第5話
学生生活の節目には何かと大きなイベントがある。中高一貫生であろうが、その性分は変わらない。
すぐに4月が過ぎ、5月を経て、今年も蝕む季節がやってきた。
僕の通う私立中学は比較的地価の高いところ、つまり高級住宅街にあり、教育熱心な親が狭い空間にひしめく県下有数の文教地区になる。
もちろん徒歩圏内の生徒も一定数いるが、もっとレベルの高い学校に進学している学生も多い。
そんな環境であるからして、駅前にはおしゃれな商業施設や高層マンションに加えて、有名学習塾が無数に存在している。
特に中学受験専門の学習塾沿いを夜9時頃に通りかかると、おそらく高級であろう車がびっしり並び子供の授業終わりを待っている。
いつ見ても、壮観だと思う。
目に見えない熱気や期待値がひしめきあったあの縦列駐車群をみると、どんなに黒光りする車が乱立していても眩しくて我慢できなくなることがある。
そして、同じように期待を込められながらも堆積を続ける自分に辟易としてしまう。
僕の通う学習塾はその灯台のようなまばゆい通りからは一本入った裏手に位置しており、それだけが救いだった。
授業が終われば、光を浴びないように裏通りの夜道をひたすら駅に向かって歩いた。
時々、両親は寄り道せずにまっすぐ帰ってくる僕を褒めた。
定期的に開催される学校の保護者会の後には決まって、その話をした。
だけど、本当は違う。
真面目だからまっすぐ帰ってくるんじゃないんだ。
お母さんが思っているよりも、きっと僕はみじめな顔をして歩いている。
更に都合の悪いことに、その成果が成績に表れることもなく、今日もまた同じアスファルトを見ながら歩いているだけなんだ。
そして何よりも、こんな気持ちを伝えることもできない自分が情けなかった。
月、水、金と隔日で英国数の3教科を受講している。
そして木曜は掃除当番の日なので、自然と帰りは遅くなる。
だから、僕にとって自由に時間を過ごすことができるのは火曜のたった1日だけなのだ。
決まって火曜はばあちゃんの家にいた。
自転車で10分そこら走れば着くその空間は、僕が生まれた頃からずっと時が止まっているような感覚で、静かだった。
行くと決まってばあちゃんはコーヒーを入れてくれる。
豆からこだわっているみたいだが、あまり美味しいとは思えなかった。
けど、それで良かった。
コーヒーメーカーの「ブイーン」というがさつで下品な音が鳴り響く。
すると、時が止まったこの空間が動き出すような感覚になる。
そして泥水が出来上がった頃、また時が止まる。
中庭にみかんが成った木を見ながら何とも言えない気持ちをかき消すように、煮えたぎった泥水を流し込む。
そして、ばあちゃんはいつもお菓子を出してくれる。
泥水に合うお菓子なんか元々ないのだが、大体おかきが出てくる。
少なくとも、これにおかきは合わない。
やっと静かになったのに。
ボリボリという音が低い天井を突き刺す。
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