ヒルデガルダ・ギリングの奮闘

1

ヒルデガルダは物心ついた頃から、自分自身に恐怖を感じていた。


望んでいない服を着たいと口にし、喋りたくもないのに異性に対して媚びるように話しかけてしまう。


己に興味がなく家庭を顧みない親にも強い拒絶感があった。


そして前世をはっきりと思い出したのが、知らない男に襲われそうになった時だった。


6才のヒルデガルダに相手は「お前が誘った」と襲い掛かってきた。


近くにいた護衛が守ってくれたが、恐怖のあまり卒倒し、前世の記憶が蘇った。


自分が何者かは思い出せないが前世では親に愛されて自由に生きていた。


性格も無頓着でファッションや流行に興味はなく、異性への関心も低い人間だった。


今世でも服など着られればいいし、恋愛感情など皆無なのにそんな心情など関係なく体が動く。


まるで操られているかのようにーーー


勝手に動く口や体にヒルデガルダ自身、吐き気がするが自分の意思で止められない事に絶望感を募らせていた。


(なんで自分の体なのにいう事聞かないの?

派手な服装も下卑た目で見る男も大っ嫌い!

でもそんな男に媚びる自分が一番嫌い!!)


だんだん心が死んでいくように感じながら過ごしていたが、6才の夏の終わりに王宮で主催された子供のお茶会で二人の少女がヒルデガルダを生き返らせた。


父親の命令で王宮のお茶会に出席したが、派手な服装に周りから浮いていて誰も話しかけては来なかった。


ヒルデガルダは同性しかいない場所なら、訳の分からない行動をとる事がない安心感があり、自分から誰かに話しかけるようとは思わず、久しぶりにのんびりとした気分で庭園に咲いている花を見ていた。



そんなヒルデガルダの後方から日本でよく口にしていた食べ物や前世にしかないコンビニ、炬燵、TVの話をしている声が聞こえてきて驚きに振り返る。


そこには幼いのに完成された美貌の幼女と、顔を黒髪で隠された陰気な幼女がこちらの存在など気づいていないかのように話ていた。


(物凄い演技臭いけどこの二人もわたしと同じ前世を持ってる?!

でも本当に二人の記憶だろうか?

それに敵か味方かもわからない。)


それでも二人に話しかけたのは、この絶望しかない世界で何かに縋りたかったから。


そして二人が己と同じ前世の記憶を持っていると確信して死んでいくだけだった心が息を吹き返し涙が頬を伝って流れる。


そんなヒルデガルダを見た二人は同情と共感を表情に乗せていた。


(この二人なら信じられる気がする。

今のわたしの状態も知っているのかもしれない。)


フレイヤは漆黒の塔・・・・を強調して去っていった。


(漆黒の塔ってあの三階建ての黒い建物だよね。

確か魔道士だったか賢者だったかがいるって聞いたような·····

そこに来いってことかな?)


漆黒の塔ー名前と賢者がいるぐらいしか知識がなかった。


ヒルデガルダは普段勉強なんかしたくない!と言っていたし、両親はそんな彼女を放っていた。


恐らく貴族の4才程度の知識しかないだろう。


だが今はそんな頼りない情報しかなくても漆黒の塔に向かおうとお茶会の会場を後にした。


漆黒の塔に着くと訪れを知っていたようにスムーズに中に通された。


一歩中に入ると思考が開放されたように感じる。


(何?いつも何かに縛られたように感じていたのが取れた!)


最近では己の言動に何も感じないように心を閉ざしていたが、お茶会から少しづつ心の扉が開き続けていた。


藍色のローブを着た女性はヒルデガルダの心の動きを知っているかのように優しい笑みを向ける。


「今は色々な疑問があるでしょうが、それはこれから会う少女達が説明してくれます。

さあ、行きましょう。」


お茶会で会ったフレイヤとヨルズノートの事だろう。


ドキドキしながら緑の扉を叩くと二人が勢いよく扉を開き、後ずさるヒルデガルダの手を握って「待っていた。」「嬉しい」と喜んでくれている。


こちらが引くぐらいに·····


ヒルデガルダは高揚していた心が一気に落ち着く。


(自分より興奮している人を見たら何か落ち着いたな·····)


元々のヒルデガルダはそんなに喜怒哀楽が激しいタイプではなかった。


今更ながら自分自身の性格を知って自分に呆れてしまう。


フレイヤに部屋の中に促され緑で埋め尽くされた部屋に驚いたが、彼女達の話は驚愕の一言に尽きた。


この世界が前世のゲームとそっくりで自分達が悪役令嬢役だと言う。


そしてゲーム通りの性格になるよう強制力が働いて将来断罪されて殺されたり、呪返しで死んだりと悲惨な未来が待っていると聞いたが俄には信じられなかった。


彼女達が嘘を言っているとは思っていないが、自分達がゲームの世界にいるなどと、乙女ゲームや転生物語など読んだことの無いヒルデガルダには現実味が無さすぎる話だった。


しかし否定材料も無く自分の行動を思い返し、己の意思では無い行動を取っていた自覚があるので頷くしかなかった。


フレイヤやフリッグも望んでいない言動や行動に苦しんでいて、運命共同体だから協力して乗り切ろうと言われ、ヒルデガルダは短い時間だがこの二人は信じられると確信した。


王都にあるギリング邸に帰ると、誰にも出迎えられず冷めた夕食を一人で食べてから部屋に戻った。


領地にいても王都にいても大抵食事は一人で食べていた。


父親は国境を守る辺境伯なので領地で愛人と過ごし、母親も王都で愛人と旅行したりお茶会や夜会で忙しく、両者ともヒルデガルダの存在など忘れている。


貴族では愛人を作るのは珍しくないが、我が子を蔑ろにするのはアスガルズ王国では侮蔑の対象になる。


厳しい環境下では弱い子供の生存率は低い上に、貴族が持つ魔力は貴重だからだ。


平民は殆どが魔力を持っておらず、貴族は大抵魔力を持って生まれてくる。


一年の半分を雪と氷で閉ざされるアスガルズ王国では大陸のどの国よりも魔法に頼って生きていた。


だからこそ魔力をもつ子供を大切に育てるのは親の義務となっている。


親の義務と考えた時ヒルデガルダは心の中で嘲笑した。


子を産めば育てるのは親の義務なのに、ヒルデガルダが両親と会うのは全貴族が集まる夏の大夜会だけだ。

それ以外は遠目に見かけるだけ。


あちらが貴族の親としての義務を果たしていないなら、こちらも貴族の子としての義務を果たすつもりはない。


幸いというべきか両親に顧みられないヒルデガルダを、ギリング領や王都邸の者は見下しているので、家族や領民を捨てるのに心は痛まない。


今ヒルデガルダがやるべきは〈双眼者シン〉として漆黒の塔に保護してもらい、この世界を知らなければならない。


親も使用人もヒルデガルダが何をしようが関心がないので毎日でも漆黒の塔へ行けるのだ。


あそこでは楽に呼吸ができる。


この世界で初めて明日が待ち遠しいと思えた。

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