第8話 死の概念と.......

 これは、まだ俺が僕と呼んでいた時の事、そして復讐を考えた原因の話。

 今は俺じゃないので自身の呼ぶ名を僕と統一する。

 僕はその日、また学校に行き、殴られ、蹴られでいつものようにふらふらと帰路を歩いていた。

 ふらふらと歩くと足はもつれるもので思わず右に大きく体が傾く、その時に踏ん張ろうと右足に力を込める。その踏み込んだ足の感触は柔らかかった。次に見るとそこには「ゔぅぅぅぅぅぅう」と歯をギリギリさせた茶色の犬が居て.......次の瞬間「わん!!わん!!」と吠え、襲い掛かる。

 僕はとっさに走った。それでも付いてくる。そこで横断歩道を渡ることにした。

 横断歩道は緑の点滅で僕はなけなしの脚力で走った。向こうへついて、後ろを見るとまだ僕の事を襲おうと走っている。でも僕はすでに横断歩道を渡りきって、信号も赤に変わっている。来るはずがないと安堵していた。

 しかし、それは違った。その犬は赤の横断歩道を渡った。

 当然、僕は焦って、急いで逃げようと後ろを向いた。

 次の瞬間「ピピ―――!!」.....ガシャン!!という音で振り向いた。

 そこには一つの死体があった。大型のトッラクのタイヤに轢かれ、顔はその原型を無くし、臓物とどこまでも紅い液体でその地面はその死体からの血で黒く染まる。

 そのとき、僕の中に何かが走った。それは電気のような、強い本能のような何かが。

 でも、僕はそれよりもあの犬があっけなく死んだということについニヤッと口元が上向きに曲がる。

 その時、僕は思った。こんなにも生き物は脆くて........〝死にやすい″のかと。

 次に思ったのは失った左目とやつらの顔...........こんな風にぐちゃぐちゃになればいいのにと思った時にはすでに遅い。もう止まらない。

 それから僕はやつらにもこんなことをできればと感じるとすぐに行動に出る。

 なんでこんなにも頭が回るのかはどうでもよかった。今はただ自分の生活を脅かす害虫(やつら)をどうやって殺そうかと考えるばかりで...........結果は最高の始末となった。むしろ俺がこんなにも人を殺せるという喜びに今は浸るばかりで、これまでずっと味わってきた苦痛を少しでも感じて死んだならなおさらいい。

 しかし、後に残るのは殺したいという欲。あれだけの人数を殺しても罪悪感などは微塵も感じない程、今のボクは壊れていた。

 それは本来、あるはずのないもの、それが虐めと死の概念の影響で発展した人間が持つ防衛本能の活性化を呼び覚ました。

 その後、彼はある一人の女と出会う。彼は...............。

                   ※

 清水 尚也(しみず なおや)を語るには俺がまだこの小学校で学んでいた時まで遡る。

 彼は自身の中ではそのとき最も親しかった仲だった。

 彼はなにかと何でもできる恵まれた才能の持ち主で、あらゆる面で優れていた。

 そんな彼とはよく休みの日に遊ぶ仲であの時流行った人気のゲームで5時間なんてあっという間に過ぎる程、その時間は楽しかった.........虐めがあるまでは。

 彼はなんでもできる才能があるせいか、それを好ましく思わない人は多数いた。

 その中の一人が3人がかりで彼を殴ったり、蹴るなどの暴行を加えた。

 それを知ったのは彼が先生に言ったという事を俺に言ってきた。

 しかしそれには続きがある。先生に伝えると彼らの暴力が悪化したという話だ。

 見ると彼には無数の痣があり、それは件のやつとほぼ同じだった。

 その後、彼は何度も言った。しかしそれは一向に収まる気配が無かった。

 そして.......彼は折れた。正しく言うと........〝心が折れた″と言えばいいのだろうか?俺には分からない。彼は泣いていた。いつも笑っていて元気な彼が泣いているのを見て、俺は何もできなかった。

 そして俺はそのままいるのも申し訳ないと思い、静かに「帰るね」と伝え、静かに玄関へ行き、靴を履いて帰った。

 家に帰り、俺はそのときちょうど学校からの将来の職についてという用紙があったのもあり、素直にその用紙に今のなりたい職業を書いた。

 警察官と、その理由に悪い人を懲らしめたいと書き、発表すると先生から拍手をもらったのを覚えている。

 一方、彼はというと右ひじを机について顔に手をやり、グラウンドか空を眺めている様だった。その後、一回も俺たちは遊ばなかった。

 そして、そのまま俺と彼はそれぞれ別の中学に上がり、それ以降、彼とは一切の関係が無かった。

 今、目の前にいるのは彼の子供..........しかし彼とは全くと言ってもいいほど似ていない。

 例えば性格、彼は人当たりがいい人で明るかった。一方のやつはどこか薄暗く、怖い印象を与える目つきから殺気は感じない......しかしその左目の傷からはどれほどのものだったのかがわかるほど酷くて、並大抵の者なら見れないだろうその目をずっと見ていた。

 彼は生きてるのだろうか?とふとした疑問が湧くと同時にもしも死んでいるのならという恐怖さえ感じた。

 それでも.......俺は班に言わず独断で来たからにはそれなりの結果を掴まない限り辞職へ追いやられるだろう。

 どこもかしこも今は集団行動という重い鎖によってさまざまなことが制限されている。その中で俺は度々一人行動によって注意を受けている身でありながら何回も繰り返すものでしかし上の連中は俺をなんら勘違いして逸材と思っているらしい。

