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断罪イベント10日前、ヒルデガルダ達は魔の森に来ていた。


漆黒の塔の試験を魔の森で行うからだ。


試験を受けるのはヒルデガルダ達三人と他受験資格を持つ九名で、それぞれ別れて魔の森で魔物と戦う。


魔の森は放物線を描いて中心部に魔物が湧き出る黒泉があり、中心部に行く程強い魔物がいる。


戦い方は自由で制限時間3時間以内で生き残り、決められた距離を越えていれば合格。


審査員は漆黒の塔の魔法部門から隠者、魔術師、騎士部門から魔剣主ソードマスター魔法騎士ソードナイト、魔道具部門から魔導治師、魔導師と賢者イーヴァルディが、魔の森を覆う結界に付けられた心眼鏡を通して不正がないかを見張っている。


ヒルデガルダは二人と別れる前に一度謝っておきたかった。


「フレイヤ、わたしが修行で大怪我した時、泣きながらも一生懸命治癒してくれてありがとう。

あの時のフレイヤの気持ちがやっと分かった。

ヨルズノートもいつも心配ばかりかけてたけど、わたしは自分がどうなっても自分の責任だからって思ってた。

二人ともごめん。」


わたしの謝罪に二人は悲壮な顔で手や肩を掴んできた。


「なんでこんな時に謝んのよ。

不吉すぎるじゃない!」


「そうですわ!

それフラグですわよ!!」


二人の気迫に押されヒルデガルダは上半身を仰け反らせる。


「いや、単に二人の瀕死状態に少し思うところがあったから早く言わないとって。

今日三人が集まれたから丁度いいかなって思ったんだけど·····」


「全然丁度よくありませんわよ!」


「場所考えてよ!

死ぬかもしれないって言われてる魔の森に入るんだから!」


「無傷で戻って来なければ毎日極苦栄養剤を飲ませますわ!

覚えておかれませ!!」


「口直しなんか用意して上げないからね!」


「それ二人にも言えることだよ。」


「「わかって(る)!」ますわ!」


ヒルデガルダが転移陣で指定された場所に向かおうと、魔術陣の上に乗るとフレイヤが不安げに聞いてきた。


「馬鹿な真似はなさらないでね。」


ヨルズノートも心配そうに見ている。


「わたしが面倒くさがりなの知ってるでしょ。」


ヒルデガルダは口の端を上げて平然と答えた。


それでも二人の顔から憂いは消えなかったが手を振って指定の場所に移った。






「はぁー、なんで今言ったんだろ。

もう少し考えて言えばよかった。」


魔の森の結界の内側で思わず呟く。

敏い二人に今言うべきじゃなかった。


でも生きて戻れるかわからなかったから、今言わなければ後悔すると思ったからだ。






この世界のゲームの話を聞いた時から、ずっと感じていた疑問。


本当に強制力があるのか、それとも別の要因で自分達の行動や言動が操作されているのか。


年を追うごとに強制力に対して懐疑的になった。


ならばゲームのシナリオが成り立たないようにすれば、この世界がゲームとは関係ないと思えるのではないか。


ヒルデガルダはそう考え、二年生になったら必ず出てくる、タイトルにもなっている魔の森の竜を降すか消滅させる事にした。


それが出来なくても自分が死ねば、断罪イベントでバルドルはイベントができず、それもゲームではありえないシナリオになる。


どちらにしろこの世界とゲームの世界をわけて考えてくれるだろう。





制限時間内に中心部に行くには他の魔物を相手にする時間は無い。


ヒルデガルダは身体強化を使い一気に森を駆け抜けた。


その速さに着いてこれる魔物はそういない。


走り始めて2時間近くたち中心部が近くなったせいで瘴気が濃くなり視界がきかなくなってきた。


風の壁を作り瘴気を吸い込まないようにして薄墨色の世界に目を細める。


体力温存していたので(身体強化での走り込みは準備運動のようなもの)力は有り余っている。


このまま竜だけを相手にしたいが、熊の3倍はある一つ目の巨人、キュプロクスが立ちはだかった。


巨体とは思えない速さで襲いかかってきたが、後方に下がり地面を思い切り蹴って飛び火を纏わせた剣で弱点の目を潰す。


キュプロクスは雄叫びを上げて暴れまわりながら倒れ、動かなくなる。


今回は試験なので素材を集める必要がない為、キュプロクスの死体を放置して中心部へ向かってまた走った。


キメラやバジリスクも出てきたが、修行中に生態や弱点を教えてもらい、覚えるまで修行が終わらず、正に体に叩き込まれたので短時間で倒すことができた。


それに入学祝いでヴァルキュリアから贈られたミスリル製の剣でなければすぐに折れて使い物にならなくなっていただろう。


修行が辛すぎて何度も殺意が湧いたが、ヴァルキュリアが師匠で良かったとしみじみと思った。


(師匠ありがとう)


ヴァルキュリアに言えば「そんな無茶をする為に修行したんじゃありません!」と怒りの鉄槌を頂いただろう。


ここにヴァルキュリアが居なくて良かったと言うべきかーーー





中心部の黒泉を肉眼で捉えた途端、頭上から羽ばたきが聞こえ大きな影がさした。


上を見ると巨大な翼を持つ魔物がこちらをギョロリと見た。


その濁った緑の目を見た瞬間、ヒルデガルダの本能が恐怖に支配され後退る。


そんな己に舌打ちし剣を持ち直して睨みあげる。


(あれが魔の森の頂点に座す邪竜)


あの竜を色ボケ三組が果たして相手にできるのだろうか?


