが大きいカップにドロドロの茶色なのか緑なのか分からない飲み物を渡してきた。


「あのー、コレなんですか?」


「栄養剤と増血剤と回復薬を混ぜたものです。」


笑顔で答えられたが、なぜ混ぜたと突っ込みたい。


目が笑ってないので怖くて突っ込めないがーーー


早く飲めと目で促され覚悟を決めて飲む。


「~~~~っ!」


苦味とエグ味と生臭さで吐き気が込み上げてくるが、全員の無言の圧に涙目で飲み込んだ。


「魔の森に住んでいる賢者ヘイムダルからの差し入れです。今までの三倍は聞くそうですよ。

伝言も預かっています。」


「素晴らしい戦いだった。

相手の弱みを瞬時に理解し卑怯な手で先手を打つとは。

俺の後継者はお前だ!

もうすぐ隠居だよ賢者ヘイムダル♪♪」


「「「·····」」」


ヒルデガルダ達は言葉を失った。


叡智の結晶と言われる賢者の言葉とは信じられない。


「それはほんとうに賢者のお言葉ですの?」


フレイヤは三人の気持ちを代表して聞いたが答えは簡潔だった。


「残念ながら。」

「これが賢者だ。」


三人は賢者になりたくないと強く思った。





不味さであの世が見えた薬だったが、耐えた甲斐があって体がかなり楽になった。


そして尋問タイムに突入した。


「まず何故邪竜を狙った?」


隠者ヴォルヴァが予想していた質問をする。


「強制力が本当にあるのか知りたかったんです。」


「「えっ?」」


フレイヤとヨルズノートは驚きに声をあげたが、ヒルデガルダは二人の反応もわかっていた。


「驚くよね。

でもわたしはずっと疑問だった。

この世界がゲームと同じならわたし達の精神も強制力で役と同じになるのにそうじゃない。

なのに役割を果たさないと勝手に体や口が動いてしまう。

ヒロイン達も転生者だし性格が違うのにゲーム通りの行動をしていればそれ以外はどうでもいい。

ヒーローもゲームの設定より陳腐なのに役割と同じ行動をしてる。

全てが中途半端なんだよ。

まだ役者がゲームの役を演じてるって言った方が納得できる。

だから次の年に不可欠な邪竜を殺すか降すかができるかどうかで判断しようと思った。

もし強制力が本当にあるなら邪竜を殺せないし降すのも無理だけど、強制力じゃないならできる。」


皆が黙ってヒルデガルダの説明を聞き、最初に口を開いたのは隠者ヴォルヴァだった。


「それで邪竜の元へ行ったのか。」


「そうです。そして邪竜の竜玉に従属の楔を打ちました。

もうわたし以外に従属も祝福も出来ません。」


従属の楔は魂に直結するものだ。


そして竜玉は竜の魂そのもの。


魂を主が握っているので光の魔法でもどうする事もできない。


主の意思に反すれば魂は粉々になる。


これ従属の楔は魂を具現化できる魔物にしかできない技だ。


「わたくしがゲームに縛られたからですわ·····」


「私も同じだよ。そのせいでヒーたんが死ぬところだった·····」


フレイヤとヨルズノートが真っ青な顔で自分を責め始めた。


「いや、違うよ。

抑々ゲームを知らなければ何も見えなかったし、ゲームを知っていればそれに縛られるのは当たり前なんだよ。

そしてこれはゲームを知らない人間がやらなきゃならない事だった。

そこはしっかり理解して欲しいんだけど。」


ヒルデガルダは自分の役割を果たしただけだ。


「でもヒーたんはずっと疑問だったんでしょ。

それなのに相談出来なかったのは私のせいだよ。」


「わたくしもですわ。

強制力のせいだと決めつけ過ぎて、ヒルダが口を閉ざしてしまったのも仕方ありませんもの。」


二人は罪悪感で押し潰されそうになって、ヒルデガルダの言葉が届かない。


「あのね、疑問だったんだよ。確信じゃなかった。

だから言わなかったんだよ。

もし二人が今回の件で責任を感じるなら、わたしも二人が階段落ちや呪返しをした時に、無理矢理にでも二人を漆黒の塔に閉じ込めなかったせいだって自分を責めなきゃいけなくなる。」


嘘が混じったが二人に責任を感じて欲しくなかった。


「それより今は強制力じゃない何かを見つけないと。

パーティまで時間ないんだから。」


ヒルデガルダは二人の意識を別に向けさせる。


「そうだね。」

「絶対に見つけて見せますわ!」


二人に顔色が戻り安心して息を吐き出した。


ヴァルキュリアはヒルデガルダの疲れた顔に気づいて話を閉める。


「今日はここまでにしましょう。

ヒルダはもう寝なさい。」


「はい、ありがとうございます。」


「目が覚めたばっかりなのにごめんね。ヒーたんおやすみ。」

「気が利かず申し訳ありません。

後はわたくし達に任せてお休みくださいませ。」


「頼むね、お休み。」





皆が出ていって暫くして、黒い物体が動いた。


「なんであんな嘘をついた?」


「何も嘘をついてない」


「あの様子ではお前の疑問を言っても聞き入れないとわかっていたから言わなかったのだろ。」


この小さな邪竜は短時間で気づかなくてもいい事に気づくと、苦々しい気持ちになった。


「人って追い詰められてたらまともな判断や忠告を聞けなくなるんだよ。

わたしも同じで彼女達に後悔させてしまったし、貴方に酷い選択を迫った。」


我ら魔物は強き者に従う生き物だ。

それが生存本能で全て。」


シンプルで残酷な世界だとおもったが、人も変わらない。


知恵がある分狡猾でもっと残酷かもしれないとヒルデガルダは思ってしまう。


「·····一年たてば好きにしてくれていい。

楔で縛るつもりはないからどう生きようと自由だよ。

今も魔の森で過ごしてもかまわない。」


「それこそ無責任だ。

我はお前を主とした。

それを望んだのはお前なのだから、我の面倒をしっかり見ろ。」


竜の言葉に笑いが込み上げる。


「どっちが主かわからないね。

わかった。その代わり言う事聞きなよ。」


「うむ。良い飼い主になれ。期待している。」


この邪竜の良い飼い主になれるか、ヒルデガルダは犬の育てかたを思い出そうとして目を閉じそのまま眠ってしまった。


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