5
私は漆黒の塔の危険な魔道具を作る時に使う、爆発などを吸収する部屋〈虚無の間〉で、一心不乱に魔道具を作っていた。
「何作ってんの?」
部屋に一人だと思っていたのにいきなり声がしたから吃驚して椅子から落ちそうになった。
「びっくりしたーー!
ヒーたんが〈虚無の間〉に来るなんて珍しいね。」
「ちょっとね。
それよりこれ何?
小さいけど物凄い複雑な力を感じる。」
さすが魔法騎士(予定)。
その辺の鑑定士にはただの魔石にしか見えないのに。
「魔石に直接魔術陣を組み込んだの。」
「一種類じゃないよね。
ーーー!これ空間拡張魔術陣?!」
やっぱりバレちゃうか·····
「正確には次元結界。
ここのと似たようなものだけどね。
もう階段落ちまで一ヶ月もないのに代替案が出てこないし、フレたんは女狐と一緒に落ちるつもりなんだもん。
·····私にできるのはこれしかないから·····」
本当なら傷ついて欲しくないし、そんな危ない橋を渡って欲しくもないけど、フレイヤはもう一緒に落ちると決めている。
最後まで諦めたくないけど、最悪のケースも想定しておかないと·····
「フレたんって本当は凄く臆病なの。
なのに大怪我するってわかってて飛び降りるって決めたのは、もう疲れちゃってて終わりにしたいんじゃないかって思って·····っ」
辛い時に一番に寄り添って欲しい家族には頼れない、生きる為に幼い頃から勉強漬けの日々、学園では婚約者が浮気して周りの笑い者になって、少しも心が休まる時がなかった筈だ。
「そうだね。わたし達じゃ支えにはなれなかった。」
ヒルダはそう言って私にハンカチを差し出した。
「情けないなぁ。
どうしてこんなに弱いのかな·····」
ありがたくハンカチを借りて目元に押し当てた。
ハンカチが少しづつ濡れていく。
「ヨルは優しいから自分を責めるけど、強くても自分以外の人生なんて相当な覚悟がなきゃ背負えないよ。」
「前に似たような事を師匠に言われたなぁ。」
あの時に少しでも支えになれるように頑張ってきたけど、今だに自分自身だけでいっぱいいっぱいだ。
成長してないなぁ·····
「わたしから見たらヨルも同じように見えるけどね。」
「私は·····」
家族が味方でいてくれる分ズルしてるように思える。
それを言えない私は優しくなんてない。
「ヨルは家族に愛されてても、好意を持ってる婚約者があんなんだし学院で影口叩かれてるし結構しんどいと思うよ。」
その言葉に私は驚いてヒルダを見た。
家族の話なんて一度もしなかったのにーーー
ヒルダは苦笑して種明かしをしてくれた。
「レイも知ってるよ。
毎夏の大夜会で国中の貴族が集まった時に、ヨルは家族と離れて一人で隅にいるけどご両親がいつも気にしてチラチラ見てるからね。
わたし達が家族と上手くいってないから、気をつかってくれてたんだよね。
レイもわたしもヨルが家族と仲良くやれててよかったと思ってたんだよ。」
私は涙が止まらなかった。
ずっと知っていたのに変わらずに接してくれてたんだ。
「もっと早く言えばよかったかな。
わたしは家族はホントにどうでもいいと思ってるから話す事もなかったし、レイのとこはギクシャクしてて話題に出すと自分も話さないとって気にして何も言えなかったんだと思うよ。
家族と上手くいってるならそれに越したことはないんだから。」
「なんかヒルダが悟ってるんだけど。
ますます私の未熟さが情けなくなるーー。」
「悟ってるんじゃなくて意味の無い所で労力を使いたくないだけ。
冷たいと言われても
これって合理的って言ってもいいのかな?
でもヒルダっていつもは喋るのも億劫な態度だけど、私達の話はちゃんと聞いてくれるしこうやってフォローもしてくれる。
人に興味無さそうだけど気を許した相手には情に厚いんだよね☆
「私もフレたんやヒーたんの為ならなんだってするから、何でも言ってね!」
張り切って言った私にヒルダは待ってましたと言わんばかりにニヤッと笑った。
「じゃあ悪いけど魔力増幅器をお願い。
もし最悪レイが落ちたらわたしが治癒するけど、そっちは苦手でね。
副作用がでても構わないから2倍ほど増幅できるの頼んだよ。」
「2倍に上げたりしたら副作用で魔力欠乏になって内蔵を痛めるし全く動けないじゃん!」
「そしたらわたしの回収をヨルがして。それに訓練で血反吐吐くのは慣れてるから気にしなくていいよ。」
気にするわーーー!
