第22話 社会勉強、冒険者の底力
もうすぐ夏だ。
暑さが増してきたがからっと乾燥しており、
でも、暑い。
俺の服も肩から先がない
支給品の服は余所行きだ。
庶民にパンツのような下着はない。
二本の糸の間に四角い布を繋いだレディースのTバックならぬ“なんちゃってフンドシ”だ。
両脇の腰で紐を結ぶのはTバックと一緒だった。
一方、貴族である担当官さんは暑くなってきたというのに長いスカートを履き、薄手での長袖の上着をしていた。
下着はカボチャパンツを履いているそうだ。
貴族の女性は夫以外に肌を見せる事を嫌う。
ボクサータイプやトランクスのようなパンツもあるが、とにかく高い。
下級貴族で買える品でないらしい。
貴族の女性は肌を見せない。
暑くなると
俺の母さん?
残念ながら
恥じらいも無くなるのはおばさんからだ。
俺もおばさんの仲間だ。
幼い子はすぐに成長するので長めの
オムツも終わった。
あの“なんちゃってフンドシ”もない。
風が吹いて裾が舞うと可愛い下半身が露わになる。
いやぁんエッチ!
冗談はさておき、初めての菜の花の開花も近づいて来た。
春に採った開花前の菜の花の蕾みは美味しかったが、最近採った菜の花は固かった。
食べる事を考えると10月に種まきをして、春に採取するのが良いみたいだ。
それに連作障害が怖い。
この夏は色々な種を試そう。
今日は3月最後の安息日だ。
明日から本当の夏だ。
ご近所はすでに夏の雰囲気だが暦の上ではまだ春なのだ。
そして、俺らも今日は休日となった。
担当官さんの交渉で、月最後の安息日は冒険者が水やり、草刈り、菜園の開拓をする事になったのだ。
冒険ギルドにクエストを出した。
俺はその冒険者の仕事ぶりを見て、この世界の常識を学べと言われている。
だがしかし、依頼するには色々と足りないモノがあると判った。
霧状の水を降らす魔法使いがいない。
水を井戸から運ぶ為の
「という訳で、水瓶を買いに行きましょう」
「水瓶は邪魔です」
「では、どうするの?」
「こうします」
山積みになっていた石の塊を土の魔法『
あっという間に水槽が完成した
担当官さんが頭を抱えて、その場で座り込んだ。
「どうして、そんな事ができるのですか?」
「できますよ」
「魔法は1つの詠唱に対して、1つの結果しかありません」
担当官さんは平民出身で魔力が余りない。
小さなロッドを取り出して、風の魔法を使って見せた。
風の塊が打ち出された。
人に当たれば、ひるませる程度の威力だ。
「これが魔法です」
「すみません。もう一度、見せて下さい」
「無理です。私の魔力はこれで終わりです」
少ない。
だが、高等科に入学する最低条件は魔法陣を起動できる事だ。
魔力ゼロの平民はどんなに優秀でも進学できない。
そんな事はどうでも良いと言われた。
「アル君は優秀ですから忘れていましたが、霧状の雨を降らせるのと、家の水瓶に水を補給するには魔法陣が2つ入ります」
「俺は1つです」
「それが可笑しいのよ」
この世界では1つ詠唱で1つの魔法しか発動しない。
ウォーターボール、あるいは、ウォーターウォールに方向性を持たせずに打ち出せば、水瓶に落とす事はできる。
実際、水の補給を魔法使いに頼るパーティーも多い。
だが、水の量を自在に操れない。
「俺、出来ますよ」
「だから、それが可笑しいのよ」
「ア~ルは天才だから出来て当然よ」
いつの間にか、姉さんが会話に加わって密談は終わった。
あれから色々と考察した。
1つの詠唱に対して、1つの効果しかないのが魔法のスタンダードだ。
賢者の世界の魔法は多彩だ。
完成する魔法をイメージする事で多様に扱えた。
そして、不意に悟った。
どちらが完成度で高いのか?
比べる必要もない。
こちらの魔法だ。
しかし、この世界は特殊な魔術具がある為に魔法紙に魔法陣を書く必要がない。
賢者の世界に便利な魔術具はなく、魔法紙に魔法陣を書いて持ち歩いていた。
だが、持ち歩き出来る魔法紙の数は限られる。
1つの魔法陣で幾つも魔法を酷使できるように研究された結果なのではないか?
