第21話 初めてお買い物

やった、母さんとお買い物だ。

常識を知る為に、まずは普段の買い物に付き合う事になった。

母さんは買い物籠を片手に家を出た。

俺は母さんの手を取って、お手々つないでお出かけだ。


「アネぇちゃん、アルをお願いね」

「大丈夫。ア~ルは私が守るのぉ」

「二人はいつも仲良しね」

「当然よ。私のア~ルだもの」

「姉さん、歩き難いです」

「我慢しなさい」


母さんと二人のつもりだったが姉さんも付いて来ると言い出した。

ですよね。

だが、俺には策があった。

まず、率先して俺は左手で姉さんの手を握る。

手を握られて姉さんがご機嫌なってにっこりと笑った。

今だ。

俺は透かさず右手で母さんの手を取ろうとすると、だがしかし、姉さんが俺を追い越して右腕をホールドされた。

何故だ、何故、俺に母さんの手を取らせてくれない。

腕を固められて身動きを取れない。


「ア~ル、しっかり歩きなさい」

「だから、歩き難いって」

「言い訳しないのぉ」


これ以上の抵抗はほっぺたが痛いだけなので抵抗しない。

しかし、何故、俺は母さんと手を繋ぎたいんだ?

手を握るだけで一喜一憂している俺は明らかに可笑しい。

可笑しいと思うがその衝動が抑えられない。

甘い菓子を目の前に出されると思考が真っ白になる感じだ。

時々、2歳児と自覚してしまう。

感情のシーソーが2歳児と大人を行き来していて悪酔いしそうだ。

大丈夫。

俺は冷静で要られる。


「アル、大丈夫?」

「はい」

「ここから人が多くなるわよ。逸れないで付いて来てね」

「はい」

「アルは良い子ね」


母さんの笑顔と声で顔がにやつく。

駄目だ。

ウキウキしてしまう。


さて。買い物に商業区まで行くと思ったが、そうではなかった。

商業区は貴族や商人の為の店だ。

庶民は使わない。

庶民が使うのは三区と四区の境界の通りにある店だった。

軒先に店がずらりと並んでいた。

ザ・商店街だった。


「あぁ、靴屋だ」


姉さんが目敏く、通りに入って2店目にある靴屋の看板を見つけた。

店先に皮靴と木靴が並んでいる。

母さんが複雑そうな顔をして通り過ぎてから口を開いた。

親父が勤めていた靴屋の出張所らしい。

親父は下層民の出世頭だった。

工房長を奪われた親父は順番で言えば店長に指名される流れだったが、無愛想な親父に貴族の対応など絶対にされられない。

だが、親父は工房長と仲が悪かった。

工房に残すと雰囲気が悪くなると思った主人は出張所の代理人を命じたらしい。

出張所では居住区の上流層から貧困層までを相手にして靴を売る店だった。

もちろん上流層の本人は足を運ばない。

オーダーメイドを作る時は商業区の本店に足を運ぶ。

こちらの店は日常使いする靴や急ぎで用意する時に執事や従者が代理で買いに来る。

親父は本人を見ずに使用人の話を聞くだけで靴を選べた。

人間、何か特技があるモノだ。

決して不満を抱かせないという評判を得た。

親父は有能だった。

愛想は悪いが靴の善し悪しが判った。


「どうして辞めたのですか?」

「工房長の靴を見て、主人に自分も工房に戻して欲しいと訴えたそうよ」

「腕で負けたのですね」

「違うわ。追い付かれそうになったからだと言っていたわ」

「同じです」


出張所では売る事で忙しく、靴を作る暇がなかったようだ。

で、靴屋を辞めて独立した。

普通の独立は下請けになる事を意味する。

働いていた靴屋に靴を納品するのだが、主人と喧嘩別れした親父は納品できない。

三店目の靴屋を開業した。

その店では親父の弟子だった人が働いているそうだ。


 ◇◇◇


担当官さんに弟子だった人の給与を聞いて見ると、子供を西の学習院、つまり初等科に通わせる事ができる程度の収入があるそうだ。

職人より遙かに収入がよかった。

主人と喧嘩していなければ、皮靴を納品して10倍以上の収入があった。

母さんは玉の輿で嫁いだつもりが、一緒になる頃には地面に落ちたわらび餅になっていた訳だ。

運が悪いとしか言いようがない。


商店街は人と物で溢れており、活気に湧いていた。

担当官さんが差し入れで持ってくる土産の店も発見した。

商業区に比べると物価が安く、帰りに買って家計の足しにしているらしい。

何でも貧乏貴族は見栄を張る為に大変だそうだ。

常に金欠らしい。

だがしかし、他の貴族は庶民の商店街で買い物など恥ずかしくてできない。

他と違うのが担当官さんだ。

役所の制服なので貴族と気づかれないと堂々と買い物をして、鞄に隠して持って帰っている。


「俺にわら半紙とインクの融資をして大丈夫なのですか?」

「それは大丈夫よ。回収できる目途はあるわよ」

「本当ですか?」

「これでも元宿屋の娘よ。どこかの馬鹿貴族のような散財なんてしないわ」


そこで話は戻って、初めてお買い物の感想を聞かれた。

母さんは商店街で何も買わなかった。