 けれど、人は老いたらみな平等に死ぬものだ。俺だってそろそろ退職してもいい頃合いだと思っていた。

 この事件で最後にしたいと思っている。あとは若い者に任せたいと思ったのはつい最近の事で、それは思うから現実に変わろうとしている。

 それでも、俺はやつの話を聞きたかった。他の者なら真っ先に捕まえるだろうこの千載一遇のチャンスを俺は棒に振ったのだ。今更捕まえようなんて思うはずが無かった。

                    ※

 俺はここでやつに一つの質問を投げかけた。

「なんで俺の父親の名を知っている?」

「昔、俺とそいつは仲が良かったんだ。虐めがあるまでは.......な」

 父もいじめにあっていたということに俺はそこまで驚かなかった。

 逆にやっぱりそうなのかと思った。なぜならよく父は傷だらけで帰ったときは決まって「虐めにあってないか?」としつこく聞くのだ。俺は最初こそ「うん!大丈夫だよ」と丁寧に返すも逆効果のようでしつこく聞いてくるものだからあとから無視し続けた。

 今となっては心配する人も殺して、俺は今更ながらになぜか涙を流した。

「どうした?悲しいのか?」とやつは俺に聞いてくる。

 それはまるで今は無き父親のような温かい何かがある気がして、それでも俺はそれを拒んだ。

「これが欲しいなら俺とある契約をしろ」

 俺はそれでも.......止めるわけにはいかない。歴史に名を刻むような人になって、いじめが無くなればそれでいい。

 何人犠牲になっても構わない。それを成功させるために手段は選ばない。

 そこには誰にも知られない優しさゆえの行動だった。

 他人から見れば俺はきっと悪人の一人として認識されるのだろう。でも実際は違う。

「悪人に仕立て上げる第三者の力で本当に悪くない人までもが悪くなるんだ」とテレビでは一回だけ生放送で言っていた。そのあとその言った人をテレビで見ることは無かった。

 その言葉に俺はひどく関心の意を表した。

 今、俺の運命はここで大きく決まるのだろう。これが失敗すれば俺は実質死刑間違い無し。

 だからこそ、捕まるわけには行かない。俺はここで〝警察を無力化″させないといけない。

                  ※

 契約というとおかしいと思うかもしれないが、俺たちの周りにはさまざまな契約がある。

 例えば買い物、この場合は消費者とそれを売る人との間でお金という物を使い、契約をしている。

 他にも俺たちの周りにさまざまな契約がある。

 見渡せば周りは契約ばかりでその種類も様々だが、法とは違う性質も持っている。

 法と契約は同じと言っても間違いじゃないが、中には契約を破棄できるものもあり、そこで法とはまた別の性質がある。

 しかし、法と契約には〝必ず守らない″といけないという面では同じと言える。

 この場合後者が正しいだろうが、俺はどうしたものかと思った。 

 まず、この契約は確かにする価値が大いにある。がそれを遥かに上回るデメリットがあるはずだとなかなか「いい」とは言えない。

 かといって、あの中には重要なデータがあるとなるとそれはそれで「ダメ」とも言えない。

 ここは試しに行ってみるかという考えで俺は「分かった」と言った。

                  ※

 俺はすぐにやつに内容を話し始める。

「俺の条件はただ一つだ。〝俺を捕まえない″こと、それだけだ」

 やつは案の定顔をしかめる。

 しばらくして奴は「分かった」と言った。俺はすぐにそれを奴に向けて投げる。

 彼は右手でそれを掴むと「せっかくだ。俺の働いている署に来いと言う」から俺は何も言わずにやつに付いていった。

                  ※

 俺はこの契約を呑んだのには訳があった。

 やつはおそらくだが無意味に人を殺さないと確信したからだった。

 現にあんなに冷静に話を進められると同時にそこそこ頭が回ることから俺はこいつを逮捕しても何をするか分からないという点もあり、それを吞んでしまった。

 車のなかではやつは何も話さないで窓の外の景色をずっと眺めてるのもあり、俺はつい聞いてしまった。

「君の両親は.......生きているのかい?」

「........殺したよ。ふたりとも前々から浮気していたから」

 なんでこんなにも彼の環境は恵まれていないのだろうかと考えるもその答えが出ることは無かった。

「君はこれからどうするんだ?」

「闇の支配者になる」

 俺は思わずオウム返しをした。

「ああ、俺はそうしないとかなわないものがあるからな」

 彼の叶えたいものが何なのかまでは応えてくれなかったものの彼と話をしているうちに分かったのがこれからの行動だった。

「俺はこのあと、お前の署で正式に契約書を書いた後は多分まずは国会議事堂に行くと思う。そして俺はメディアの前に顔を出す」

 彼がすることに俺は思わず苦笑した。

 なぜなら本当に出来るのだから。

 今の彼は闇の支配者になる前の彼。

 まさか今更虐めからはなにも生まれないというわけではないだろう?

 虐めから生まれたのは.........純粋だった少年ではなくなった生きる殺人鬼だった。

 車の中で聞えるのは俺の大好きな曲、それは明るいもののはずなのに。俺の心はどこまでも暗かった。

 彼にとって虐めはきっかけに過ぎないのだろう。

 今の彼を止めることが出来るのは誰もいない。

 契約は破棄できるものもあると言ったが......実際は破棄出来るものが少ないのである。

 ならこの契約もきっと.......〝永遠にこのまま″だろう?          終?

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虐め=? 黒夢 @NAME0

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