剣術の訓練で感覚が麻痺してるよ·····
確かに最初の頃はボロボロだったもんね。
児童虐待だ!ってヒルデガルダの師匠のヴァルキュリアに何度も言いそうになった。
「レイが治癒魔法を他の複合魔法より優先して獲得したのってわたしがいつも怪我をしてたからだと思うよ。
大怪我した時も泣きながら治癒してくれたけど、一度も止めろって言わなかった。
ホントは言いたかった筈なのに·····
だからもう止めるよりレイが落ちた時のフォローをするべきかなって。」
·····そうだね。
代替案がなければフレイヤのフォローを最大限できるようにしなきゃ。
嫌だけど、すっごく嫌だけど!
「嫌だけど仕方ないよ。
わたし達だって無茶やってるのを止められても言うこと聞いてないしね。
じゃあ、頼んだよ。」
また声に出てたのね。
しかも痛い所を突かれた。
人を凹ませてさっさと出ていかないでよ~。
これといった代替案も見つからず階段落ちの日がやってきた。
時間が昼休みで良かった。
放課後だったら私は婚約者を探して学院内徘徊のノルマで何もできないとこだったよ!
ヒルダは朝まで遊んでノルマをクリアしてる。
私もヒルダも隠蔽魔法を使って落ちる予定の踊り場の影に隠れてスタンバイ。
次元結界魔術を施したてんとう虫を落ちる範囲の四方上下に配置した。
ヒルダがてんとう虫を見て小声で聞いてきた。
『なんでてんとう虫?』
『
『·····リアリティを追求したんだね。』
『見つかっても大丈夫なようにね。』
『あれ持つの?』
『17秒で粉々になる·····』
『·····』
気まずくなって黙った私達の頭上から声が聞こえてきた。
私の鼓動が早鐘を打つ。
希少な魔石を使うので1度しか実験してないけどその時は問題なく次元結界を作れていた。
失敗なんてしない。
「泥棒猫が口出ししないで!」
その言葉を合図に魔道具を作動させる。
ゴスっと音がして急いで結界内に入ると、片足がありえない方向に曲がり頭から血を流して、気絶した女狐を抱きしめているフレイヤが視界に飛び込んできた。
硬直しそうになったがヒルダが
「魔力増幅器を最大にして!」
と怒鳴ってくれたのでペンダント型の魔力増幅器を最大に設定してヒルダに渡した。
ヒルダはペンダントを握り割れた頭部を優先して治癒する。
お願いだから血が止まって!
何に祈っていいのかわからなかったけど、ずっと心の中で叫び続けた。
時間がもうない。
もう一度次元結界を施す魔石もない。
てんとう虫に自分の魔力を流して時間を稼ごうとしたけど大量に魔力を持っていかれたのに3秒しか伸ばせなかった。
パキッと音がして術が解かれる。
ヒルダは最後に気絶しているフォルセティの治癒をして倒れた。
「ヒルダ!」
魔力欠乏だ!
人の声が聞こえてきて転移魔道具を作動させヒルダを抱え漆黒の塔に飛んだ。
漆黒の塔では隠者ヴォルヴァとヴァルキュリアが待機してくれていて、ヒルダに魔力を流してくれる。
魔力の相性が合わなければ苦痛を感じるが今は気にしていられない。
放っておけば昏睡状態に陥ってしまうから。
私も魔力をあげたかったけど魔道具に魔力を使ったのでほとんど残っていなかった。
ヒルダから呻き声が聞こえて私はホッとして体から力が抜け座り込んだ。
極苦栄養剤をヒルダの口の中に入れると衝撃で目を覚まし、隠者ヴォルヴァが回復薬もヒルダに飲ませる。
「動けるか?」
「はい、大丈夫です。
ありがとうございます。
フレイヤの方も命は取り留める筈です。」
私も回復薬を飲み魔力が戻ってきた。
ヒルダはこのまま漆黒の塔で休むけど私は放課後の学舎彷徨いイベントがあるから学院に転移魔法陣で戻る。
学院ではフレイヤとフォルセティが階段から落ちた話題で持ち切りだった。
フレイヤは重症で治癒魔法を受けながら早退、フォルセティは医務室で休んでいるらしい。
痴情のもつれ、フレイヤが下敷きになっていたのでフォルセティが突き落としたetc.....
色んな憶測が飛び交い授業中も騒がしかったけど、フレイヤに批判的な発言はなかった。
そして放課後の彷徨いイベントが終わり、その日から私は漆黒の塔に泊まり、ヒルダは深夜にスフォルツァンド公爵家に行き治癒魔法をフレイヤにかけ、二日後の夜に転移で二人が緑葉の間に飛んできた。
フレイヤのタンザナイトの瞳が開き小さい声でお礼を言われて、私こそありがとうと言いたかった。
生きていてくれてありがとう。
また声を聞かせてくれて嬉しい。
次は私だ。
絶対に笑顔で「ただいま」と言ってみせる!
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