否、買えなかった。

担当官さんにとって割安な価格も、我が家ではあり得ないほど高い商品だった。

社会見学を兼ねていたのでお店を俺に見せただけだったのだ。


「何も買わなかったの?」

「ウチでは高すぎるようです」

「それは残念」

「姉さんがいつもお土産で食べている値段を見てびっくりしていました」

「お手頃な価格よ」


金銭感覚が違った。

母さんは商店街を抜けるとそのまま真っ直ぐに歩いた。

居住区を抜けると西通りだ。

西通りは大きな通りで南に工房区にある。

母さんは西通りを左に折れた。

人の行き交いも多く、工房区から出て来る荷車が引っ切りなし向かって来ては通り過ぎて行った。

夕方になると北の港区から荷下ろしの作業員が家に帰って来て、もっと人が溢れるらしい。

貧困層の16・17・18区が見えて来ると多く露店が並んでいた。

ここが貧困庶民の味方の露天商店街だ。

だが、担当官さんの反応が微妙だった。


「確かに工房区に向かう途中で見た事があるわ」

「行った事はないのですか?」

「あそこは馬車で通るのよ」

「まさか?」

「反対側にスラム街もあり、護衛なしで女職員が歩くかないわ」


行政府に勤める職員は俺達と比べると裕福だ。

商店街に行く事もない。

下級の職員も商店街より南に行かない。

担当官さんも俺の家が貧困層で無ければ、一生来る事はなかったと言う。

エスニックゾーンか!?


「ここだけの話だけど。公安課の職員も生きたがる者が少ないのよ。だから、前回も一番下っ端の職員が派遣されたわ」

「下っ端ですか?」

「平民出身の二等官だったので魔法も見た事がなかったみたいね」

「でも、この辺りにも公安の巡回者はいると聞きましたが?」

「あれは警邏けいらよ。どちらかと言えば兵士に分類される職員ね。正式な職員よりさらに下の身分になるわ」


役所も色々とあるようだ。

この世界は貴族社会であり、貧富の差が非常に酷い事になっているのが判った。

これだけでも勉強になった気がする。


「アル君も高等科を卒業すると下級士官になるので覚悟していてね」

「何か良い事がありますか?」

「う~~~~~~~~ん、何か~~~~~~あったかな?」


担当官さんが凄く悩んだ。

絞り出して結果が、収入が多いだ。

とにかく1つ地位上がると給与が倍に増えるらしい。

上と下では天地ほど違う事になる。

紙も買えない二等官が姉のらきがき紙にびっくりしたのはその為だ。

高級なわら半紙が子供の落書きで使われているのにショックを受けて、それ以外の報告が置き去りにされたらしい。

それほど収入が違うのだ。

だが、上に行くほど見栄を張る為に出費も多くなり、生活が楽になる訳ではない。


「異世界文学に触れられたのは最高の幸せだったわ。正に奇跡だったわ。それは疑わない。でも、貴族と結婚する羽目になったし、貴族の生活って上位のご機嫌取りとか、ご近所に合わせた生活とか、楽じゃないのよ」

「貴族の仕事って、どうなのですか?」

「仕事は普通よ。でも、お茶会を催すのは大変ね。珍しい料理や新しいお茶を揃えないといけない。アル君のレシピで助かっているわね」


同じ趣向でお茶会を催すと、招いた客を馬鹿にしている事になるらしい。

常に新しい工夫がいる。

そこで上位の貴族の真似をする者が多いが、それは流行を追う事で金が掛かる。

破産して平民に身を落とす馬鹿貴族は絶えない。


「俺の料理レシピは珍しくないですよね」

「珍しいかどうかではなく、新しいかどうかなのよ」

「意味が判りません」


審査官に通った事で新しい料理と認定される。

先日、審査に通った新しい料理レシピで作っておりますと言えば、担当官さんは最初にレシピを見ているので疑う余地がない。

すでに俺は50種類以上の料理レシピを発表した。

お茶会は季節事に行なうので、5種類ずつ発表してもかなりストックがあった。


「問題はアル君のレシピを先に使われる事もあるくらいよ」

「何か拙いのですか?」

「上位の貴族なら私が真似た事になって問題ないわ。でも、同じ階級の人が使った場合は、私は手抜きをしたと馬鹿にされるのよ。美味しければ、良いじゃない。先か、後かとか、面倒なのよね」


貴族は見栄とプライドの塊らしく、付き合うのが疲れるそうだ。

宿屋の娘の方が気楽だったと言う。

だが、俺は異世界転生者なので高等科に進学する事が決まっており、いずれは貴族の嫁を貰って、担当官さんと同じ苦労をする事になるらしい。

俺は学校に行きたく無くなって来たぞ。


「それは駄目よ。アル君は高等科に進学が決まっているの。進学して貰わないと私が困るの。諦めて頑張りましょう」


2歳にして人生を諦めろと言われてしまった。

納得している自分が情けなかった。


あぁ、自分の買い物をするのを忘れていた。

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