それとも秘めたる何かを阿呆三組の誰かが持っているのか?


恐怖を和らげるのにヒルデガルダはお花畑三組を脳内で想像し、お馬鹿三組ができるなら自分に出来ないはずがないと呼吸を整えた。


竜の呼気は猛毒で爪が当たればミスリルの剣でも簡単に折れる。


鱗は硬く剣を通さない。


目を狙えばいいのだろうが、痛みがあっても致命傷にはならないだろう。


兎に角下に降りてきてもらわなければこちらが不利だ。


ヒルデガルダは黒泉に近づき炎で泉の水を蒸発させようとした。


竜は咆哮をあげながらヒルデガルダに向かって降下してきた。


(やっばり自分の生みの親?は大事だよね。)


竜はヒルデガルダに迫り毒息を吐き出したが、風の壁を作り飛びながら毒息の届く範囲から離れた。


竜が黒泉に降りたのを見計らい、まずは小手調べと木を伝って竜の真上から剣を突き刺そうとしたが、竜が翼をヒルデガルダに向かって振り上げ、咄嗟に風の壁を厚くして翼の衝撃をやわらげるが、完全に防げる訳もなく地面に背中からぶつかる。


「ぐっ」


倒れたヒルデガルダの上から竜の爪が振り下ろされたが、体を回転させ攻撃を躱して、かなりの魔力を秘める黒泉の水なら竜を傷つけられる筈と、氷柱にして竜の緑の目を狙う。



5本の氷柱の1本が片目を貫き竜が毒息を吐き出しながら暴れ、怒りの籠った片目でヒルデガルダを睨みながら爪で襲いかかってくる。


これで本当に意思疎通ができるのかと疑問だったが、最初に意思疎通など考えず黒泉を蒸発しようとして竜を怒らせたのは棚にあげていた。


ヒルデガルダは木に隠れながら竜の弱点である逆鱗を狙う。


一瞬でも隙ができなければ竜の首の下の逆鱗は狙えない。


竜が黒泉から離れヒルデガルダを追いかけてきた。


もう一度黒泉の水を何本も氷柱にして竜の頭部を狙う。


気配を感じたのか竜が振り返った時には氷柱が間近に迫って来ていた。


竜は氷柱を腕の一振で薙ぎ払った。


氷柱を囮に気づかれないよう集めた木の葉を竜の頭部で燃やす。


竜が熱さに目を瞑り頭を振り回して首が無防備になった瞬間、ヒルデガルダは地を蹴って首を狙った。


気配を察した竜が闇雲に手を振り、ヒルデガルダの背中を掠った。


掠っただけでも背中から大量の血が飛び散ったが、この一撃で仕留めなければヒルデガルダに勝機はなかった。


魔物を生み出す黒い水を操るのはかなりの魔力が必要で、ヒルデガルダの体内に魔力がほとんど残っていなかったからだ。


その上掠っただけとはいえ背中が抉れ、かなりの血が流れている。


剣に魔力を纏わせ強化して逆鱗を剥がし、鱗のなくなった皮膚を剣で貫いた。


竜が一際大きく咆哮をあげて仰向けに倒れる。


ヒルデガルダもバランスを取れずに倒れるように着地した。


起き上がったヒルデガルダは最後の気力を振り絞り、竜の首にささったままの剣を握った。


「わたしの、言葉が、わかるか?」


竜と意思疎通ができると言っていた。


試しに話しかけてみる。


竜はうっすらと目を開けてヒルデガルダを見た。


「小賢し、い人、間よ·····

お前が、次の、王だっ·····」


「王には、なら、ない。

どちらも、もう、残りの、時間が·····ない。

死ぬか、降るか、選んでっ」


竜は逆鱗を奪われ首を貫かれて瀕死状態だが、ヒルデガルダも背中の傷で血が流れ過ぎ魔力枯渇寸前だ。


制限時間が後どれ程残っているかももうわからず、助かる確率は低い。


「死にた、ければこの剣を、抜くけど」


そうすれば血が吹き出て絶命する。


「我を助けっ·····見世物、にする、気か?」


「いや、そんなん、じゃ、ない·····はや、く決めっ·····」


もう目も霞み始めた。


この瘴気で重症を負い、風の壁を作れなくなればこの竜より先に死ぬ。


「··········おま、えに、降るっ·····」


竜が胸に手を当て禍々しい黒い珠が体の中から出てきてヒルデガルダの目の前に浮かぶ。


ヒルデガルダはそれを血の着いた手で掴み従属の言葉を紡いだ。


「我が血を、持って、この魂、を縛り、··········我が、物と、なす·····」


ヒルデガルダは首に刺さった剣を抜き、すぐに火で傷を焼いたが、そこで魔力が枯渇し力尽きた。

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