第4話

 中学3年。


中高一貫校である僕にとっては、昨日と何も変わらない1日がまた約束されている。


世間が目まぐるしく変化を遂げることはニュースで知っている。


何となく自分が世間から取り残されているような気がして胸の奥から下腹部にかけたあたりがザラザラした気持ちになるのを感じた。


ただ、「自分が適当に過ごした1日は、誰かが生きたかった1日」といった謎の不等式に感銘を受けるようなおめでたい人間性は持ち合わせていない。


少しずつ人間が擦り減っていることに軽いショックを受けながらも、社会とはきっとそういうものであり、御多分に洩れず自身もそのような人格形成がなされていることに得体の知れない手応えを感じる歪な生き物になっていることに気付く。


だけど、こんな気持ちは両親や友人に伝える必要はなくて。


伝え方も難しくて、よく分からない。


こんな話をされて、相手は何と言ってくれるんだろう。


また、自分がこう打ち明けられた時、僕はどんな顔をして、どんな話をすればいいんだろう。


そんな考えがグルグルと自分を支配するくらいならば、自分の胸にさえ留めておけばいいんだ。どうせちっぽけな話なんだ。



 この時、僕が世界中の誰よりも幸せで辛い時間を過ごすことになることをまだ知らない。


 そしてこの物語は、まだまだ世界を知らない15歳にはじまり、そしてちょうど成人を迎えるハタチの頃に終わる。



 

 世の学生の一大イベントであるクラス替えも終わり、まっさらな気持ちで新しい教室に向かう。


僕と健太は、チューぺの努力も虚しく揃って英数科へ落第となった。


とは言っても、教師陣の淡い期待なのか、はたまたお情けなのか、準特進と言われる新設の組織に身を置くことになった。


全9クラスで構成される我が学年は、上位3クラスが特進、4-6組が英数、7組以降が普通科という仕切りであったのに対し、今年からは4組を準特進、5組と6組を英数科と呼ぶ中途半端な組織体となった。


「首の皮一枚で耐え忍んだな。親父にも一応説明がついて本当助かったよ。」と健太は笑う。


彼の家庭は父を中心に教育熱心で、当時まだ発達していなかったインターネットでの中古本販売を駆使して、彼の家には無数の汚い参考書が並んでいるらしい。


大なり小なり、特進から避難するようになだれ込んだ集団はみな同じような状況だった。


とは言えクラスの大半は英数科の上位層となり、僕たちは初めて名前も知らない級友が多くいるクラスで間借りするように生活を始めていった。


明るい生徒の多いクラスだった。



 本当の学年上位層がひしめく環境から望まぬリタイアを果たした僕たちにとって、今までの競争世界と一線を画したこの組織は生暖かく、そして居心地が良かった。


ぬるい世界に浸かったというわけではなく、単に気の合う友人が増えたという表現の方が近いのかもしれない。


わざわざ言葉を合わせることはなかったが、健太もきっと、そう思っているに違いない。


ただ、僕たちが一緒に過ごす時間は次第に減っていった。


それぞれが新しい友人を作り、それぞれの世界を作っていく。


まるで人が大人になり、結婚し、新しい家庭を作っていくように。僕たちは触れ合うことはあっても、同じ空間を共にすることはない、不干渉な立ち位置となっていった。


 僕はクラスの中心的位置にいるグループから何故か目をつけてもらい、一緒にいる時間が増えた。


いつの時代も学生のコミュニティとは残酷で。


気がつけばヒエラルキーが自動生成される。

まるでドレッシングのように。


時間が経つとそれらは上澄みになる。


そして、重く質量の高いものたちは自然と沈澱する。その質量には、きっと上澄みへの疎ましさや沈みつつある自身への不満などが堆積しているのだろう。


思えば、僕も堆積者だった。


目に見えて落ちぶれたわけではない。


烙印を押されたわけではない。


だが、揺るぎなく僕たちは奥底の方に沈んでいた。


 けれど気付けば、今僕は上澄みの油分を多量に含んだ成分となっている。


油のようにゆらゆらしながら上澄んでいる。


痛快だった。


きっと、健太もそうなんだろう。


多くは考えずに、僕はそう思っていた。


だが、彼は堆積した。


自ら望んで、地下深く潜っていた。


喉の奥がひりつくような、あの日の感覚を忘れない為に。


戻ろうとしていた。


変わろうとしていた。


そんなことはつゆ知らず、僕たちは違う世界の住人になっていった。

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