ラビット ランド

第37話 鐘の秘密



 耐震工事を終えた学校から、時計塔がなくなっていた。


 二学期に入って初めての自己診断テストがあった日。(受験生だから、これから年末にかけて延々、自己診断、しなければならない)

 学校から帰宅した杏に、母は新聞を見せた。


「『ラビットランド』のあった土地、つまり中学校の土地じゃけど。戦時中、日本軍に没収されとった、国有化されとった土地なんじゃって。ほら、この島は。ほら、鉛かな、鉄かな。とにかくなんか金属の製錬工場だったんよ。そして時計塔の鐘は、あれも金属製じゃろ。戦時中に足りなくなって集められた『金属』のひとつよ。金属を日本中から集めたんよ。家庭のお鍋も、お寺の鐘も、二宮金次郎の銅像も、全部戦争に行ったんじゃから」

 母の言葉は断片的でよくわからない。


 覗き込んだ新聞は一枚きりだ。きっと誰かから一枚だけもらったんだろう。


『忘れられた鐘、発見—廃棄物処理問題で揺れるm島で—』

八月二十日、台風九号はm島に上陸し、主に廃墟の多い島の西側に被害をもたらした。

 そのひとつが時計塔である。

m島の町立中学校敷地内で、時計塔の一部が損壊した。中学校が建築されるずっと以前から在ったという時計塔である。

 当時学校は夏休みを契機に耐震工事を行っていた。元々鉄塔の錆付きは深刻で、耐震工事で補強するか、または解体するか、検討中だったとのこと。塔の鉄の枠組みはちょうど頂点の鐘を支える構造をしており、普段は安全に固定されていた(学校関係者の話)。

 八月の第一週に、鐘と屋根周囲の錆を取り去る作業をした。おそらくその際に一時的に緩めていたボルトをそのまま放置し、その結果鐘は落下したと工事関係者は明かす。

 ただ、鉄塔の周囲に足場を組んでいたため、落下の際、鐘は鉄塔内に落ち、二次被害はなかった。

今回、鐘の落下によりその鐘の出処が明らかになった。

 地面に転がった鐘の吊り下げ部位は後から接合されており、本来の形はお椀型であった。お鈴の底、すなわち鐘、と見立てた場合頭に相当する部分に「灯」という文字が彫られており、島に長く続く老舗、「灯旅館」の「お鈴」であったことが判明したのだ。

 m島の元灯旅館経営者の親族はこう話す。

「旅館は両親が切り盛りしていて、わたしは旅館の歴史に詳しくありません。現在も旅館所有のお鈴が大量にあります。一番巨大なものは旅館の玄関ロビーに置かれていました。今回発見されたのは、このお鈴と対になるものでしょう」

 そのお鈴はすでに撤去され、旅館はこの秋改築が予定されている。灯旅館を買収した西日本リゾートは、新たな海洋リゾートとして付近の開発を計画している。

 なぜ、旅館のお鈴が時計塔の鐘に変わったのか。旧日本軍の残した記録にその答えがあった。

 先の大戦中、資源不足に陥った日本軍は、「金属類回収令」を出し、日本中からあらゆる金属製のものを接収した。そのリストに、大きさも形も回収時期も場所も、今時計塔にあるものとそっくり同じ、「お鈴」ならぬ「鐘」の記載があった。

 だが、接収されたお鈴は結局資源として活用されることなく、戦争が終わって国の施設となっていた時計塔が、そのまま町に引き継がれたのである。

「時計塔の鐘は長年この島で親しまれた音です。恐らくお鈴として鳴らした日本軍の幹部がこの音に魅かれ、結果、戦争利用を免れたのでしょう」(中学校校長談)』



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