110話 甘いクッキー


 銀スラを倒しながら俺達は奥に進んで行った。たしかに奥に行けば行くほど銀スラは強くなっていく。しかも大きくなっていった。俺達のレベルはダンジョンの入り口にいる銀スラを倒す程度では全然レベルアップしなくなっているらしい。


 カヨのバトルシーンが視界の端に入ってきた。少しだけ俺達の距離が近づいている。


 カヨの細い背中を見た。

 今すぐに抱きしめたいと思っている俺は変態なのだろう。だけど俺が彼女を抱くことは無いだろう。

 カヨは女子高生の制服を着ていた。


 彼女の魔力が切れる前にキャンピングカーに俺達は戻った。


 カヨがシャワーを浴びている最中に俺はご飯を作った。

 彼女はまだ料理をしたことがないらしく、料理は俺が担当になった。

 俺のレパートリーはそれほど多くない。今日は牛丼を作るつもりである。


 まずは玉ねぎを切って、お酒とみりんと醤油に近い調味料で煮込んだ。

 玉ねぎがいい感じに煮込まれるとお肉を投入する。そこに葡萄酒ぶどうしゅを入れ、砂糖と醤油で味の調整をする。


 誰からも牛丼の作り方を聞いたことはない。料理は勘で作る物である。味付けさえ、なんとかなれば不味くはならない。


 牛丼を味見すると勘で作ったにもかかわらず、理想のあの味だった。


 カヨがシャワーから出て来た。

 女子高生の服ではなく、こちらの世界の古着を着ていた。白いコットン生地のボロボロの服だった。

 彼女の髪は濡れていて、手の平から微弱な風魔法を出して髪を乾かしていた。

 

 すごく無防備だった。


 その無防備さに、俺は目が離せなくなった。ちょっとエッチで懐かしい気持ちになる。


「なによ?」と彼女が俺を睨んで言った。


「ご飯できたよ」

 見ていたことを誤魔化すように俺は言った。


「食べる」と彼女が言う。


 ガツガツガツ、と牛丼をかき込むようにカヨが食べた。すごくお腹が空いていたらしい。


「おかわりあるよ」と俺が言い終わる前に、「おかわり」と彼女が言った。


 俺は笑顔で彼女のお茶碗を受け取り、おかわりを入れてあげた。


 俺の時代のカヨは、少年のようにご飯をかき込まない。胃袋が宇宙の時代である未成年のカヨが目の前にいる。


 彼女は4杯も牛丼をおかわりした。

 そして空になった茶碗を見つめた。


「おかわり?」と俺は尋ねた。


 彼女が首を横に振った。

「もうお腹いっぱい」


「それはよかった」と俺が言う。


「エジーでは」と彼女が言った。

「まともなご飯は無かったの。街では人間が人間を食べていたわ」


「食糧難だったんだね」と俺が言う。

 エジーは植物が育つ土地ではなかった。全て輸入に頼っていた。だけど鋼材が発掘でき無くなり、輸出産業が無くなり、外の国から物を買えなくなった。


 食べる物が無くなると人は人を食べる。

 残酷だけど事実なんだろう。


「ずっとお腹が空いていた」と彼女が言った。

「私がアナタに勝たないと街の人が飢え死にすると聞いていたわ」


 たぶん彼女は話を端折はしょっている。彼女自身もなぜ自分が勝たないと街の人が飢え死にするか知らないのかもしれない。


 これは憶測だけど、バビリニアと何かしらの契約を交わしたのだろう。産業を持たないエジーはバビリニアに借金をしていた。

 そして借金の代わりに勇者を俺の国に派遣することになった。

 もしかしたら俺の国に星のカケラがあると思っていたのか?

 邪魔な元勇者をコストもかけずに排除しておきたかったのか? それはわからない。


 もしかしたらバビリニアから成功報酬で食料の支援をエジーは受けれたのかもしれない。


「だけど私はアナタに負けた」と彼女が言う。「沢山の人が飢え死にしたわ」


「アナタのせいじゃない事は分かっている」とカヨが言った。

「私は弱かったんだもん」


 少しの沈黙。


「ずっと私も何も食べていなかったの」


 彼女の言葉は色んなことが抜けていた。

 城に住んでいたのかな?

 そして負けたから罰せられてご飯が無かったのかな?

 だけど俺は質問をしなかった。

 彼女が俺に伝えようとしている。

 それを俺はさえぎりたくなかった。


「そんな時にクッキーをくれたの」と彼女が言った。

「可愛いらしい女の子だったわ。そのクッキーがすごく甘くて美味しかったの」


 うんうん、と俺は頷いた。


「エジーは色んな物を外国に売っていたわ」と彼女が言った。


 俺がカヨを買ったオークションみたいなことをやっていたんだろう。その時の俺はオークションがエジーで開催されていることも知らなかった。


「私にクッキーをくれた子が売られたの」

 とカヨが言った。


「買ったのはソビラトの王様らしい」

 と彼女が言う。


「助けたいのは友達じゃない。クッキーをくれたお返しに助けてあげたいの」


 俺は頷いた。

 息をすると胸が痛かった。

 カヨは異世界に来て、辛いことだけだったんだろう。クッキーが唯一、優しくされたことだったんだろう。


「私は日本に帰る」と彼女が言った。

「その子をアナタの国で」


 ポクリと俺は頷いた。


「ありがとう」と彼女が言った。


 それから俺達は食器を片付けた。俺はシャワーを浴びて歯も磨いた。

 そしてランプを消した。

 彼女はベッド。俺は寝袋で床に横になった。


 しばらく俺達は黙っていた。


「魔力」

 と彼女が呟き、立ち上がった。

 そして俺の横に来た。


「舌を出して」とカヨが言った。


 俺は舌を出した。


 闇の中で彼女が俺の顔を触った。


「アナタのこと絶対に好きにならないわよ」

 そう言って、彼女は俺の舌を吸った。

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