第25話 混信
「あ、今、ボタンの声しませんでした?」
同じ日の喫茶ウミナリで、杏は混信したラジオから確かにボタンの声を聞いた気がしてぱっと顔を上げた。
「ええーっ。今?うーん、人生相談しか聞こえないけどねえ」
「それも聞こえるんですけど、間にほら、歌が」
オジさんは耳を両手で倒して音を聞き取ろうとしている。
「小さなささやく韓国語は聞こえるわね。ラジオの波、混信が激しいのね。コーヒーメーカーはとっくに止めてるのにね」
ボタンがユリになる練習が、どういうものか杏はあまり考えたことがなかった。考えたことがない、と思い至ったこと自体、もうすでに「考え始め」のような気もした。
この雑音だらけのラジオの中にもういちどボタンの歌声を聞き取ろうとしたけれど、もう聞こえない。その代わり、いつもは遮断されて全く聞こえない外の風の音が、今日はやけに騒々しく迫ってくる。
その夜台風がこの町を襲った。
中学校は工事中。足場の組まれた時計塔のてっぺんの、自慢の鐘も作業中。
大事なその鐘はちょうど宙ぶらりんだった。突風はそれをあっけなく地面に転げ落とした。
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