魔法をイメージするのは難しい。
この世界では、魔法が失敗しないように様々な条件を魔法陣に書き込んだ。
正しい詠唱をすれば、魔法のイメージなど関係なく魔法は発動した。
『
初級魔術書の魔法陣を書き込んで試してみたが使い勝手が悪い。
イメージするのは撃ち出す方向と、威力を増す為に魔力を込める量が違うだけだ。
出てくる水球は形も大きさも同じだ。
円錐型にできない。
込める魔力で撃ち出す速度を変える事ができるが、他に工夫が出来ない。
これは使えない。
賢者の魔法を知ってしまったら、もう戻れないレベルだ。
「ア~ル、勝手に林に行っちゃ駄目って言ったでしょう」
「御免なさい」
「御免じゃない。何かあったらどうするの?」
「姉さん、ひたぃ」
林の奥で実験をしていると、予定より早く帰って来た姉さんに見つかってほっぺたを引っ張られた。
様々な犠牲を払って、この日を迎えた。
『煌々たる神々に祈り、我が祈りを聞き給え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
5組の冒険者パーティーと臨時のバイトで50人が来た。
水の魔法が使える魔法使いが二人おり、菜の花畑の水槽に水を補給する。
一人は
四度目の詠唱で水槽が満タンになったが、魔法使いは二人とも膝を折った。
「もう無理。魔力が枯渇したから休憩するわ」
「判った。こっちの水を捲いたら、向こうの水槽は井戸から運ぶわ」
「お願い」
マジかぁ!
本当に魔力量が少ない。
「これが普通の魔力量です。伯爵様クラスになれば、2つの水槽を満たす事で魔力枯渇は起りません」
「もしかして、魔法使いを国が独占しているのですか?」
「はい。国と魔導協会で独占しています。また、治癒に関しては教会が独占しています。生活向上に魔法を酷使する人はいません」
力の独占、ザ・封建社会だ。
だが、もう1つの畑の水やりもすぐに終わった。
大きな桶で井戸から水槽に水を運んだからだ。
小さな桶に水を汲み、柄杓で水を蒔いた。
冒険者らは奥の草刈りせずに、居住区に接している菜園予定地の草刈りに掛かった。
草刈り用の鎌や土起こし用の鍬も買った。
試しに土魔法で一本作ると、担当官さんに却下された。
土から細かい粒を厳選し、強化セラミックのように固めた。
粒を均一にすると強度が増す。
現代知識だ。
そして、完成したのが刃と柄の部分が一体化した優れモノだ。
さらに魔法でコーティングすると石を裂くと切るくらいの鋭利さを持ち、担当官さんでも楽に開墾が出来た。
『さらっと
担当官さんが大げさに騒いだ。
没収の上、魔術士に献上する事になった。
対価として、担当官さんが金物屋で鎌と鍬を買って貰った。
家と同じく、長屋の角で店を開く金物屋の道具は、商店街より遙かに安かったが、半日で半分ほどの鍬の柄が折れた。
安物買いの銭失いだ。
昼の休憩を取っている間に応急処置する。
「ア~ル、大丈夫?」
「折れた所を繋ぐだけですから簡単です」
「流石、ア~ルね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
担当官さん、そんな目で見ないで下さい。
素材の一部を分解して再結合しているだけです。
木も繊維で構成されているのを知っているので、土も鉄も木も同じだ。
土を動かすように繊維を動かし、再び絡めれば再結合する。
仕上げに魔法コーティングしておけば、今日一日くらいは持つでしょう。
「おぃ、ちょっと可笑しくないか?」
「使い易いなら良いじゃ無いですか?」
「おい、見ておけよ」
午前は見せなかった気の肉体強化を使って鍬を振る。
衝撃で地面が抉り出される。
小さな石なら衝撃で粉砕されていそうだ。
「なぁ、可笑しいだろう」
「むしろ、楽になったじゃないですか? それで掘って行って下さい」
「まぁ、いいか」
切れ味はないが壊れない鍬だ。
草刈り班を追い掛けるように開墾が一気に進む。
俺の開拓速度の比じゃない。
折角、開墾されたが、ここは開発課が管理するので菜の花は植えられない。
実に残念だ。
その内、思い切り振り降ろしても折れない鍬に注目が集まった。
首を傾げる冒険者はお約束だった。
冒険者の肉体力は半端ないな。
魔法を軽く凌駕する。
うん、今日は勉強になった。
担当官さん、そこで頭を抱えないで下さい。
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